イントロダクション
ミヅマアートギャラリーのディレクター三瀦末雄氏のお父上は、ドビュッシーやフォーレを愛し、サティを紹介した音楽評論家で、伊藤深水や関根正二の作品などを所蔵していた変わり種のようだ。「合唱コンクール」の名づけ親でもある徹底した芸術愛好家のディレッタントの父親と、英語のガイドもできたモダンガール、東京女子大英文科出身の気丈な母親。夫婦喧嘩で、かせぎの話になるとまったく分のない父親に、ひそかに肩入れしていた末っ子だった。
「立体詩」も書いた「アクション」グループの画家、神原泰などとも仲間だったというから、お父さまの周囲には日本の大正モダニズムの精髄となるアヴァンギャルドな空気が流れていたようだ。アートのコレクションからギャラリーをはじめることになった三瀦末雄氏は、晩年、所蔵品を売り食いする身となった父方の直系の子息なのだろう。
自ら、ハプニングをやっていたというギャラリー・オーナーは珍しい。 ギャラリーの方針には、「60年代」の波乱万丈な前衛芸術への目配りもある。ある意味で「金にならない」破天荒なものへの愛なども父親ゆずりなのかもしれない。
そして、母親ゆずりの国際的な視野に立ち、きっちりと「日本」や「アジア」も見据えている。会田誠、山口晃、松蔭浩之、田中功起、ジュン=グエン・ハツシバ、さらに女性では、岡田裕子、もとみやかをる、鴻池朋子、できやよいなどの多岐にわたる前途有望なアーティストたちを、早くからバックアップしているところは、やはり目利きだ。海外における昨今のアジアブームの火付け役のひとりである。
青山の家賃が値上がりしたので、中目黒のビルに移った。ここの家賃は青山の3分の1。健脚ならJR恵比寿から歩いても行かれるし、代官山は目と鼻の先。古めかしいビルだが、それを取り巻く裏手には、どこか神秘的なショップがある三角地帯が潜んでいる。
(岡部あおみ)