イントロダクション
ヒラヒラと舞う雪のようにいくつもの声がひそかに響き合う。真っ暗な厩舎で耳を澄ますと、雪の思い出を語る人々の声が届く。聞きなれぬ方言、意味に無意味が混じる音声が、雪の舞のような光のインスタレーションにリズムを与え、シンシンと降り積る雪景色の静けさを加速させる。それは真夏の暑い日、満員の飛行機にやっと席をとり、訪れた帯広の一風変わった競馬場、そこで開催された国際展の作品だった。岩井成昭の『雪のウポポ』はそれ以来、ピンと張りつめ、ひんやりとした夜空のような景色として心の中に宿った。
雪景色を撮る写真家にもときおり感じる「異文化」。豪雪の暗い日々を知らない温暖な都会に住む撮影者にとって、神々しいまでの美しい雪の造形は雪国に生まれ育ち生活する人にとってはあまりにも見慣れた日常に違いない。同じ国でも多様な文化があり、視覚表現だけではこうした差異は浮き彫りにしにくい。岩井成昭は他者とのコミュニケーションを自らの作品の基盤としてきた作家であり、誰にもまして自らの立ち位置に繊細である。もちろん数多くの経験と省察を経て研ぎ澄まされてきた自覚的なまなざしともいえる。
オーストラリアにある小さな町の滞在制作で、岩井はそこのコミュニティで生きる人々との対話をテーマにアートプロジェクトを行った。プロジェクトが終了した1年後、参加者の一人から手記が届く。「果たされなかったコミュニケーション〜トレーシーの手記から〜」(「大凶かえって吉の兆 おみくじプロジェクト:岩井成昭版」アサヒビール芸術文化財団2006年出版)の中で、岩井は協力してくれたトレーシーという女性が当初は外国人の作家とも似たコミュニティのニューカマーの立場で、積極的な「参加者」としてインタヴューに答えてくれたものの最終的に展示を見る「観賞者」となり、自らが発した言葉が他者に公開されたときにある種の悔恨を禁じえなくなった過程について詳しく述べている。
地域住民を巻き込んで繰り広げられるワークショップやコミュニティ・アートがますます盛んになる今日、その危険性を示唆する岩井の文章は、プロジェクトを推進する作家にとっても、また気楽に参加する多くの人たちにとっても意義深い。アートはけっして楽しいだけのものではなく、ときには自らを傷つける鋭利な刃をも携えているということを私たちはつねに忘れてはならないからである。
(岡部あおみ)