イントロダクション
淺井裕介の代表的な作品「Masking Plant」は2007年夏から冬にかけての横浜美術館「根っこのカクレンボ」での大規模な展示で新たな発展を見せた。「Masking Plant」はマスキングテープを根、茎、枝、葉と植物が伸びていくように貼り、その白い根や茎の上に黒いマジックで独特の植物の模様を描いていく。キャンバスはマスキングテープなので壁でも地面でも柱でもテープが貼れる所ならどこにでも描くことが出来る。連続的な模様には終わりがなくいつまでも植物は伸び続ける。やがて植物たちは剥がされ再び台紙に貼られることで「標本」になり、中には丸められて「種」となるものもある。普段はこの「標本」や「種」は展覧会終了後の搬出時に制作されるため二次的に生まれるものだ。しかし横浜美術館ではテープを貼って植物を伸ばす期間とそれを剥がして作られた「標本」を展示する期間の2クールに分けられた。今まで展示の後のエピローグとしてしか存在し得なかったものがメインストーリーとして扱われることになった。そのため今回数々の実験的な「標本」が制作された。巨大な動物型標本。ぬいぐるみのように作られた立体の標本など。見えない裏側にはかつて植物の形をしていたMasking Plantの茎や根の部分がどこに使われて標本になっているかわかるように分布図が描いてある。標本は残るが「Masking Plant」自体は剥がされて消えていく。しかしテープによって陽を浴びなかった部分はうっすらと白く残る。その作品の白い影が、淺井のいたずらには抜かりがないと見る側に思わせる。
また、横浜美術館から約半年後、その後の活動について二度に渡ってインタビューをさせて頂いた。今彼が新たに魅力を感じているのは「泥」という素材である。インドネシアでのグループ展「KITA!!:Japanese Artists Meet Indonesia」でその土地の泥を絵の具代わりにひたすら描いた。インドネシアで得た栄養を日本にも持ち帰り吉祥寺のArt Center Ongoingでも泥で絵を描き、同時開催の西荻窪では蠣崎誓との植物遊びユニット「緑の葉っぱ」としての個展。名前の通り葉っぱやたんぽぽの綿毛や植物の種などを素材にささやかな作品を作る。通り過ぎてしまいそうな小さなものだが、ふと見上げた木の葉の一枚だけが笑顔の形にくり抜かれているのを見つけた時に得られる幸福はいつまでもその暖かな温度を保っている。都会で生まれ都会で育った淺井がまるで野生の本能を持って制作しているような、その魅力の謎についてここで少しでも近づけたらと思う。
(林絵梨佳)