「児童相談所に芸術文化を—児童虐待についての絵本を親子に届ける」2010年 梅村祐子 (36歳)
厚生労働省によると、児童相談所に寄せられた児童虐待の相談件数は2008年度では42664件であり、過去最高を記録している。これは、統計開始の2002年度と比較すると40倍の数字であり、相談件数は年々増加している。それに対して児童相談所は、相談所職員の増員によって対応しているようである。児童相談所では虐待を受けた児童の保護や親との隔離、臨床心理士による相談が行われている。それらは危急の対応であり、欠かすことはできない。しかし、虐待には、心の問題が深く関連している。虐待をしてしまった親、虐待を受けた子ども、あるいは、児童相談所で把握できないが虐待をしている人々、「私も虐待をしてしまうかもしれない」と不安におびえている人々、その人々の心を支え、希望がもてるようにする対応も必要である。この対応は、相談員や専門家だけでなく、多くの人が広い視野に立って、長期的に取り組む必要がある。
虐待を減らして、安心して子どもが生活できるように、芸術文化の面からのサポートができるのではないか。その一つの形として、絵本によって、虐待を体験した人々、虐待をするかもしれないと不安に思っている人々を支援することができるのではないだろうか。
児童虐待のために児童相談所に連絡をする親子の中には、「現状を変えたい」と思っている親子も多くいるだろう。そのような親子に対しては通常、「虐待を起こさないために」というようなパンフレットが配布される。しかし、虐待は理性的な対応だけではなく、もっと心に働きかける必要がある。
絵本は、親(大人)にも子どもにも感動を与える。自分の好きなときに、好きな場所で絵本を読むことができる。一人で読むこともできれば、親子で一緒に読むこともできる。絵本を読むことによって、すさんでいた気持がやすらぎ、落ち着いて自分の体験をふりかえり、考える可能性もある。
「よい」絵本が虐待のある家庭に送られれば、その絵本が親子の心の回復の手助けになる事が考えられる。そのためには、虐待を体験した、あるいは、今後してしまうかもしれない親や子どもに対して、どのような絵本がよいか、ということを考える委員会を作る必要がある。委員会には、絵本作家や教師や医師、サイコロジスト、ソーシャルワーカー、行政の立場にいる人々が参加し、どのような絵本を選ぶか、あるいは新しく作るか、作るにあたってはどのような公募の形をとるか、絵本を家族に配布あるいは貸与するにあたっては、どのように教育、福祉機関と連携をとるか、作成された絵本の効果はどうであったか、
そのようなことを審議して、虐待をなくすために検討する「絵本による虐待防止委員会」が必要である。
児童虐待は、日本だけではなく、世界的な問題である。虐待に対する政府あるいはNGOの対応は、それぞれの国の社会状況、福祉制度によって、さまざまであろう。しかし、虐待を受けた子どもの心やその回復の過程については、人間として共通したものが見られるかもしれない。虐待を受けた子どもと同じように、虐待をしてしまった親の心についても、世界に共通したものが見られる可能性がある。
虐待についての絵本を、ユニセフなどの国際機関と連携し、文化庁が主体となって、あるいは、NPOを支援しながら、国際規模のコンペを開催し、受賞作品を公表、出版していくことも考えられる。このような活動は、従来厚生労働省が単独で行ってきた虐待防止のパンフレットやキャンペーンと異なり、虐待だけではなく、長い目で子どもの権利を尊重し、理解する気持ちを国民が持つことに貢献できると思われる。
芸術文化は福祉的な問題と無関係に見えるが、人間の心、という観点からは、切り離せないものだと思う。将来を担う子どもたちの心を支援できる文化資産を増やす事は、有意義なものであると考えられる。