イントロダクション
かつて恵比寿にあったオオタファインアーツは、古いビルの階上にあり、どことなく謎めいた雰囲気を漂わせていた。
G9と呼ばれる若手のギャラリストが集まって発行しはじめた「favorite フェイヴァリット」というギャラリーガイドの仕掛け人が、大田秀則。東京の界隈ごとに、簡単な地図とギャラリーで行われている展覧会のスケジュールが掲載された、最初は片面印刷の簡素なチラシだった。そのミニマルだが有益な情報が、一滴一滴、水がしたたり落ちるように地表に滲み込み、微細な亀裂を広げてゆく。そのスリリングな情景を、息をころして見ていた。
どのぐらいの時間が経ったろう。地下水として十分な水量を蓄えたその流れは、佐賀町の解体とともに噴出する。新川と、オオタファインアーツが移転した六本木のコンプレックスの二つの支流に分かれ、複数のギャラリーが集合する画期的なスペースが、こうして誕生した。地下ではさらに勢いを増した奔流がいくつもの支流を育てつつある。
その名だたる仕掛け人と、ゆっくり話をしてみたいと思っていた。偶然、イスタンブール・ビエンナーレ2003をご一緒することになったのは幸運といえた。イスタンブールでは、アギアソフィアやブルーモスクの美しいドームを見晴らせる屋上階で、毎朝、朝食を摂る。なぜか、フランス哲学や構造主義理論などにも花が咲いた。
ユニークなギャラリストの名に恥じず、アンダーグラウンドで侵犯性の強い作家たち、嶋田美子、ブブ・ド・ラ・マドレーヌ、アキラ・ザ・ハスラーなどに「ステージ」を提供し、今や世界の小沢となった剛画伯や草間彌生の良き連れ合いとなり、まだ20代の竹川宣彰やさわひらきを「育てたい」と願っている。
もちろん、自分の位置に自覚的な大田氏は、「育てる」などという言葉は使わない。「未来の<絵の具>をプレゼントとかして、いろんな芽をのばしてあげる」と、余裕とユーモア。作家と卓越した距離がとれるのは、豊かな体験に裏打ちされた独創的な思考と明晰な批評性にある。インタヴューで語られている公的な助成金に依存することへの疑問などは、じつに目にウロコもの。さすが仕掛け人!
(岡部あおみ)