Cultre Power
biennale & triennale 国際展シンポジウム
     
新田和成「ホワイトプロジェクト」 2003 川西町
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大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ | 福岡アジア美術トリエンナーレ | リヨン・ビエンナーレ

大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ

イントロダクション

「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」は、北川フラム氏にとって、彼の思想を実践する大いなる賭けなのだと思う。キュレーターやアートディレクターが展覧会を手がけるという次元とは異なる社会性がベースにあるのはそのためだ。「大地の芸術祭」は2003年で第二回展を迎え、3年前に開催された第一回展を越える新潟県6町村(十日町、川西町、津南町、中里村、松代町、松之山町)の集落の人々や大学のゼミの参加者などを集め、大地に根ざした充実した内容を継続・展開し、活況の内に終了した。すでに2006年の第三回展への準備が開始している。

世界各地で開催されている多種多様な国際展のなかでも、ひときわ光彩を放っているのは、「越後妻有アートトリエンナーレ」が芸術のための祭典でも、都市のための芸術文化祭でもないためである。人が生きることの意味を、自然環境、アート、人と人のつながりのなかで問いかける、真摯な「ライフストーリー」の提起がある。その問いかけこそが、自然の美しさを感じる心に響き、アートを貫き、人と人のぬくもりを呼び覚ます力になっているのだと思う。

広大な豪雪地帯に現代アートが設置され、廃屋がアートスペースに変わったという地域活性化の物語だけではない。多くのアーティスト、ボランティア、町村の住民が共感し、動かされ、協働してきたのは、自らの行為とともに歴史がかすかにでも動いてゆくという実感のためだろうし、その動力が、宗教やイデオロギーではなく、芸術だからだ。

「大地の芸術祭」の開催主旨は、シンポジウムのなかで、北川氏が明晰に語っている。6年をかけて準備し、困難と無理解のなかに実現した2000年の第一回展。その主旨はあまりにも当然であるがゆえに、驚くほど革命的である。20世紀の歴史を形成してきた都市と芸術の概念に根底から異議を唱え、21世紀への突破口を開こうとする未来への強靭な意志。「大地の芸術祭」は、大いなる誇りをもって、私たちが語り継ぐことのできる独創的でかつ壮大な、そして同時にとてもささやかな物語の序章なのだ。

2006年に予定している第三回「大地の芸術祭」の準備がすでに開始していた2004年10月24日、中越地震が新潟県を襲った。11月25日号の『十日町新聞』によれば、十日町市は被害復興経費の総額を1211億2千万円とする概算推計をまとめ、川西町災害対策本部は、被害総額を約150億2千万円に上ると町議会に説明している。医療・文教・農業施設、道路、水道、防災情報システムなど、再建のための費用は膨大である。この間、新潟県知事も若手の泉田裕彦氏に交替した。

「大地の芸術祭」2006は、北川氏によると、震災前から公的予算がゼロになるのを見越して、べつの開催メソッドを開拓しているという。さすがた。開催地における過酷な現実と、今後どのように向い合いながら、この国際展が担った貴重なメッセージを継続してゆくのか。復興事業も新たなアートとコミュニティの構築につながることを祈っている。

(岡部あおみ)