イントロダクション
東京オペラシティアートギャラリーは、華麗な出発を遂げたICCのかたわらで、とくに未来志向の新たなジャンルをめざす文化施設というわけでもなく、いわば「普通」のアートスペースとして堅実なスタートを切った。はじめて展示室に足を踏み入れて驚いたのは、天井高が11メートルもある吹き抜けの巨大空間。だからとても晴れ晴れとして気持ちがいい。
複合施設のために、京王新線からの導線はやや複雑だが、エントランスの前にほどよい大きさの充実したミュージアム・ショップがあり、アートスペースへの扉はガラスで透明、スペースに直結していて権威的な仕組みが外されている。こうしたなにげない部分が「普通」で、日本ではまれなアートを見る場所になった。展示空間を生かすさまざまな演出は、片岡真実さんら学芸員の「普通」ではない配慮の賜物である。
1999年開館だからまだ活動歴は短い。だが、年々着実に実績を積み、「美術館の冬の時代」の輝けるホープとして、今ではオペラシティの活力の源、現代美術の実力派スペースとして君臨している。2層になった展示室の2階のギャラリーでは、難波田龍起・難波田史男の作品を中心とした約1800点の寺田小太郎氏コレクションのなかから展示が行われ、難波田の苗字にちなんだプロジェクトNでは、若手作家が紹介されている。
立ち上げの準備に7年間費やした片岡真実さんは、キュレーターとしてさらに4年間勤務し、東京オペラシティアートギャラリーが軌道にのった2003年から、六本木の森美術館の学芸員に抜擢された。東京オペラシティアートギャラリーのアドヴァイザー、デイヴィッド・エリオット氏が森美術館の館長に任命されたことも移動と関係があるかもしれない。片岡さんの後任には、神奈川県立近代美術館から堀元彰氏が移り、森美術館の設立とともに現代美術をめぐる人事は、めまぐるしく活性化した。
片岡真実さんは、国際的なアートシーンをじっくりと見定めながら先駆的なキュレーションを行うと同時に、プロフェッショナルなマネージメントの勘を働かせながら、地道できめ細かな施設運営に携わってきた。アーティストへのサポートはマザー的で寛容、応援する作家の展覧会をフットワークよく各地に見に行く。甘えがなく、頼りがいがあり、果たすべき役割を正確に把握しながら、無理なくやりたいことをやっているところがじつに立派。総合的視野をもつ新たなキュレーター・ジェネレーションである。
東京オペラシティアートギャラリーではこれまで、ヴェネチア・ビエンナーレに出品した宮島達男の「メガデス」展やイスタンブール・ビエンナーレの日本での開催「エゴフーガル」展など、作家やキュレーターを含めた海外の国際展自体への支援も行ってきた。資金的に特別豊かというわけではないが、安定した弾力性のある活動が継続しているのは、なんといっても芸術や文化に対する卓越したヴィジョンと愛、それを実現するための周到な方法論が編まれてきたからだ。
創設からかかわっているキュレーターの大島賛都氏、新人堀元彰氏を含む東京オペラシティアートギャラリーの5人の精鋭スタッフに、さらなる展開を期待するとともに、新たな美術館の設立にチャレンジする片岡さんの今後にも大いに期待を寄せたい。
(岡部あおみ)