イントロダクション
ずいぶん昔、神野公男さんとはフランスやドイツでたまにお会いする機会があった。パリ在住の画家、黒田アキさんから名古屋の有力コレクターだと紹介されたのがはじめだったと思う。フランスではコレクターからギャラリストになる人がかなりいるが、名古屋もそうらしい。
一度、スカイドアという出版社で編集を手がけていた三上豊さんの提案で、ヨーロッパのコレクターの章を書き、さまざまな国のコレクターに会ってインタヴューをしたことがある(『マイ・アート コレクターの現代美術史』)。そのときいつも感じたのは、コレクターたちのどことなく共通した独特の神秘性だった。
今はギャラリストの神野さんだが、当時からの面影を持ち続けている。それは、作品を呼吸しているある重みをもったスローな心理の遠隔感のようなものだ。キュレーターや生粋?のギャラリストにはあまり感じられない質のムーブメント。アーティストはきっとこうしたコレクターたちの神秘の箱、まなざし、息遣いといったものに包まれて暮らしているに違いない。
神野さんは田中敦子さんや金山明さんの作品を長年手がけてきた。具体のメンバーのなかでも特異な立場を貫いた作家たちだ。三輪美津子さんにしてもそうだが、孤高の作家たちに、神野さんは共感するところがあるのかもしれない。
芸術は「個」からはじまるという思想を、聞いた。その言葉は関西や東京で耳にするよりも、なぜか名古屋で生きた実感をともなう輪郭をもった。
(岡部あおみ)