家の近所で捕まえたのか、それともどこか緑の豊かな場所へ行ったときに採集したのかはもはや誰も覚えていないのだが、小学2年生くらいのとき、父が動物を1匹家へ連れて来た。殻径3センチメートルほどの薄茶色のカタツムリだった。今考えてみれば、もしかしたらあれはミスジマイマイだったのかもしれないが、定かではない。例えばニンジンを食べたら橙色の排泄物を出すというように、カタツムリの排泄物は食べたものの色をそのまま反映する。今はある程度克服したが、当時の私は芋掘り遠足で土に触れることができないほど神経質だったため、カタツムリはどちらかといえば恐怖の対象であり、世話など全然したくなかった。しかし、排泄物の色については興味深いと思って見ていたことを記憶している。また、カタツムリの不思議な雰囲気にも潜在的に魅力を感じていたような気がする。1週間ほど経った頃には、カタツムリは殻に閉じこもってしまった。世話がゆき届かなかったせいもあると思う。その後カタツムリがどうなったかは覚えていないが、おそらく父が屋外の樹木や土のある場所に戻したのだろうと思う。それから月日は流れ、2017年秋のある日、サラダをつくろうとしたところ、私はレタスに動物がいることを発見した。殻径6ミリメートルくらいの小さなカタツムリだった。ペットショップなどでもカタツムリを販売していることがあるようだが、こちらからわざわざペットショップへ行って購入したしたのではなく、むこうから来てくれたのがとてもうれしかった。
しばらくのあいだ小さな容器の中で元気に過ごしていたカタツムリだが、気温が下がってくると、容器の天井に張りついて動かなくなってしまった。どうやら冬眠をしはじめたようだった。いろいろと調べてみたところ、冬眠は数ヶ月間も絶食が続くため、生命のリスクが高いという話だった。そして、それ以上に、カタツムリが死んでいるのか生きているのか確認できない状態で春まで数ヶ月間やきもきしながら過ごすのは、私自身が精神的に耐えられないと思った。そこで、急遽ペットショップでガラス製のケースと小動物用ヒーターを購入し、ケースの周りをミラフォームという建築用の断熱材で覆った。これによってケース内の気温は24度ほどに保たれることとなった。小学生の時には、父親が連れて来たカタツムリに対してさほどの情熱を持たなかった私だが、レタスからカタツムリが出て来た日から、人が変わったようにカタツムリに傾注するようになってしまった。本を読んで調べたところ、「コハクガイ」という種類のカタツムリのようだ。ところで、カタツムリは基本的には何でも食べる。その背景には、カタツムリは動きがのろく行動範囲が狭いため食べ物を選んでいられないという事情があるようだ。わが家のカタツムリは、ニンジン、キュウリ、コマツナ、レタス、カボチャ、サツマイモ、キャベツ、ミニトマト、ナス、バナナ、リンゴ、メロンなどいろいろな野菜・果物、その他にカルシウム源としてカキ殻やイカの骨などを食べている。カタツムリがレタスの小さなひだにすっぽりとくるまれて安心している姿や、キュウリの輪切りとケースの床とのわずかな隙間に頭を突っ込んで休んでいる姿などを見ると、より一層「これからもこいつを見守っていくのが俺の使命だ」と襟を正すような厳粛な気持ちになるのだった。さて、気温が24度ほどに保たれ、常夏になったせいか、冬であるにもかかわらず、カタツムリが産卵した。多くの動物の場合は、雄と雌がいることにより受精卵が成立するが、カタツムリの場合は雌雄同体なので、1匹でも卵を産むのである。たくさん卵を産むのだが、孵化までたどり着くのはそのうちのごく一部だ。乾燥に弱いこともあり、3匹孵化したうち、残念ながら2匹は死んでしまった。しかし、1匹は生き延びてくれたのである。なお、レタスから出て来たカタツムリを「かーくん」と呼び、その子どもを「たーくん」と呼んでいる。どうかいつまでも健康で長生きしてほしい。祈るような気持ちでカタツムリの一挙手一投足を見つめ語りかける日々がしばらく続きそうである。
私がカタツムリのどういった部分に魅力を感じているかと言えば、その第1点目は、ユーモラスな風貌である。あの目をピコピコと動かして周りの様子をうかがっている姿には、筆舌に尽くし難い良さがある。第2点目は、緩慢な動きだ。部屋の蓋を開けたままにしておいても逃げ出さないほどの鈍さが良いのである。第3点目は、殻の造形美だ。「等角螺旋」と呼ばれるものらしい。人は誰しも螺旋に惹かれるようにできているのかもしれない。第4点目は、カタツムリが雌雄同体であることだ。すでに私は「カタツムリは完全に自分自身以外の何者でもない」と感じている。コハクガイだけでは飽きたらなくなった私は、カタツムリの採集を計画している。暖かい季節の雨上がりが狙い目だと聞く。昆虫採集用網やケースを持って自然の多い場所へ行き、カタツムリを捕獲する予定である。また、珍種のカタツムリをブリーダーから購入することも検討している。コハクガイのたーくんもすでにかーくんとほとんど変わらないくらいの大きさにまで成長したので、たーくんの子どもつまりかーくんの孫が生まれる可能性もある。これからも、私はカタツムリとともに生きて行きたい。