インタヴュー
斎藤久子(金沢市民芸術村アート工房初代ディレクター)X岡部あおみ
学生:大久保昌彦、沖崎梢
日時:2000年3月1日
場所:レンガ屋カフェにて
01 ディレクターの仕事について
岡部あおみ:金沢市民芸術村は創設当初から、市民の方々の主体的な活動が評価されている成功例として名高い施設ですが、まずどのような契約で実施されているのかを教えて頂ければと思います。ディレクターはどの程度、自主的に予算を使用できるのか、また実質的な経費は予算でかなりカバーしてもらえるのか、また常時仕事をしているスタッフにはお給料のような形の支払いかあるのかなどです。
斎藤久子:月に一回ディレクター会議があって報告をします。私がディレクターをしていた頃には一か月に企画料として5万円の報酬がありました。交通費や通信費などの経費が5万円で、ディレクターは10万円いただいています。また事務職員は10人程いますが、その方々は市の財団法人の職員として支払われています。
岡部:ディレクターや企画者は全員一般市民で、運営の基本的な経理やその他の維持をやっている事務スタッフが市の職員として10人程いるということですか。
斎藤:いえ、経理は各部でします。ディレクターも活動予算からおろしてきて支払ったりします。チラシの宣伝などの情報関係や搬出入は全てディレクターが行いますが、これでは身が持たないです。ディレクターは二人いて、私が担当していたときはもう一人のディレクターも女性で作家でしたから、絵を描いている人でした。
岡部:たった二人で運営するのは大変ですね。
斎藤:それぞれ家庭もありますし、仕事も持っていますしね。任期制で交代するのですが、はじめの二年間は本当に辛くてどうしようかと思いました。貰ったお金を全部企画展に使うのではなくて、活動が出来るようにまずスタッフづくりからはじめました。それをもとに「みんなの基地を創ろう」という子供のワークショップなどを行いました。
また、「石川の石を彫ろう」というワークショップも今までは世話役の石彫家さんと石の組合の方が行ってくれていましたが、去年から企画の段階から材料の準備までを参加者が約80人集まって、いろいろ取り決めました。ディレクターは音頭を取るだけであとは係わってくださったボランティアの方に任せました。「石川の石を彫ろう」と「みんなの基地を創ろう」は、ワークショップの柱になりました。たんにワークショップが好きだから、ただで働いてもらうという訳にはいきませんので、普通よりは安いですけど、若干お金をお支払います。ボランティアとはいえ貴重な時間を割いて行ってもらっていますから。去年からディレクターもボランティアの方々と同じように労働した分を貰うことにしました。そうでないと次にディレクターをやる方がいらっしゃらなくなります。今までの仕事を削って、この仕事をしていただく訳ですからね。
岡部:金沢市民芸術村のディレクターの仕事を中心にやって、それまで手がけていた他の仕事を休んだり、辞めたりしても、ある程度は食べていかれるくらいのお金をいただけるのですか。
斎藤:それは分かりませんね。ただフルタイムでこの仕事をする訳ではないですから。私たちは家でFAXや電話でできますから、自分の仕事をしながらの仕事です。決められた労働時間で働く訳ではないです。だからやっていけるんですが。
岡部:斎藤さんともう一人のディレクターの方をイベントなどで常時サポートしてくれる人は、10人くらいはいるのですか。
斎藤:「石川の石を彫ろう」は単独の企画としてボランティアがいますし、それぞれ異なりますね。たとえば、DMやチラシを出す作業はアルバイトの方にやってもらっています。その人を事務的なスタッフといってもいいわけですが。
金沢市民芸術村 アート工房(内部)
©Kanazawa Citizen's Art Center
02 ワークショップと予算について
岡部:その後、子供が登場する街づくり事業にかかわられる訳ですね。
斎藤:そうです。そのために今まで子供のワークショップをたくさん行ってきて、それを発展させて「みんなの基地を創ろう」というプロジェクトを企画しました。そのプロジェクトの中では学校の美術の先生や児童館の先生、アーティストから建築家、職人さん、また子供のワークショップが本当に好きな方など、いろいろな分野の方が20人くらい集まり、その方々と何をやるかなど、やり方自体を一緒に決めていきます。月に一、二本、夏休みなどは多い時には四、五本のワークショップを行いますので、子供のワークショップに追われている感じです。
岡部:四、五本もするんですか。子供が対象だと日曜日が多くて大変でしょうね。
斎藤:はい。それに加えて企画展や講演会が交錯して入ってくるので大変です。「石川の石を彫ろう」というワークショップは、建築家や石彫家の方と石の組合の方々、両方のボランティアで成り立っているワークショップです。石川県の小松地方には軟石の一種の日華石や滝ヶ原石が多く採掘されています。その石は蔵を造るのに使われたり、庭に使われたり、石灯籠に使われたりしていました。武家社会の金沢ではとても珍重されていたんですね。でも現代建築は強度がなければいけないので、石の使用が少なくなってきています。そこで石屋さんがもっと石を使って楽しんでもらえないかと、石彫家を仲介に市民の方に石彫を楽しんでもらおうということになりました。広場の一角が石彫場になり、そこで四月の終わりから十月の半ばまでの期間、好きな日に石を彫っても良いようにしました。日曜日になると、中学生から奥さん、おじいちゃん、おばあちゃんに至るまで多種多様な人々が訪れました。2000円を支払うといろいろな大きさの石の中から一つを半年間彫る権利を与えられます。道具も全て用意されていて、土日は彫刻家が来て、機械で大きな石を切ってくれたり、指導をしてもらえます。現在では地元の美術大学の学生さんたちのグループが中心になっています。
岡部:これだけの市民を集めるには、広報が欠かせないと思うのですが、DMやチラシは予算の1200万円内でやっていかれるのですか。
斎藤:例えば、年6本の企画展をするとします。一本で約150万円ですけど印刷物がだいたい30万出すと切手代を含めると50万円になってしまいます。それに搬出入のお金などで150万円ではギリギリです。それを6本すると単純計算でほとんど使いきります。
岡部:ではやはり今ある予算では足りないわけですね。金沢市民芸術村の総予算は、ここのさまざまな貸しスペース代による自主収益以外は、市と国(文化庁)から補助金があるわけですが、もし国からのお金がなくなったらどうするのですか。
斎藤:活動縮小ですね。でも予算が少なくなれば、ディレクターは楽になります。クリアしなければならない活動が少なくなる訳ですから。
金沢市民芸術村 マルチ工房
©Kanazawa Citizen's Art Center
金沢市民芸術村 水路
©Kanazawa Citizen's Art Center
03 金沢市民芸術村の成功
岡部:金沢市民芸術村の基本方針、コンセプトといったものは、市民が一緒にアートにふれられて制作もできるし、ワークショップなどを通してアーティストとも知り合うことができる。しかもそうした活動を市民が自主的にオーガナイズするという点でしょうか。
斎藤:そうです。市民がアートと接する機会を作り、アートは難しいものではなく、生活の一部に取り入れられるくらい楽しいものだということを体験してもらいたいと思っています。だからアート・アドバイス・デーというものを作りました。ついこの間まで銅版画の教室がありましたし、染め物や金属、和紙など様々なものでワークショップを行っています。また、敷地内には職人大学もあります。そこでは金沢ならではの職人技を継承していくために職人の親方が、すでに経験者で30代、40代の方に専門的知識をあたえながら育てていく所です。せっかくそうした技のある方々の仕事場が同じ敷地内にあるのですから、彼等に参加してもらって職人技を教えてもらおうというワークショップになってます。これも彼等のボランティアで成り立っていますが。
岡部:市民芸術村がオープンしてから5年間で、市民の方たちのリアクションやこの場の使い方はどのように変わってきましたか?
斎藤:どんどん使う人が増えています。この前のディクター会議の時も数字に声をあげました。アート工房の展覧会を見にくる人も増えましたが、ドラマ工房やミュージック工房は朝の早いうちから太鼓の部屋の予約の順番を待っているほどです。年中無休で24時間不眠の村なのですから、申し込むと24時間なので何時までも使えて利用しやすいのだと思います。だから地元の劇団の数も音楽の方の団体の数も増えていったのでしょう。こんなに簡単に練習できる場所はそんなにないですから。今、パフォーミングスクエアという体育館みたいな建物を建ててます。今の工房だけではこなし切れないので、主にミュージックやドラマ用に使用することになる大きな工房だそうです。来年の11月にオープンです。このスペースはアートの方は使いづらいと思いますが。
岡部:年間の利用者は現在、どれくらいいらっしゃるのでしょうか。45万の人口がいる市民のうちの10%強ぐらいですか。そこまでいきませんかしら、統計はとっていらっしゃいますか。
斎藤:利用者数ですが、2002年度(平成14年度)では17万6千501人もの人々が利用しました。およそ17万7千人ですね。(注釈1 同ホームページの金沢市民芸術村データ参照して数字を刷新してあります。)
岡部:それはすごいですね。先ほど、今度新たにパフォーミングスクエアが建設されるとおっしゃってましたが、金沢市民芸術村が成功しているから、活動スペースが足りなくなって、いろいろべつの建物まで建つということですか。
斎藤:これは正確な統計などから判断するのではありませんが、金沢市が作った公共施設の中で芸術村が一番成功したともっぱらの噂です。多分とても気軽に参加出来て市民の中に広まり、みんなが一緒に活用できる場所として成功したのだと思います。
岡部:それは市民の代表がディレクターをやっているということも大きな要因ではないでしょうか。
斎藤:そうですね。行政の方がマニュアルを作るのではなく、使いたい市民が作るので、どうあってほしいかが分かります。それが一番だと思います。そうした効用を認めた行政側が、使いたい人のためにここを提供するから、場所も肥やしもあげるから、後はあなたたちが種蒔いて、汗をかいて花を咲かせてくださいという感じで、市民に舞台を提供してくれたのだと思います。
金沢市民芸術村 パフォーミングスクエアー
©Kanazawa Citizen's Art Center
金沢市民芸術村 ドラマ工房
©Kanazawa Citizen's Art Center
04 若手作家も応援したい!
岡部:斎藤さんはすでにギャラリーなどを運営したりなさっているので、マネージメント的にはプロですよね。市民の代表といっても、仕事の経験が全然なくて、専業主婦だった女性が運営するのとは経験量が違いますね。
斎藤:そうでもないです。すべて手探りです。やってみなければ分からない所があるから、企画は面白いんですよ。金沢美術工芸大学出身でいろいろな材料を使って作品を作る若手の作家の方がいて、こういう若い作家やある程度の知識があってもっと専門的にやってみたい人を応援するための企画展も作りました。
岡部:これは何か月かに一回やるという感じで続けていかれる企画展ですか。
斎藤:そうですね。不定期ですが、地元の若手応援作家と全国で活動している作家の企画展を行います。
岡部:私がまだフランスにいた頃、日本の大学で始めて講義をしたのは金沢美術工芸大学だったのですよ。東京のワタリウムの和多利さんに誘われて金沢に来て。金沢美大の学生さんたちもここで活動したりするのですか。
斎藤:いつも搬出入で金美大の学生のアルバイトさんも来ていますね。また、彼等はここのスペースを貸りて展覧会することがよくありますし、美大の先生方も使われていますよ。
岡部:若い人たちがこういう企画をやりたいと持ち込んだりする時に、もしディレクターがその企画を面白いと思えば、すぐに採用してやらせてあげることも可能なのですか。
斎藤:はい。月に一回のプロジェクト会議で誰かの意見を暖めておいて実現することがあります。例えば金大の助教授の方もメンバーの一人ですが、研究テーマをワークショップとしてやってみたり、児童館の若い方のアイディアで新聞アートをやったり。
岡部:ただそれは内部スタッフの意見ですよね。まったくそうではない人で、例えばムサビの学生がいろいろ考えて東京やここのアーティストの方と一緒に面白い企画をするといったことも可能なのでしょうか。
斎藤:可能です。手を挙げた、熱い人を引っ張り込んで一緒にやろうという方針ですから。
岡部:私たちの大学の芸術文化学科は作家になりたい人やキュレータになりたい人が集まっているところなので、可能性があるなら彼等もこういう場所で何かの企画をやりたいと思うかもしれません。
斎藤:例えば企画展扱いができなくても共催という形でできます。なるべくこちらでも協力出来る方向で考えていくことは大いにあります。
岡部:金沢美大の学生が企画した展覧会などを取り上げられたことはありますか。
斎藤:一回ここで金美の学生がやった展覧会を応援したことがあります。
岡部:可能性はあるんですね。ただ、プログラムに組み込むには早めに言わないといけないのでしょうね。
斎藤:半年前にスケジュールが決まりますから、企画展は一年前に決めます。また、アート工房のスペースを一日4000円で貸すこともしています。大体半分くらいは貸し工房になっています。
岡部:若手の育成といったかたちで応援するための企画展の際ですが、出品する作家の方々にも出品料とか、制作費や旅費などの経費を払われていますか。
斎藤:去年から制作費を5万から10万支払っています。旅費や宿泊費を含めた実費は全部支払います。材料費は支払いませんが、材料協力はします。例えば、大きな石とか鉄とか東京や大阪から運んで来られないものですとかは、地元から調達してお金がかからないようにします。また、展覧会の際には、各企業に協力をお願いして材料の提供などもしてもらってます。みなさんのボランティアで安くなんとかしていますね。時と場合によって経費の使用方法は変わりますから、マニュアルは作れない。
岡部:でも、次回はじめて新たにディレクターをなさる方は、多少のマニュアルやルール表などがないと困りますよね。また全部、自分で作らなければなりませんし。
斎藤:はい。困ると言われます。ただ次になさる方には作家さんとの交渉やワークショップに参加してもらったり、一年間私と一緒にサブディレクターとして活動してもらいますので、大体やり方の要領は分かってもらえていると思いますけど。
岡部:それはいい方法ですね。そうやって体得して、自分だったらこうやるとか、考える余裕もありますし。そのサブディレクターが新ディレクターになったら、その人が100%好きに出来るのですか。
斎藤:そうです。
岡部:それは魅力的ですね。
斎藤:だから今まで私たちがしてきたことと、次にディレクターをなさる南さんがするものとは全くカラーが違ったものになりますよ。そこがディレクターがときどき変わる良い点です。私はファイバーの世界の人間なので友達もその世界に多いということもあり、企画自体もそれに影響を受けたものが多いかもしれません。
岡部:ご自分の作品を展示したりはしないのですか。
斎藤:ディレクターをしている時はできません。次になさる方が来年展示をやりませんかと言ってくださいますが、あの空間をこなすことがどれほど大変なのかをよく知っていますから、ちょっと待ってもらっています。
金沢市民芸術村 アート工房(外観)
©Kanazawa Citizen's Art Center
金沢市民芸術村 アート工房(内部)
©Kanazawa Citizen's Art Center
金沢市民芸術村 アート工房(内部)
©Kanazawa Citizen's Art Center
05 アート工房はミニマムアートが吹っ飛ぶ空間
岡部:雰囲気はいいし、おもしろいですが、この建物の空間を展示とに使うのはかなり難しいのではないでしょうか。もう少しシンプルだったら、使いやすかったし良かったと思われますか。
斎藤:アート工房に階段がある設計にしたのは、最初は展覧会のスペースとしてではなく、工房にする予定だったからです。だから制作する場所という性格が強い。上と下で彫刻を削ってもらったり、上で絵を描くといった感じで、スペースを離すという設計者の考えがあったみたいです。けれどフタを開けてみたら、工房としては全く使われず展示空間になってしまった。工房を借りるのは数カ月単位ですから、経費のかかるこのスペースを独り占めすることになり、どちらにしても工房に使いたいという希望者はあまりいませんでした。四角の柱に鉄がまいてあったでしょう。あれは大きな鉄のロッカーに反物をつめて動かしていた倉庫時代に、柱が痛むということで鉄のガードをした名残なんです。あの柱の存在感はすごいですよ。ちょっとやそっとのミニマムアートなどはふっ飛んでしまいます。より立体感があって、あの空間のために作られた作品でないと存在感で負けてしまう。そのためにあの階段が場を生かすための条件になる。作家は何回もここに来て、ここで負けないものを作るため、一階・二階の階段をどのように使うか、いい空間を創り出せるかをみんな考え抜いて戦います。こんな難しい空間は初めてだけど、実現すると他では味わえない満足感がありますね。批評はみなさん必ず言います。そういう点で、クセのある空間も結構面白いかもしれません。
岡部:建築家としては、工房と思っていたから、比較的自由に創ったのでしょうね。
斎藤:そうですね。工房なので明るくてはいけないということで天窓がありますが照明する時には邪魔なんですよ。夜中に展示が仕上がって照明をセットしますが、昼になると全然違うものになってしまいます。最近ではこの天窓を塞いでくださいという方がいまして、その度にお金を出して塞ぎますが、お金がかさむので相談したところ、塞いでしまうと防火対策の項目に引っ掛かるということで、そのつど仕方なくお金をかけて塞いでいます。幸い作家の友達に塞ぐ業者の方がいまして、ボランティア価格で安くしてもらっています。地元のディレクターが地元のみなさんと作り上げていくことで、自分も係わっている芸術村という意識がみなさんの中にでてくる訳です。
岡部:それはいいですね。直接係わるか係わらないかで、参加の意味が大分違ってきますし。
斎藤:最近ではコラボレーションをしています。それはドラマであったり、音楽であったり、身体表現であったりする訳ですが、今までとは違う活動の場が生まれます。ワークショップも大体はコラボレーションしていく訳ですから、なおさら忙しいんですけど。
岡部:人と人の強い繋がりで作られている展覧会やイベントは金沢ならではですね。こうした大規模な開かれた施設があり、市民参加ができる環境があるから発展していると言えますね。
斎藤:そうですね。ワークショップで集まった仲間たち同士も非常に仲良くなって、その後、仲間たちでコンサートを開いたり、いろいろ活動してます。
岡部:これからの問題点だと思われているのはどういうところですか。やっぱり中心になる人が忙しすぎるということですか。
斎藤:スタッフ作りですかね。みなさんのエネルギーやノウハウを取り込んでやりたいですから。
岡部:ありがとうございました。
金沢市民芸術村 アート工房(内部)
©Kanazawa Citizen's Art Center
(テープ起こし担当:斎田圭一郎)
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