イントロダクション
2003年のヴェネチア・ビエンナーレで偶然、中村信夫氏に出会った。現代美術センター・CCA北九州はこれまで37冊の「アーティスト・ブック」や「Let's talk about art」を出版してきた。これらのユニークな出版活動が国際的にも評価され、ヴェネチアで出版物を展示公開するように招待されたのだ。
1997年に非営利の公的学習・研究機関として北九州市の助成により開設したCCA北九州は、主として海外からアーティストを年間約6人、各1ヶ月間ほど、教授として招いている。教授といっても彼らは、レクチャーをしたり、学生と話をするためだけに来るのではない。CCA北九州にあるプロジェクト・ギャラリーで個展を行い、「アーティスト・ブック」を作成するのだから、かなり多忙な制作期間を過ごす。
ディレクターの中村信夫氏とインタヴューをした日には、ヴァンクーヴァー在住の中国系カナダ人ケン・ラムが来ていた。八幡の町に到着したばかりで、部屋にこもってこれからの個展や本の構想を練っていた。東京などの大都会と違って、友達もいないし、気軽に会いに来てもらうにはあまりにも遠い。まだ学生との授業がはじまる前の、どこかやるせない孤独感を、彼は後に個展のタイトル「もっと友だちがいたらな(それか別のふさぎこんでいる様子)」に表している。
リサーチ・プログラムの受講生もまた、40%が海外からやってくる。驚くほどインターナショナルな環境だ。アーティストやキュレーターをめざす受講生は、各人の制作活動をスタジオで行いながら、教授のアーティストとともに個展を立ち上げる協働作業を通して、アートとは何か、展覧会とは何かをじかに学んでゆく。ほとんどの教授が外国人なのだから、いわば、世界各地に留学したようなものだ。当然、受講生のなかには、カルチャー・ショックで自信喪失する人も出るらしい。逆に、異なる価値観で思いがけなく評価されて、ぐんぐん伸びる人もいる。
これまで教授となったアーティストの顔ぶれはまさしくグローバル・スタンダード、1年間の受講期間といえど、じつに贅沢だ。しかも八幡という「孤島」で、彼らを独占できるのだからなおさらだろう。
CCA北九州は、かつてポンピドゥー・センターの初代国立近代美術館館長だったポンテュス・フルテンがパリに創設することを夢見、実践し、挫折した学校の「ドリーム」を継承している。もっと歴史をさかのぼれば、中村さんが長年手がけたCCA北九州の前身となるサマースクールは、アメリカの戦後美術がヨーロッパを追い抜いてゆく原動力となった、かの伝説的なブラックマウンテン・カレッジの「理想」を秘めているようにも思える。それは、なによりもまずアーティストが求め、欲している場の実現である。アーティストの数が70%を上回るインターナショナル・コミッティーのメンバー構成にも、その意思は明確に現れている。
時間をかけて、無駄のない緻密な思考のなかで、CCA北九州は組織され運営されてきた。世界にも類のないクリエイティヴな思想のインキュベーションの場。それを生み出した中村信夫氏は卓越したアーティストだと思う。ここから大きく巣立ってゆく人たちに、またシャープな企画を実践するプログラム・ディレクター三宅暁子さんをはじめとするスタッフの方々に、そしてそのすべてを支えている北九州市の行政のみなさんに、心から熱いエールを送ろう。
(岡部あおみ)