イントロダクション
照屋勇賢という名前がまずもってすばらしい。勇ましく賢く、屋内屋外を照らす光源なのだから。ここに見事に彼の作家としての心意気も語られている。ささやかでもいいのだが、現代のアーティストで使命感を抱いている人はいったいどれほどいるのだろうか。たとえば、絵画の革新に燃えた印象派の時代の画家たちや芸術を普及させるために社会主義イデオロギーに情熱を捧げたロシアアヴァンギャルドたちのように...
大衆消費社会と未曾有の情報化社会のさなかで、鰻登りに高騰する美術市場の嵐とともに、失われていくものは何なのか。研ぎ澄まされた感性と先鋭な現状認識から生み出される照屋勇賢の作品の数々は、観客をヒューマンな温度で包み、寡黙に美への共感へと誘いながら、世界がとるべきささやかな指針を与え続ける。
よくある「芸術家」の傲慢や強がりとは正反対ともいえる、弱さを曝すことを厭わない彼の気質に万感の信頼を置きたい。多くの人々の心の糧になりつつある彼の作品のマイクロ・ポリティカルな力学は、いつの日か人々を結ぶ透明な領土を築くはずだからだ。
横浜トリエンナーレ2005で、マクドナルドなどの紙袋を樹木の形に切り抜き、壁に設置する作品で注目された照屋勇賢。翌年は東京各地で個展が開かれ、2007年には沖縄の死んだ珊瑚のインスタレーションで横浜美術館の 「水の情景―モネ、大観から現代まで」展に出品した。同時にバングラデッシュ・ビエンナーレ、アジアン・パシフィック・トリエンナーレ、日豪展など、海外での国際展でも活躍し、最近もっとも多忙をきわめるアーティストのひとりである。
沖縄出身という立ち位置を見つめる冷静な視点と、8年近いニューヨークでの活動が、世界や地球をながめるグローカルな視線を成熟させた。MoMAと提携するP.S.1が開催する「Greater New York2005」展でデヴューしてからは、米国の画廊でも発表の機会が増え、経済的な意味でも足場が固まってきたように思える。
(岡部あおみ)