2021年度 卒業研究・制作|優秀賞インタビュー

2021年度 卒業研究・制作および修了研究において優秀賞を受賞した作品を紹介します。

大学院

教育を視点とした竹工芸の普及に関する一考察
ー小学校とミュージアムをつなぐ竹工芸の教育普及プログラムの実践ー

武関真衣 BUSEKI Mai

主査|春原史寛  副査|杉浦幸子・髙島直之
2021年度修了

本研究は需要の低下や作家の高齢化、後継者不足などの理由から近年衰退傾向にある竹工芸について、教育の視点からその普及を検討し、実践へ繋げた。先行研究の分析や調査から、学校やミュージアムなどで行われている竹工芸のプログラムの地域性の課題を示し、「①地域や収蔵品の内容を問わない竹工芸に関する汎用性の高い教育普及プログラムの実践」、「②教材開発を行う人材や竹に関する実践例の共有など竹を通してミュージアムと学校をつなぐシステムの理念の提案」を行うことを目的とした。
研究方法は先行研究及び文献の調査、作家のインタビューや講演映像の調査、教員及び学芸員へのヒアリング、関連施設での実地調査を主としている。
実践では竹工芸のアウトリーチ用のキット教材を制作し、それを用いて東京都の小学校第5学年を対象にプログラムを実施した。さらにプログラムを体験した児童へのアンケートや教員、学芸員の評価を基に、再検討し「竹工芸鑑賞キット」と指導案を作成した。また教科横断的な学習として図画工作以外の教科での同キットの活用の可能性も示した。
そして竹を通して学校とミュージアムをつなぐシステムとして、コーディネーターの必要性を論じ「竹工芸エデュケーター」、学校、ミュージアム、作家・竹関連施設の4者によって構成されるコミュニティとそのシステムの理念の提案を行い、教育を視点とした竹工芸の普及の可能性を考察した。

論文

ヴェネツィア派ジョルジョーネの雲

新谷瑛里子 SHINTANI Eriko

是枝ゼミ
2021年度卒業

本論では、16世紀イタリアのヴェネツィア派画家ジョルジョーネの雲の描写を分析する。雲は背景の一部であるが、その仕上がりは時代様式や画家独自の表現を色濃く反映している。ジョルジョーネの作風が、ヴェネツィア派の色鮮やかな世界観から、茶褐色でまとめられた叙情的なものへと移り変わる中で、雲にどのような描写が用いられたのかを分析する。
まず、雲の分析への準備として、絵画におけるジョルジョーネの描写の特徴を確認する。彼の表現は、色彩鮮やかなヴェネツィア派の伝統と、合理的な線描によるイタリアルネサンスを土台にする。この土台に加えて、ジョルジョーネ独自の牧歌的世界観や、ぼかしの技法による写実的な表現が混合し、ジョルジョーネの描写の特徴となる。
次に、16世紀イタリアにおける雲の作用、すなわち、形を留めない流動的な雲が、線透視図法によって規則づけられたルネサンスの絵画画面を壊していくという作用を把握する。その上で、ジョルジョーネが雲を画面にどのように配置しているかを確認する。
最後にジョルジョーネの雲を、筆致・色彩・陰影の観点で分析する。また、これらの三つの要素の特徴から、ジョルジョーネの絵画に見られる雲の流動性を考察する。雲の流動性は、細やかに重ねられた線が視線を誘導し、色彩と陰影がはっきりとした区別のない連続的な変化を示すことで生み出されると考えられる。このような線と色彩・陰影が組み合わせることで、ジョルジョーネは、動的な大気と静的な物体の両者の要素も持ちつつ、そのどちらにも傾かない雲を絵画に表出させることができたのであろう。

論文

屏風の役割と絵画表現の関係性

鈴木颯良 SUZUKI Sora

杉浦ゼミ
2021年度卒業

屏風という支持体に強い関心を抱いたのは、日本美術史の授業で知った「洛中洛外図屏風」がきっかけだ。洛中洛外図屏風は、季節の移ろいと共に京都の街並みや風俗を描いた屏風絵だが、一般的な絵画作品のように一視点から見ると、その絵画構成が成立しない。向かい合わせに立てた二つの屏風の間に入って鑑賞することで、描かれた街並みの地理的構成や季節の巡りが成立するようになっている。私は、日本独自の折れ曲がる形態や室内家具としての機能性、自立性など、屏風の様々な側面が影響しあってこの画題を成立させているのではないかと感じ、屏風の存在に興味を持った。
しかし、屏風の先行研究では、その表面に描かれる絵画表現に着目するものが多く、画題の成立に深く関係しているはずの実用品としての機能や役割には充分に焦点が当てられてこなかった。そのため、本研究では「役割」と「絵画表現」という二つの視点を持って、屏風の多様な側面を論じ、両者の関係性を明らかにすることを目的とした。
屏風の「役割」と「絵画表現」の関係性は、古代から現代までその時代ごとに変化しており、特に屏風を使って作品制作を行う現代アーティストへのインタビュー調査から、近代以降の住居空間の変化で失われた室内家具としての機能性が、現代の作品表現に生きていることがわかった。現代における教育や地域活性化においても可能性を持ち、幅広い芸術文化の発展に寄与している屏風は、今後もあらゆる視点から研究されるべき芸術品だろう。

作品表現

おじいさん ―ちいさなたび―

石塚詩織 ISHIZUKA Shiori

米徳ゼミ
2021年度卒業

この絵本は、身近な自然や生きものに光を当て、それらを私の視点で描き、読者へ伝えることを目的に制作しました。きっかけは、卒業研究を進めていく過程で、地元の所沢市の自然について知ったことです。一人で雑木林を歩いたり、街中の野鳥に目を向けたり、自然環境についての知識を得るにつれて、それまで平凡に感じていた自然や、どこにでもいるような生きものを面白いと感じるようになりました。この絵本を通じて日常の自然体験をより豊かにするきっかけをつくりたいと思います。
伝達手段として絵本を選んだのは、私の捉える自然を視覚表現と言葉によって感覚的に他者へ伝えられると考えたからです。また、過去に絵本を制作しており、私自身が絵本というメディアについてより深く理解したいという思いもありました。絵はすべて鉛筆で描いています。鉛筆は空間の表現や細密な描写に適しており、私の描きたいリアルな自然を表現することができました。
絵本の主人公は、一匹の年寄りたぬきです。ある日おじいさんは、住み慣れた公園を離れ、新しい住みかを探す旅に出ます。草木に身を隠し、生きものとすれ違いながら歩くおじいさんの様子を、所沢の自然をモデルにした様々な風景とともに描きました。同じ景色の中で生きてきたおじいさんが新しい世界を見つめる姿を、私自身の自然に対する見方の変化と重ねています。

作品表現

“普遍的”な現実を描く ―目に見えない世界に存在に気づく方法―

草刈千優 KUSAKARI Chihiro

是枝ゼミ
2021年度卒業

「普遍的な現実」とは、世界の様子を素直にとらえた、森羅万象に共通する現実像のことである。私たちは普段利己的な欲望に従い、自分にとって都合の良い様子で世界をとらえることで、この現実像とは異なる様子を現実として認識している。その結果、五感で知覚できる「物質的な世界」と、五感で知覚できない「不可視の世界」が混ざり合った現実を素直に認識せず、知覚していることを意識しにくい後者の存在を無視しがちだ。普遍的な現実を認識するには、まず不可視の世界を自分の現実像に認め、そのうえで利己的な欲望をなくした「無我」の状態を目指す修行に励み、その世界に自分自身をゆだねる必要がある。
卒業制作作品《庭》は、普遍的な現実を認識しながら作品制作を行うことを目指した結果、画面に現れた、仮想の普遍的な現実である。研究レポートでは、はじめに第1章で「仏教」「人智学」「シュルレアリスム」といった、不可視の世界を神の領域としてだけではなく世界のひとつの領域としてとらえた思想をとりあげて、その世界が宗教の違いや信仰心の有無に関わらず存在していることを示している。そして第2章では現時点で私がたどりついている普遍的な現実の認識方法を解説し、最後に第3章でそれまでの研究内容にもとづく《庭》の制作技法について述べた。

作品表現

(not) your family.

柳汐莉 YANAGI Shiori

佐々木ゼミ
2021年度卒業

料理や洗濯、家の修理など誰が何を担当しているのか、人物像はどんなものか、家族をどれくらい知っているだろう。
私の家族を対象にインタビューを重ねて感じたのは、自分が思っているよりも家族は「他者」ということである。気になる事があっても聞きづらい、離れて暮らしているのに連絡をしない、それがずっと続けば社会における人間関係と同じようにただ気まずさと躊躇いだけが募っていくのではないか。しかし、他者だからこそ顧みる努力をすればどんな形でも家族として構築できると気づいた。
この作品では、私の家族の家庭内での態度や役割、性格など内面的な部分が滲み出る日常会話を通して、鑑賞者に人物の関係性や状況などを自身の家族に当てはめてイメージさせることで、家族を想うきっかけにすることを目指した。実際に録音し、誰が話しているのか特定できないように編集した私の家族の何気ない日常会話が、セリフとして3台のプリンターから出力される。3台のプリンターは私の家族の内3人の会話として成り立っている。また、プリンターの揺れは会話している時の身振り手振りを表している。
私の母のセリフから祖父母または恋人をイメージする人がいるかもしれないし、私の父と姉の会話から全く別の関係性をイメージする人がいるかもしれない。日常会話を通して鑑賞者自身の家族がどんな人物なのか考えることこそ、この作品では最も重要なのである。

制作|卒展裏方プロジェクト2021 井上 柊・田中 荘多

MUSABI 100武蔵野美術大学 旅するムサビプロジェクトカルチャーパワー