イントロダクション
初めて観たはずなのに、なぜこの人の作品が懐かしく思えるのだろうか。私は吸い込まれるようにして『A.Nのリビングルーム 地震の予感』の前にただただ立って眺めていた。とても不思議な体験だった。 等身大サイズのリビングルーム。素早く繊細な線で描かれているが、確かな力強さを持つ。そしてその手前には、オーガンジーの布が重ねてある。歯ブラシ、花、グラス、掃除機、ビニール袋、ノートといった誰の家にでも或る家具や雑貨が、ドローイングと同様に、確かなストロークを描き縫い付けられている。 彼女の作品を観たとき、ふと私の脳裏には幼少時の記憶が浮かんだ。そして、もう一度彼女の作品と向き合ったとき、眼前に迫る長々と編まれた糸とがシンクロし、一本の線となって私の身体の中で繋がった。 なぜならば、竹村の作品は一本の線となって時間と記憶を紡ぎだし、私たちの身体の中へするりと入り込み、すっかり眠り込んでいた思い出や経験を呼び覚ます力があるからだ。
(瀬野はるか卒業論文『現代作家論ーコモン・センスの儀式ー』より一部抜粋、改変)