Cultre Power
art apace & alternative space トーキョーワンダーサイト/
Tokyo Wonder Site
contents

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Copyright © Aomi Okabe and all the Participants
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©岡部あおみ & インタヴュー参加者
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講義

トーキョーワンダーサイト(今村有策氏講義)

日時:2004年11月18日
参加者:武蔵野美術大学芸術文化学科ミュゼオロジー2年生

岡部あおみ:みなさんは東京都の文化芸術活動についてどのくらい知っていますか。今日は、今村さんご自身がディレクターとして関わっているトーキョーワンダーサイトの内容と東京都の文化政策なども話していただく予定です。
地方出身の学生のみなさんも、今は東京で暮らしているわけですし、都市と芸術文化とのかかわりをいろいろ見て歩いていく際にも、今村さんのお話が役にたつのではと思います。では、よろしくお願いいたします。

01 ワンダーサイト設立の経緯

 

今村有策:おはようございます。トーキョーワンダーサイトの今村です。
あまり大学に来ることはないのですが、たまに大学に来ると非常に新鮮な感じがします。大学とは全く関係のないところにいたはずなのですが、実は東京都が首都大学東京をつくることになり、僕は文化関係の担当なので、大学のシンボルマーク・校章のプロデューシングに現在関わっています。

今ご紹介頂きましたけれども、僕は、トーキョーワンダーサイトというお茶の水にあるアート・スペースの館長をやっています(現在は渋谷、青山にもスペースがある)。それと同時に、東京都の参与として東京都の文化行政に意見を言う、あるいは監修をするという立場で関わっています。

東京都の文化行政は範囲が広くて、一概に何とも言えないのですが、例えば皆さんの身近な所では、「東京国際映画祭」も東京都が委員会に参加をしながら日本の映画を盛り上げていこうという方針でやっています。役者の別所哲也さんが、「ショート・ショート フィルムフェスティバル」を手がけてます。その新機軸として「アジアショートフィルムフェスティバル」というものを東京都が立ち上げました。

その他ではご存じかは分からないですが、「ヘブンアーティスト」というものもやっています。これは大道芸。街の中で大道芸というのは今まででは、公園などでお金を取っていたりすると、警察が来て追い出すような感じだったけれど、欧米だと大道芸はいろんな所で見かけて、皆投げ銭を入れたりして、街がすごく面白くなっています。何故東京で出来ないんだということでやろうということになった。警視総監と都知事がもめたりということもありましたが、結果的に、東京都がライセンスを出し、その人たちは大手を振って丸の内のストリートや銀座、新宿で大道芸をやることが出来るようになりました。

どれか目にしたことがあると良いのですが、こうした一連の芸術文化活動の中の一つとして2001年にトーキョーワンダーサイトがオープンしました。これまでは行政の文化政策というのは、戦後30年、ずっと鑑賞支援、簡単に言うとチケットを安くするから皆展覧会や劇を見に行って下さいということをやってきたのです。例えば6000円が5000円になりますとか、あるいは展覧会をやる時にお金が足りないので支援して下さいとか、基本的にはそういうことをやっていたのですね。

それで果たして今の公共の文化行政のサポートとして十分なのだろうかということで、2000年から2001年にかけて、僕らはどのような方針にしようかと考えました。東京からものをつくっていく、発信し、若い人たちをサポートする。そのような形が一番望ましいのではないかということを考え始めたのです。

今までの、日本文化は昔から輸入(外国文化)に依存してきたというのは間違いのない事実です。そうではなく、東京を発信源としていろいろなものをつくっていく。その土壌をつくったり、そこから芽が出るのを支援するのが公共のインフラとしてやるべきことなのではないか。それは文化の領域において、公共が道路をつくったり整備したり河川を氾濫したりしないようにしたりするのと、実は似たようなことなのではないか。だから、劇場を作るとかそのなかで公演を行うということではなく、もっと根本的なことへ取り組まないといけないだろうと、ワンダーサイトが創設されることになりました。

通常行政なら、1年や2年その為の委員会が開かれます。準備室というのが出来ます。いろいろな先生を招いてやっているうちに、大体3年はかかる。それで、予算をつけて、設計をして、構想が出来た当初の息吹や流れと違って、3年前の建物が建つ。極端なことをいうと、5年前に決まったものを建てるというのが日本の行政の流れだった。その時には、アサヒビールの社長で東京都現代美術館の館長だった樋口廣太郎さんがまだお元気でいらっしゃって、非常に芸術文化に深い理解を持ってらっしゃる方でした。経済界からアートの様々な活動を支援なさった方です。その方とも話し合い、半年のうちにつくってしまおうということになり、構想から6ヶ月でワンダーサイトは出来上がりました。

それは、本当に公共の中で異例中の異例なのですが、予算はあまりかかっていない。主になった考えは、とにかく動きながら考えるということでした。これは、今までの行政の中では出来なかった考え方です。勿論計画も大事だが、それよりもやってみる。とにかく、スペース創って、人に来てもらってどういうことをやるのかということを考えようということになったんですね。そして、実際にやらなければいけないことをやっていった。

2001年12月25日クリスマスにオープンしました。2年間やってきて、東京にとってより必要なこと、我々が生活する上で必要なこと、同時に国際都市として必要なことがだんだん分かってきました。渋谷のパルコの前にある建物で、元々東京都が運営していて、今は区が運営している渋谷区勤労福祉会館の一角に東京都が持っている部屋があり、2005年春を目途にようやく2年の実績でそこを借り受けることが出来ることになったわけです。準備期間を経て、渋谷という若者の街に、皆さんの目にとまるパルコの真向かいの場所に出てゆくことができることになりました。

ワンダーサイトは進行形のオンゴーイングで動きながら考えています。そのプロセスがとても大事。現場自体が実験場であり研究室で、そういう場所を是非続けていきたいと思っています。これまでどのようなことをやってきたのかということを紹介しましたので東京都の文化行政とどのように連動しているかを次にお話します。

02 ワンダーサイトとワンダーウォール

 

ワンダーサイトは、お茶の水に建っている、300平方メートル程の古い戦前の建物を改装したスペースです。そこで、若手のアーティスト、まだ学校を出たてで画廊や美術館とも縁がないようなこれからの作家にスペースを貸したりしており、これが基幹事業の一つとなっています。いくつかの若い作家達の展覧会が開催されています。東京都では、トーキョーワンダーウォールという公募展をやっていて、毎年約1000点の応募があり、毎年約1000点の応募があり、その中で100名が選ばれ、更に12人が賞をもらいます。その12人が、1人1ヶ月東京都の都庁の廊下で展覧会をするわけですが、その100人の中からワンダーサイトでやりたい人と僕や関連のスタッフが話しをしながら展覧会をつくっていくことをやっています。大体若い人の会期は1回2週間くらいですが、2002年の春からスタートしてもう数十名の作家が展示をしました。

これは、クワクボ君という「ワンダーウォール」で賞をとった作家です。AERAなどでもご存じかもしれませんが。「ワンダーウォール」で初めて世の中に出て、来年は小山登美夫ギャラリーで展覧会をやることが決まっている、なかなか面白い作家です。ほかには鮫島君というまだ多摩美の大学院生ですが、いろいろなところで活躍を始めている作家もいます。「ワンダーウォール」、ワンダーサイトを一つのジャンプボードとして次のステップに上がってもらうことを狙いとしています。びっくりしたのですが、イラストが上手いと言っていた作家に会ったらなんと11歳の少年でした。インスタレーションなども行っていて、外部に出て行ってもらうことを含め、様々な展覧会をやっています。


鮫島大輔展示風景(TWS本郷/2003年)
© Tokyo Wonder Site

あとは、作家が自分の作品や活動などについて話し合うこともやっています。巻物を描く作家もいて、彼は膨大な量の藁を展示室に持ち込んで、インスタレーションと大壁画を描いていきました。水野さんという作家の作品もあります。展示する作家たちは、みなオープニングで人と関わることを意識して、単なる展示ではなく、こども向けにワークショップをしたり、さまざまな人とかかわる活動を展覧会場の中でやっています。

「トーキョーワンダーウォール 」という都庁舎の廊下での展示は、議事堂と都庁舎を結ぶ廊下なんですが、この壁面ががらんとしていたものですから、ここで是非若手作家の紹介をしようじゃないかということになったわけです。知事も議員さんもこの廊下を通りますし、傍聴される方々も通るということで、皆さんに見てもらう機会があり、いろんなコメントが寄せられたりしている場所です。

ワンダーサイトは、若手の作家の展覧会をするだけでなく、どんどん海外に出ていってもらうことをサポートする目的で、永岡、佐原、松本という3人が遂このあいだロンドンのアーティストランのスペースで展覧会をやってきたこともあります。日本大使館も含め様々な助成金ももらいながら、彼ら自身が展覧会つくって来たわけです。ロンドンは紹介記事もでました。

03 ワンダーシード(旧0号展)

 

ワンダーサイトでは若手作家の為の重要な事業として、ワンダーシード(旧0号展)もをやっています。奨学金をあげるのではなく、小品の作品を一般の人達に購入してもらおうという作品展です。毎年約600点の応募から80点から90点が選出され、既に2回行われました。ほとんど100%の割合で作品が買われていきます。それも義理ではなくて、気に入った作品をここで買っていく人が増えているわけです。作品を買うという行為が入るので、プロに加わってもらい、プロセスに関しては、東京画廊の山本豊津さんや、小山登美夫ギャラリーの小山登美夫さんに審査員として入ってもらって値段の公正さとか販売の方法について意見を言ってもらいながら、公共のスペースなのですが販売促進活動もやっています。


0号展(TWS本郷/2003年)の展示風景(現在はワンダーシード展へ名称変更)
© Tokyo Wonder Site

04 国際的な作家の紹介

ワンダーサイトでは、若手作家以外にもいくつか小規模な展覧会をやっています。ゲルハルト・リヒターの展覧会を2003年の春に行いました。リヒターの小さいながらも重要な作品を使って、美術館とは違った、うちのようなスペースで、親密な感じの展覧会を開催し、講演会も行いました。日本の若手作家達以外にも国際的な作家達の紹介もしているわけです。

今年6月には、キャンディス・ブレイツの作品展も手掛け、キャンディスは、南アフリカ出身のビデオを使った作品作りをしている女性のアーティストです。国際的に活躍をし始めたアーティストで、多文化の問題、言語の抱える問題など様々な文化的コンテクストの問題を映像に編集して投げかける作家です。東京で制作した作品がありまして、それを我々のスペースで展示しました。彼女がワンダーサイト用にインスタレーションをした会場もあり、ワンダーサイトは、展覧会をするだけではなくて必ず作家と話し合いをするという場も設けています。

05 インスタレーションの実現

若手作家や国際的な作家の紹介と同時に、インスタレーションの実現・紹介もしてます。インスタレーションは非常にお金もかかりますし、ギャラリースペースをクローズしなければいけないのでコマーシャルギャラリーではなかなか難しいですし、美術館でやると非常に制約が高いなります。我々は、基本的にオルタナティヴであろうしてやっていますので、こうした活動はやりやすいわけです。2003年6月7月には「Out of the Blue」というレジデンスの実験みたいな形で1ヶ月間、作家をよんで作品をつくる展示もやっています。

栗林さんという作家は、一見、フラットに見えているのですが、実は新しく作られた天井でプールになっていて水が張ってあります。ギャラリースペースの中で水を張るのは、御法度ですが、僕がたまたま建築出身なものですから、作家と一緒に、水が漏れず、柱のないプールを是非やろうじゃないかということでつくった作品です。水が鏡のようになっていて、下の方が水に映っている天井の風景で、天井の穴から覗くとべつの風景が見えるというものです。

僕のまわりにいるテクニカルなサポートをするスタッフと一緒に作品をつくっていきます。防水シートを巻き、柱部分のサポートを取るときが非常に緊張しましたが白い空間が出来上がりました。毎日徹夜のような感じで1ヶ月で設営したんですけども、本格的なインスタレーションで若い作家と向き合って1ヶ月作業をするのは、体力もお金もいって大変でしたが、是非こういうプロジェクトも続けていきたいと思っています。

2階部の大巻伸嗣の作品は、石膏をつかって削り出すというドイツでもやらなくなった工法を使い、日本一の左官屋さんにいかにして出来るかという相談をしました。75平方メートルの天井全部を床組みして切り抜かれたボイドスペース(虚の空間)が出来上がります。更に、下地をつくり、石膏を塗り、石膏を刃物で切り出すというとんでもない作業をやりました。最終的には白砂の真っ白な空間が出来あがりました。この時には、ドイツ在住の作家で、壁に穴を開ける、ウォールタトゥーをやる作家も来たんですね。身体と建築が一体化したような作品を作る人で、ギャラリーではなくトイレなど日常的な場所に彫ってもらいました。この時彫った入れ墨はワンダーサイトでもまだ残っています。


Out of the Blue展での大巻伸嗣によるインスタレーション(TWS本郷/2003年)
© Tokyo Wonder Site

06 現代音楽と出会う場所

これ以外に様々な活動をワンダーサイトでやっています。東京は、現代音楽を紹介する場所が非常に少ないです。現代美術を見る機会が少ないのと同じくらい現代音楽を聞く場所が少ない。なおかつ、話し合ったり音楽業界以外の人と触れあうなどという場所もない。ヨーロッパに行くと現代音楽のコンサートに驚くほどの人が来て、終わった後のパーティではみんないろいろなことを話しています。是非、そういうことの一助になればと、ワンダーサイトでは、2002年5月からコンサートのシリーズをやっています。

世界的に評判の非常に高いアルディッティカルテットをよんでコンサートをやりました。2曲演奏してもらいました。現代音楽のコンサートでは、お金がとれずに出来にくいピースをやってもらいました。岡本太郎の梵鐘を叩くということもワンダーサイトでやり、カールスルーエの教授で中村功さんという打楽器の現代音楽の第一人者にコンサートをやってもらい、その後に梵鐘を叩いてもらいました。

以前、武満徹が存命の時に東京画廊でもこのようなコンサートをやっていたのが後で関係者に話しを聞いて分かったんですね。ものすごく宇宙的な音がしました。今活躍している宮田まゆみさん、鈴木俊哉さんの組み合わせの現代曲のコンサートもやりました。ヨーロッパでのアコーディオン奏者の第一人者や、モンゴルからも我々の話を聞きつけて、是非演奏させてくれと馬頭琴を演奏する人たちも来てコンサートをしています。

ついこの間行われた大澤さんという日本を代表するバスバリトンの人が、通常のコンサートでは上演できない歌曲など難解で、ほとんどプログラムに上がらない曲を歌ってもらいました。トロンボーンとアコーディオンで、ジョンケージを組み合わせたコンサートもしました。この時の出演者もヨーロッパなどではトロンボーン、アコーディオンの第一人者の方々で、チャレンジングなコンサートを是非やってほしいと、依頼をしたので、この日はさすがに音楽業界から名だたる方々が聞きに来られていました。

僕らは単にコンサートをやることが大事なのではなくて、アートの基盤をつくっていく、土壌を豊かにしていくことが大命題でして、桐朋学園の学生と一緒になってトロンボーンの演奏と現代音楽の作曲のセミナーを行ったり、大学に関係なく、東京中から現代音楽の好きな学生が集まってきています。 伝統のプログラムというのもいくつか始めています。これは、芸術劇場で現代音楽のアンサンブルと生け花の岡田さんと一緒にコンサートを作りました。10mの丸太棒など、芸術劇場はコンサート用で搬入口が小さいものですから、正面のエスカレーターでみんなで担いで運びました。これをステージの上に立てて、アーティストと音楽家の競演ということをやりました。

07 42時間のアートイベント

2002年の年末に一周年記念で行ったアーティストナイトというアートイベントを42時間ノンストップでやりました。オープニングには 森美術館のデヴィッド・エリオットやリクリット・ティラヴァーニャを呼んで、東京のアートシーンについて語ったり、舞踏のダンサーが出てきたり何でもありでした。ティラヴァーニャがデザインして机を作り、そこをアートカフェとして使い、キャシーというグループのダンスもあり、日本美術や現代美術について語ったり、眞島さんは天ぷらの作品をつくったり。市原さんがアートクリニックというかたちで学生たちの話を聞き、森美術館のオープニング展のハピネスのキュレーターのピエール・ルイジ・タッツィも来て話をしたりして楽しい時間を過ごしました。


アーティストナイトVol.1(TWS本郷/2003年)でのパフォーマンス
© Tokyo Wonder Site

ワンダーサイトでは、伝統にも光を当てようという活動もしています。池の坊の最重鎮の方にも来てもらい、ほとんど人前では生けないそうですが、花をいけてもらっています。そのスペースは我々や左官屋さんとでチャレンジングなスペースをつくりました。クラブミュージックやVJ、演劇のワークショップもやり、オルガノラウンジという連中や、日本のマジック協会の方、ドラァグ・クィーンのヴィヴィアンにも来てもらっています。

明け方までほとんどノンストップでイベントをやっていました。 「アーティストナイト」は、年に何回か行っています。ミュージックあり、ビデオスクリーニングあり、打ち込み系の人たちも来ますし、あまり領域にこだわらずいろんなことをやろうとしています。イベントの時には若手の作家たちが自分たちのラウンジを作って皆に作品を見てもらおうとして、A.I.T.のビデオスクリーニング、ビデオアートセンター東京等、沢山の人に来てもらいました。

08 アートナビゲーター検定、六本木トンネル

ワンダーサイトでは、アートナビゲーターの試験のテストもやりました。実は、アートナビゲーターというのは、美術出版と僕らとでアートボランティアやアートラバーの人々に新しい展開を何か示すことが出来ないかと始めたものです。アートナビゲーターの初めてのテストケースというものをワンダーサイトでやりました。

ワンダーサイトの中にとどまらない活動も是非、東京都の事業の一環としてやっていこうじゃないかと、都市の中でのプロジェクトも手掛けています。六本木のトンネルは、殺風景だったので、キャンバスに見立ててしまったらどうか、ここの壁面に絵を描こうじゃないかとなりましたが、やろうとすると、絵も屋外広告物に認定されまして、屋外広告物規制法にひっかかります。最終的には、東京都が委員会を開いて許認可が出ました。六本木トンネルを実験として行いました。ここのみならず、都市空間を活性化させるプロジェクトを、毎年続ける形で行って行きたいと思っています。


六本木トンネルでのストリートペインティング事業(2004年)写真の作家は桑久保徹
© Tokyo Wonder Site

09 東京デザイナーズウィーク

「東京デザイナーズウィーク」では、お台場のコンテナのブースをもらって作品を展示してもらい、支援のために我々が主催者に入ってこの場所を使ってやってもらっています。ワンダーサイトのブースも作り、若手の作家に展示をしてもらい、のべ10万人もの人が会場に見に来るので、コンテナの中でビデオや展覧会、ライブなどをやってもらいました。

10 手作りの展覧会

活動の中で重要なものとして、展覧会自体をみんなでつくろうということを行い、「ワンダーウォール」の発表展を皆でつくる試みをしています。壁への設置を若手のアーティストとプロの人たちが一緒にやったり、アートに興味を持っている、マネジメントなどに興味をもっているボランティアなどに展示計画も含めて、どうやって絵画が搬入され、展示されるのかを実地に体験して参加してもらっています。

東京都の現代美術館で、2004年の夏に行ったものは、キャプションを貼るところから照明をあてるところまで、全て展覧会のセッティングを我々のほうで業者を通さないでやってみました。パーフェクトに出来るんですね。ただ、日本というのは面白くて全部このような作業をする業者が決まっていて全部入札でとってしまう。美術館自体がアーティストやその関係者が仕事を出来る場所ではなくなっているわけです。美術館が教育の場でもあり、生産の場でもあるという状況が失われていっていて、ワンダーサイトがそこに入って風穴を開けるということでやったプロジェクトです。最後の片づけから掃除までやりました。

11 ワンダーサイト2とワンダーサイトのキーワード

ワンダーサイト2は、渋谷のパルコ・パート3の前にあるスペースです。公園通りの表側はカフェで、普通の便利喫茶にならないような、アートが好きな人に溜まってもらえるスペースで、裏原宿側に小さなエントランスを設けてここからもワンダーサイトに入れるようにしています。実験として、ビデオのプロジェクションなどもこの空きスペースを使って公共空間に向かってビデオを流せるかなと考えています。

今は、お茶の水にある戦前に建てられた3階建てのエレベーターもないような小さなところだけで活動しています。職業紹介所、簿記などをやっていた庁舎をリノベーションし、最近のはやりで言うとコンバージョンして使っています。 ワンダーサイトでは、僕らがお互いに意識を共有する為のキーワードがあります。サイドオブワンダー、メイキングサイト、オルタナティブ、エイジアンネットワーク・ハブ、オンサイトラボ、クリエイティブトーキョー、トーキョーカルチュラルポリシー、エアートーキョー(AIR:アーティスト・イン・レジデンス)、ワンダースクール、そしてコラボレーション。

これは、来年の事業の目標となります。ワンダーサイト自体が、アートとかミュージアムなどの言葉をいっさいつけていない。既成のものではないところからスタートしようということで始まっているからです。メイキングサイトというキーワードは、新しいプラットホームをつくることが新しいことを切り開いていくことだから、結果よりもまずプロセスを重視することをやろうということを表しています。

12 オルタナティヴ・スペースの第2の波

   

遂この間、国際交流基金から『オルタナティヴス』という本が出ましたが、今、オルタナティヴ・スペースというギャラリーでもミュージアムでもないスペースの重要性がますます大きくなっています。そのようなことで、オルタナティヴな活動を是非やっていこうじゃないかと思っています。まだ、日本にはオルタナティヴの層が非常に薄いです。2001年にオープンしましたが様々なオルタナティヴも同時期にスタートしています。

A.I.T.もそうですし、京都芸術センターは1年前にオープンしました。大体1997、8年ぐらいから2000年ぐらいにかけて日本では始まり、現在は、第2のオルタナティヴの流れではないかと思います。第1の流れは、1980年の流れ、武蔵野美術大学の小池一子教授が始められた佐賀町エキジビットスペースがもたらした可能性は非常に重要なのではないかと思います。

それから、一方でアジアのアートというのがものすごいスピードで動いているのですが、東京はそのハブとなっていません。それをなんとかしようじゃないかというのが来年の一つのテーマです。東京都は、アジア大都市ネットワークという各国を超えた連携をするための模索をしています。

13 東京でのレジデンスの必要性とクリエイティヴ・トーキョー

東京ではまだ公的にアーティスト・イン・レジデンスが行われていません。これは是非やらなければいけないと言いながら実際やろうとすると簡単でありながら、公共にとってはハードルが高い。ただやれば良いのではなく、東京でやるアーティスト・イン・レジデンスはどういうやり方が良いかを考え、今、準備をしています。できたら来年にはスタートさせたい。

文化政策に関わることなのですが、今年ロンドンの市長でケン・リビングストーンという人がいるのですが、トニー・ブレアの次を行くカリスマの一人で、彼が文化政策として、「クリエイティヴ・ロンドン」ということを言い出しました。非常にキャッチーな名前で、彼が言うには、ロンドンは5人に1人がクリエイティブ産業に従事していて、実を言うとファイナンシャルな株や経済などよりも産業を生み出しているんだという話です。

その文化産業、そういった創造的なプロジェクトを支援していこうじゃないかということを言い始めました。僕もそれは、合意するところが多いので、クリエイティヴ・トーキョーというキャッチを考え、東京の魅力を浮かび上がらせていきたいと思っています。トーキョーカルチュラルポリシーということで、文化政策での様々な実践をやっているのですが、ビジョンのまとめがまだ出来ていません。東京都写真美術館館長の福原さんを座長に総まとめを今やろうとしています。

14 芸術文化発信助成事業とアートサポーターへの間口を広げる

東京都は芸術文化発信助成事業も始めました。総予算4500万円(平成16年度当時)ですが、1プロジェクト200万で東京から文化発信をするプロジェクトに助成しようと、これも福原さん を座長にして始めています。こういった形で東京都の文化支援を体系的なものにしようということをやっています。 ワンダーサイトに、学校的な要素も入れたい。日本は学校を出たら空白地帯にぽんと放りだされてしまうので、学校を出たところからが重要で、それをサポートする場所がないとだめであろうと。大学に入り直しというほどではないけど、アートをやりたい、ボランティアとしてアートに関わりたいといった方達への間口をきちんとつくりたいということです。

15 豊かな文化環境づくりに向けて

トーキョーワンダーサイト一つだけで活動が出来る訳ではありません。それをコラボレーションという形で単に団子になって皆でやろうよという訳じゃなく、共に何かをつくっていくことをやっていかなければいけないんじゃないかと思います。その為には、NPOと共同したり、行政と民間でやったり、キュレーターとアーティストなどとのコラボレーションを考えていかなければいけない。

2005度に企画をしているプロジェクトでは、アジアのアーティストやドイツ年なのでベルリン東京ということも考えています。皆さんも、アーティストと共に、トム・フォードみたいなクリエイティヴ・ディレクターといわれている人たちに興味を持っているんじゃないかと思うのですが、そういった人達に文化活動を何かやってもらおうという企画を今組んでいるところです。

個人的には、関わること、コミットメントが非常に気になっている。ワンダーサイトは、インフラを作るだけなので、是非アーティストラン、アーティストイニシアティブという皆でコミットすることによって自分達の場所を自分達で作っていくことを推進していきたい。場所を自分達でつくっていくことが大事だと思うんですね。最近コミュニティースクールというものが始まっています。今までは、誰かに任せていたが、そうではなく、自分たちで立ち上げるという新しい動きが作られていくのではないかと思います。享受者ではない意識を持ってやって欲しいと思います。有り難うございました。

岡部あおみ:ワンダーサイトの多様で大変刺激的な活動と、一般にはあまり知られていない東京都が手がけている画期的な芸術支援のあり方、さらに、若者たちの未来を輝かせる数多くのコンセプトやキーワード、考え方をわかりやすく説明してくださって、本当にありがとうございます。 ワンダーサイトの会場としては今後、二つになるわけですが、御茶ノ水の建物をキープしながら渋谷の新たなスペースを作られるわけですね。これまでお茶の水には年間どのくらいの方が来られているんでしょう。入場料はとっていらっしゃいますよね。

今村:入場料とっているものととってないものがありまして、若手作家の展示ではとっていません。単純に企画展と言われるものではとっています。ワンダーサイトはまだ、東京都の中にある任意団体の一つという位置づけです。美術館というのは条例で、入場料や開館時間などが決められている、いわゆる行政的に決められた財産ですが、ワンダーサイトは、本当にまだあやふやな存在でして、入場料がきっちりとれない。

現在では、都庁舎という扱いになっています。2005年4月からはきっちりとした財団として整備していこうと思いますが、そうなると入場料もきちんと出せます。現在のカウンティングの仕方ですと、入場者数が正確には分からないんですね。でも、例えばアーティストナイトのイベントなんかは、3日間で2000人の方が来てます。本当に小さい数ですが、大体年間で1万人来てれば良いよねという感じです。

岡部:運営スタッフなど、現在実際に関わってらっしゃる方はどのくらいいるのでしょう。

今村:私を含めてプロパーなスタッフは、4名です。館長とプログラムディレクター、スタッフ2名です。あとは、コラボレーターとして外部から招いています。それと都庁に事務局スタッフがいます。

岡部:入場料をあまり出せないということになると、運営費はほとんどが東京都からの税金の活用になるわけですね。

今村:協賛はとって活動しています。東京都現代美術館が開催する一番小さい展覧会1本の総予算よりも年間の活動資金は少ないです。人件費とかもろもろありますが、活動費は全体で今1千2、3百万円くらいですので、税金的に考えると本当に小規模な予算で、小規模な活動しか出来ないわけです。

ですから、リヒター展のようなものをばんばんやりたいけれど、なかなかまだ中途半端で助成金ももらえない。ただ、オルタナティヴの活動は、ソウルなんかで聞きますと一生懸命やって1千万とか2千万という感じですね。ホントは3千万円が企画にないときついですが、ほかの組織の実情を聞いても、みな2千万くらいで精一杯やっています。

岡部:人件費は別枠なのでしょうが、年間の活動費の少なさにはびっくりしますね。でもワンダーサイトのようなオルタナティヴ・スペースには、多くのコラボレーターがいて、若いアーティストも協力的で、ボランティアが大勢いるわけで、新たな状況をクリエイトしていることですから、是非頑張って続けて下さい。

今村:頑張ります。

佐藤美保(院生):ワンダーサイトは、全部自主企画ということですよね。持ち込み企画などはあるのですか?あるとしたらどのような対応をされていますか?

今村:基本的に持ち込み企画もありますが、場所貸しはしないです。最初の2年間なので自分たちの投資をきっちり出さなければいけないので。場所貸しは、楽なんですけどね。ある程度、色というか、芯になるものが必要でそれが出来てからどんどん関わってもらうと良いのではないかと思っています。持ち込みがノーというわけではなく、ある程度持ち込みでも全部自分たちも関わってやることが必要なのではないかと思っています。

岡部:場所貸しをやる場合、どうコミットメントしたらいいかが難しくなりますし、貸しすぎると、スペースやスタッフのアイデンティティが揺らぐので、対外的なイメージが弱まりますね。

今村:それがまさしくあって、渋谷とお茶の水ができた場合、お茶の水はもっともっと実験的なことをやれる場所にしたいと思っています。渋谷のほうでは既にNPOとコラボレーションをしようとしているので、渋谷では連携をし、お茶の水では個人的な小さい展覧会をやるというような棲み分けでやろうとしています。実際このような棲み分けで2005度の企画を考えています。

(テープ起こし:佐藤美保)