インタヴュー
白石正美×岡部あおみ
学生:井上美奈、浦野直子、江上沙蘭、岡田江利香、笠原佐知子、鈴木さやか、國井万沙子
日時:2000年5月12日
01 『1786年創業のお風呂屋さん』
岡部あおみ:まず、ここにSCAI THE BATHHOUSEというギャラリーをつくろうと考えた構想はどこから生まれたのでしょうか。
白石正美:自分のオフィスを持って仕事を始めたのが平成元年。そのとき、フジテレビギャラリーから独立して最初に仕事をやったのが、表参道にある東高現代美術館です。テンポラリーのアートスペースでした。そこで3年間ほど企画と運営をやって、一時はオフィスだけの活動をしていた時期がありました。展覧会をする場所が欲しくて、小さな原宿のオフィスの一角を1年くらい展示スペースとして使っていました。ところが、景気が悪くなってくるしコストもかかるので、どこかいい所がないか探していました。そのときに、この谷中の地域のボランティアグループ『谷中学校』の人たちから、銭湯が今から壊れるところだという話を聞いたんです。1786年創業のお風呂屋さんですが、200年続いた家業が途絶えるのは非常に残念だっていう思いもあったそうです。その谷中学校の人たちが、建物がモニュメンタルなものなので地域のシンボルにもなる、何とか残すような方向がないだろうかっていう動きがあったんです。僕のところにその話が飛び込んできたんです。現代美術を見せる場所は、場の空気というのが非常に重要なわけですが、このスペースは非常に魅力的でした。天井がものすごく高い。8メートル。自然光が入ってくる。ここを自分の画廊にしようということで来てみました。すると、エリア全体が実に恵まれている場所だなっていうことも分かってきました。所謂文化ゾーンですよね、上野の。
02 今なお残る江戸情緒
白石:寺町としてここ(谷中)が栄えていた古い町並みがあって、いろんな職人さんたちがいた。岡倉天心が東京美術学校を、明治時代以来創って、ここで日本の近代美術っていうものが始まったっていう、美術の総本山がある。芸大の卒業生も周りにいる、先生もいる。谷をはさんで、東大もあったりする。それから樋口一葉や森鴎外がいたりとか文学者が多い。江戸情緒が非常に残っているんです。美術を仕事とするにはふさわしい場所かなという気がしました。それを支えてくれる人たちもいる。地元の人たちの美術に対する理解度も非常にいい。現代美術っていうのは、非常に新しいこと、誰もやっていないようなことをやるっていうようなことがベースになっている。だから常にショッキングなこととか、新しいこととか、ものめずらしいこととか、それをこちらの方から発信していくわけだけど、それを受けとめてくれるような土壌が必要なんです。以前いた表参道と谷中の感じはだいぶ違う。人の距離のありようが、表参道は東京のいわば表の国際的な顔をしている感じがある。建築にしてもファッションにしてもビジネスするにしても、そういう新しい文化を創る人たちが主役になっている街だから、人と人との付き合いも広い場の中でおきている。こっちはもっと個別の、距離の近い感じがあって、おじさんおばさんっていうふうな個別感覚がある。たとえば上野−谷中アートリンクっていう地域コミュニティーのイベントに絡んでいるんですが、表参道はもっと広い東京全体とか、日本全国、国際的にというところを強く意識せざるを得ない。僕の活動はそれまで通りのものだけれども、プラスそういう地域連帯とか地域のボランティアの人たちとの関わりが増えてきた気がしますね。
03 SCAI THE BATHHOUSE、NICAFからエージェント業務まで
岡部:白石コンテンポラリ−アートっていうのは会社の名前ですか。
白石:ええ。SCAI THE BATHHOUSEっていうのはここのスペースの名前。白石コンテンポラリーアートっていうのはいろんなことをやっていて、1つには、SCAI THE BATHHOUSEの運営。現代美術の企画のコンサルティング。また、僕個人のスタンスでの動きなんだけど、NICAFというアートフェアにもかかわっています。それから美術館への販売です。白石コンテンポラリーアートっていうのは収益事業をする会社ですね。で、スカイザバスハウスっていうのは支援型って言えばいいのかな。アーティストへの支援っていうのは、作品を売るとか、場を作るとかです。作家を売り込んでいくエージェント業務をやったり、その可能性を広げるアートマネージメントをやっていく。
岡部:どういう契約になっているんですか。
白石:ケースバイケースですね。
岡部:たとえば契約のケースとしては、年に1回、あるいは2年に1回くらいの展覧会をやるとか。そのときは、新作を作る場合にはある程度サポートするとか、カタログは必ず作るっていう契約ですか。
白石:必ずしも西欧型のはっきりしたものにはなっていないです。信頼関係の中でやっていくという結びつきですね。作家それぞれによっても状況が違いますよね。私の画廊では、宮島達男、中村政人、遠藤利克、赤瀬川原平という人たちは、専属っていうかかわりでやっていますよね。
04 日本現代美術事情
岡部:現代美術の状況と、マーケティングの最近の日本の状況はどういう風に考えられています?
白石:若いコレクターたちが増えてきたとは言えますね。皆さん感覚がとてもよくなってきてますね。ファッションなんかにしても、アーティスティックな感覚結構みんな持ってきていると言えますね。そういう延長だと思うんですけども。村上隆のヒロポンファクトリーなんていう活動も若い人たちに人気ありますよね。そういう層が、アートに広がりを生んでいると思います。それから、若い頃アートに興味があった人たちに資力がでたりする人たちがいる。海外でビジネスの経験をつんだ人たちで、国際的な感覚をもった人たちもアートに敏感ですね。ITビジネスの人たちの中にもそういう人たちが結構います。しょっちゅう海外に出て行ってアートが身近ですよね。そういう眼で日本に帰ってきたら続けていくような人たちって増えていますね。
岡部:わりと状況はいいですよね、今。
白石:良くはなってきているけどまだ十分じゃない。まだまだ画廊できちんと採算をとっていくのは大変です。
岡部:白石コンテポラリーアートはほかの仕事をたくさんしているから成立しているんでしょうね。本当はここを自立させたいということですね。
(テープ起こし担当:浦野直子)
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