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大岩オスカールという人はコーヒーみたいな人だ。 1965年ブラジル産、都市育ちのシャープで味わい深いコーヒー。 彼の話を聞き、彼について調べていくうちにそう感じた。
彼の絵画作品はそのサイズさながら、喚起させられる物語も絵の中に引き込まれるほどに壮大だ。緻密な描写だが深い色合いは素朴で、冷静な視点からのアイロニーはユーモアも含んでいる。何気ない日常の生活と映画のようなフィクションの世界、そういった異なった要素が画面の中で自然に融合し成立するのは彼の一貫した人間性があるからだとこのインタビューを聞いて感じた。月曜から金曜まで、朝7時に起きて夜まで仕事をする。それはアーティストといえども彼にとっては働く人間として当然のことなのだ。才能を与えられたままにしておかない彼のストイックさがあるからこそ画面の上で相反する要素をじっくりと時間をかけて丁寧に混ぜ合わせることが出来るのだろう。
昭和40年会の中の彼はやはり他の日本在住のメンバーに比べれば露出が少ない。そのことを差し引いても彼はどこかミステリアスな感じがする。昭和40年会メンバーが40歳になった2005年は「40×40プロジェクト」の年で夏祭りやバースデイ、大喜利や大忘年会などとにかくイベント目白押しの年であった。そんな時も、彼は飲めや歌えや踊れのイベントには滅多に現れず、自分のバースデイイベントも「消しゴム彫刻ワークショップ」だった。他のメンバーが賑やかな場に欠かせない、人を酔わせ楽しませるビールや焼酎のような存在であるのに対し、大岩オスカールはごく自然体でいつも側にあり、温かくてほっとする、けれど飲むと苦くて目が覚める、そういう存在なのかもしれない。 「昭和40年世代-東京からの声」展のカタログで彼は花火と花見について書き記している。 「桜は天然の花火のようだが、花火は消えていってしまう。桜は毎年育っていく。私の展覧会は花見会にしなくてはならない。飲んで騒ぐ花見客がいなかったとしても私の木を育てていきたい。」
大岩さんは既にNYでも名が知られて、これから更に国際的にその活躍が注目されていくことが予想される。それでもきっと今と同じように少しずつ静かに、そして確実に成長していくことを忘れはしないだろう。そして桜の木の下で酔いつぶれた花見客を微笑ましげに一杯のコーヒーで目覚めさせることも。
(林絵梨佳)