学生:鈴木純子、横井麻衣子(武蔵野美術大学芸術文化学科岡部ゼミ3年) 岡部あおみ:通常、撮影は何時頃になさるのでしょうか?
荒木経惟:午後2時から午後5時と3時間くらいね。女撮るの多いから午前中だと裸になったりとか乗ってこないし、ホルモンって言うかさ。午後2時過ぎくらいになってからじゃないと、不倫する気も出ないでしょ、ねぇ。朝っぱらからじゃ。わざとそうしているんだよ。夕方からだと、写真撮らないで違うことやっちゃうからさ(笑)、これもだめ、難しいんだよ。
岡部:自然光を使うためでもありますか?
荒木:そうでもないよ。自然光も入るけど、部屋だとね、自然光入れようと窓開けてやると外から見られちゃうでしょ。そうすると苦情が出るわけ。大きいライトを当てると、撮られる人にとって違う空間になる。普通はさ、大きいライトを当てて撮られるということないじゃない。そういう効果なんだよ。「あ、違う」って。「私は女優だ」とは思わないだろうけど、非日常の経験が出来る。女はね、そういうのに燃えて来るんだよ。「これは違うんだ」って。
岡部:荒木さんの作品の海外でのディーリングをなさっている一色事務所の大舘さんは、撮影風景をごらんになったことありますか?
大舘:はい、何回かあります。
荒木:もう、すごいですよ。だらだらに濡れちゃうから(一同笑)。俺がね、汗で(笑)。
岡部:(大舘さんに)最初に見たときは、どうでした?期待通り?
大舘:スピードがすごく速いんですよ。
岡部:写すのが速いの?
大舘:一気に。
荒木:そう、一気に。もう、前戯なんてない!ってぐらいに速い。
岡部:『人妻エロス』でもいろんな写真がありますけれど、着物で写すこともありますよね。最初に着付けとか化粧とかを指示なさるわけでしょ?
荒木:いやいや、そんなことはしない。一番面白がって、いいなと思っているのはね、その本人のお化粧と本人の衣装。普通、AVの女優とかだと、メイクして、きれいにして撮るのが普通じゃない。ヘアメイク付いて、スタイリストさん付いて。そうじゃなくて、『人妻エロス』は撮られるために、例えば「いつもの下着じゃなくて、勝負下着買って来た」とかになるんだよ。
岡部:そうした小道具というか、演出はすべてモデルになる本人に任せているんですか?
荒木:そうだよ。任せてるんじゃない、そうじゃなくちゃだめ。要するに表現してるわけだ。一番いいのは、自分でメイクして、こういう服装のセンスでとか、その人が表現してるってこと。服装はその人の表現だから、裸より面白い。で、ものすごくセンス悪い服で来たり、着物で着たり。それが面白い。だからすぐに脱がないで、ちゃんと着てるのも撮っておく。
岡部:モデルになる方々と、まず今日はどういう風に撮るのかの打ち合わせはするのですか?
荒木:そんなことしないよ。そんなことはみんな知ってるじゃない。
岡部:初めての人でも?
荒木:みんな初めてだよ、何言ってんの(笑)。
岡部:では、同じモデルで何回も撮ることはないのですか?あるでしょう。
荒木:いや、それはさ『人妻エロス』じゃない特別のもの。『人妻・・・』は通り過ぎる写真。一期一会じゃないけど。それだけのと、気に入ったらずっと撮ってるのと、女の種類がいっぱいあるわけ。ずっと何度も撮ったり、好きな娘だとさ、何年も撮ることになっちゃうんだよ。でも、『人妻エロス』が面白いのは、そのままずうっと向こうも走ってくる、こっちも走ってくる。で、ぶつかるようなとこ。それで別れちゃうのが、またいい。『人妻エロス』は、上手く撮ろうとかじゃなくて、そこにポーンといて、ただ撮る。そういうなんでもない写真をいっぱい集めて、もうちょっとで連載300回になる。すごいんだ。本も何冊も出てるでしょ。カラーで一日に3人撮る。淡々と撮ってるときに、「ああ、いい。そのたるみがいいんだよ」とか、みんな褒める。「そのケツがいい」とかさ。で、褒めるとモデルも喜んで、良くなって、それなりにいいのが撮れる。で、いつも正常位だからさ、ちょっと後背位やろうとか流れでなるの。そういう写真撮ってるだろ、それだけじゃね、やっぱりつまんないんだよ。それは『週刊大衆』に出すための、読者のためのだから。それで、脇にモノクロのフィルム入れたカメラ置いてんの。で、カラー撮ってる脇で、顔カットしちゃって、醜い肉体を「きれい、きれい」っつって、モノクロームで醜い肉体撮ってるの。黒ずんだ乳首とかそういうの、顔なしモノクロームのヌード。それで「顔は究極のヌードだ」なんて言ってるけど、そんなの嘘でさ。
学生:え、嘘なんですか!(一同笑)
荒木:ははは、いや、だからさ、そう言ってる事とか、「素敵だ」とか言って撮って、それを裏切ってるわけだよ、実は。だから今度、写真集『裏切り』を出す(2004年1月発売)。人妻ヌード100選だけど、みんな顔がないの。2通りやっちゃてんだよ。
岡部:電通を辞められて、はじめてご自分で写真を撮ろうと思った頃は、なかなかモデルになってくれる人がいなかったのではないですか?
荒木:いやぁ、その頃からもう。最初のヌードは、パッと生まれて振り向いて撮ったんだけどね(一同笑)。
岡部:(笑)ヌード?
荒木:そうだよ、おマタから出てきて振り向いて撮ったんだよ、0歳の時に。それがアタシの写真の始まり。電通のときのヌードも女陰から始まってる。
岡部:電通にいた頃もヌード撮ってたのですか?
荒木:ヌードっていうよりね、女陰から始まっちゃってアソコのほうが興味あったから。あとヌードはクロッキーで、絵のほうでさ。
岡部:絵も電通にいた頃から手がけていたのですか?
荒木:学生の頃は絵かクロッキーだからね。クロッキー速いんだよ。サササーって描いて。毛の縮れ具合とかさ、パッと見て。
岡部:今は、プロのモデルさんもかなりいらっしゃるのでしょう?
荒木:プロっていうのはいないよ。あのね、ヌードモデルのプロは、みんな美術や、彫刻とかでなるでしょ。だからAV女優とか。「AV」をやってる女。そこらの美大の子が「撮って」とかいって来るんだよ。でも要するに職業がない。ただ「芸術のため」とか何とか。AVで生活してる、エッチやってる、生活がある、その人の日常がある方が面白い。それと、「人妻」ってプロだろ。自分の生活を持ってる奴じゃないとだめ。だから学生は一番だめ、おもしろくない。勉強のためだとかで、写真やる奴はさ、「されなくちゃ上手くなんないよ」って言ってさ。そんなこと言って撮っちゃうんだけど。そういうことじゃない。何かのためだろ?
岡部:つまり学生の場合は、生活がないからですね。
荒木:そう、だから裸の意味合いが学生は全然弱い。ソープ嬢とはまったく違うよ。
岡部:生きるために仕事してますからね。でも、生きるためじゃなくてバイトでやってる人もいますよ。
荒木:生きるためっていうか、職業としてそれをやってる人。体使ってる、曝してるっていうか。
岡部:荒木さんの写真集、タイトルやコピーがいつもとても上手ですよね。全部ご自分で考えるのですか?
荒木:当然だよー。コピーとかタイトルとかで決まっちゃうんだから。
岡部:ブレーンがいいのかなと、想像したりしたのですけど(笑)。
荒木:(嬉しそうに)いらないよ〜そんなもの(笑)。
岡部:今回お会いするのにご連絡したAat Roomという荒木さんの事務所には、田宮さんとかスタッフが2人ぐらいいますよね。
荒木:あー使いものになんないよ(笑)。あはは、そんなことはないけど。
岡部:(笑)今回のインタヴューを読む学生のなかには、マネージメントの方面で仕事をしていきたいという学生もいますから、そういう意味で荒木さんほどの写真家だから、ちゃんと事務所もあってスタッフもいて・・・
荒木:ないようなもんだよ。
岡部:(笑)どういう仕事を、その方々がなさっているのかをお聞きしたいなと思ったわけです。
荒木:だから三脚持ってくるだけだもん。(一同笑)でも、バッテリー失敗しないけどさー。(今回のインタヴューで、学生が大学からヴィデオ機材を借りており、撮影する予定だったが、いざ設置したら、バッテリーが切れていることが判明、撮影ができなかった)。
学生:すいませーん(笑)。
荒木:助手とかなんとかより、一緒にやろうってぐらいに、もう長いのよ。昔、実言うと俺、先生やんのやだって言ってるけど、ワークショップ写真学校があって、あいつらその一期生なんだよ。だからもうみんな50歳ぐらいだから(スタッフの年齢)。
岡部:先生なさってたのはかなり若い時ですね。電通辞めて、すぐぐらいですか?
荒木:そう。東松照明とか森山大道とかもパッとやってて。教えたっつうか、一緒に酒飲んで、写真撮ってぐらいの事だけど。離れられないのよ。だから一緒にやってるのは生徒。
岡部:では彼らは、本当は写真を撮りたかったわけですね?
荒木:今でも撮ってる。でも、どうせなら、俺に殉死したほうがいいって付いてきてる。
岡部:荒木さんの仕事のスケジュール調整したりですね。
荒木:それ、あんまり関係ないんだ。俺一人でやってるから。だから、だめだろ?本人にアポイントしないと。他人にスケジュール決められんの嫌だからさ。
岡部:そうでした。Aat Roomの事務所にも時々は行かれるんですか?
荒木:最近行くの少なくなってきたけど。だって、あいてる日もあるけど、大切なのは、俺も自分の秘密のスケジュールがあるのに、仕事入れさせられたら嫌じゃない。デートだとか、アタシの場合は実はそっちの方が大事なんだから。頼まれて雑誌でやる写真、それはお金のためだから。金捨てるときのほうが大切。
岡部:その捨てるときというのはどういうときですか?お金を自分でかけるプロジェクトがあるという・・・
荒木:それはだよ、プロジェクトなんかじゃなくて。そ〜れは、あれですよ、恋愛。全部。
岡部・生徒:全部恋愛?!
荒木:当然ですよ〜。ねえ。ふははは、ふはははは。(一同笑)
岡部:マネージメントの話に戻ると、Aat Roomの方々は荒木さんの写真のディーリングはなさらずに、一色オフィスで大舘さんたちがやるわけですよね。
荒木:そうだよ。外のもの(外国関係)はみんな任せた。
岡部:昔から、国内の関係はどうなさっているのですか?
荒木:俺が一人でやってんの。他にやることないじゃない。
岡部:ディーリングも?販売関係も?
荒木:販売なんてしてないよ、雑誌の仕事。雑誌はその場のギャラだし、売れるわけないじゃない。
岡部:結局、本作りは出版社の編集者がやり、海外は一色事務所、国内での作品販売はTaka Ishii Galleryがなさってるんでしたね。
荒木:でもそんなマネージメントとかいって、仲介になろうとか興味があるようじゃだめだよ。
岡部:でもアーティストには全員がなれるわけではないですから。
荒木:だからあきらめなくちゃしょうがないじゃない。
岡部:でもギャラリストとかいろんな仕事があるわけだし。
荒木:ギャラリーか、ギャラリーはいいじゃない。まあ、大変だよね。 (学生に)これからあれですよ、学芸員になろうとかさ、ギャラリーでなんとかしようとかといっても東京都現代美術館の学芸課長がはずされるんだから、田舎の山林に行ってもらわないと君、なれないよ。どっかに入って修行するっていったって、そこの画廊主に受付にでもされて夜もつきあわなきゃいけない。
岡部:そんなことないですよ(笑)。
荒木:それしかないんだよ〜ははは。いやいや結局いらないっつうかさ、それは難しい。
岡部:荒木さんの写真集で一番売れてるのは『センチメンタルな旅・冬の旅』とか『愛しのチロ』だとおっしゃってましたね。
荒木:そうだね、一番は『さっちん』。
岡部:で、どのくらいの部数?一万部以上ですか?
荒木:何言ってんの〜。いや部数は知らない。12刷だから。
岡部:すいません。10万部とかですか?(笑)具体的な数字わからなくて。
荒木:今は景気悪いから下火になっちゃったけど、アタシの写真集、前は1万部からだったね〜。
岡部:すごーい。
荒木:普通そういうのないんだよね、写真集だと。
岡部:多くて2000〜3000部ですよね。
荒木:うん。その頃はね。今はもうできないけど、7000からかなーとか。ま、内容によってだからね。
岡部: 1万部から出版して再版して、12刷になるわけですよね?
荒木:そうそう。『さっちん』とか『センチメンタルな旅・冬の旅』とか、ちゃんとしたやつはね。
岡部:誰でも買えるという意味ですか?エロティックな本だと、女の人とかは買いにくいから?
荒木:いや女も買うよ。誰でも買えるってこともあるけど、永続性じゃないけどずうっと持つっていうやつね。『さっちん』で少年が生きてることとかは、何年でも同じなんだよ。だからすぐとまっちゃうのは、やっぱり、その時期の女の写真とか。そこがむずかしい。だからたとえば海外から来たサルガドとかの展覧会やっても、写真も、考えも良いけど、なかなか買い手がいない。だから写真家はみんなお金がない。
岡部:そうですね、たいへんですよね。荒木さんの場合はたとえば雑誌で連載したり、シリーズものの出版がちゃんとあって売れてて、それでお金になってるわけですね。
荒木:うーん、あってもそれは微々たるもん。だって出版社ケチだからさ。たとえば『さっちん』増刷しても2000部くらいしかやれないよ。それでも大変、12刷だし。いい根性なんだ、やるってことがさ。だからね、それも不思議だし、俺も不思議がってる。なんでこれ買うやついるのかなとか。それと出版社がちゃんとしてるからね。新潮社とか平凡社とか、ちゃんとしてるところはやるんだよ。他は売れてほしいっていうばかりで、種切れでもね、一回だしたら増刷やらない出版社が多いからね。
岡部:絶版にしてしまうところが多いですからね。
荒木:うん、そうすると探しまくって古本屋で何十万とかになっちゃうんだ。高いんだよ。
岡部:今までの本の中で、『人妻エロス』とかエロティックシリーズはよく売れるんですか?
荒木:うーん、だからずっとは無理だね。短いよ。でも、たとえばね、『エロトス』なんてあるんだけど、それは欲しくても手に入らない。
岡部:少ししか出さなくて絶版になったからですか?
荒木:最初だから、3000とか5000部とか。それでもう出版社がつぶれちゃうとか。
岡部:リブロポートでしょ?リブロの担当者が私の本の担当者だったんですよ。それで荒木さんの本がヘアーヌードで裁判沙汰になったりした頃の話をしてましたよ。
荒木:俺のは、裁判になってないよ。『エロトス』は大丈夫だった。あそこ出したの『エロトス』だね。どこだって、だめなとこだってアップにしちゃえばわかんない。 (笑)あいつらさ、よく見たことないからわかんないんだよね(笑)。「ついに抽象画に入った」なんてね、ははは。
岡部:ヌードに関してなんですが、近年の日本の傾向を見ていると、むしろお化粧もあんまりしないでナチュラルで、自然主義的なムードで、しかもアウトドア的な健康美とか、そういう感じが多くないですか?あんまり飾らないで健康的でさらっとしたヌード・・・
荒木:うん、最低だね。(一同笑)
岡部:じゃなくて、そういうスタイルのヌードが売れるのかなと思っていたんですが。
荒木:みんな買うやつがいる、なんて言ってるけど、あんなもの買う奴いないよ。買うのはもうパーばっかり。その程度の奴らがお尻を刺したりするんだよ(一同笑)。程度が低い。低くなってきてる。
岡部:荒木さんは写真のスタイルとして、例えば重たい着物を着て、緊縛で撮るという方法に、すごく凝ってますよね。つまり装置とか、お化粧、着物とか、そうした小道具や環境をそろえること自体がまず大変だなという感じがする。美意識としては、私が今述べた流行のナチュラルヌードとは対極にあるエロティシズムですよ。
荒木:そりゃそうだよ。対極じゃないけど、例えばね、篠山紀信なんかは「アカルイハダカ」とかいって、わざとデジタルカメラでやる。デジタル使うとね、闇が写らない。闇が明るくなっちゃうだろ?それを利用して「現代の奴らはそうだ」っつってやってるわけ。自分のエッチをだそうとか、あいつはそういうんじゃないんだよ。「時代が何だ」とか。だからものすごくだめになっていくわけ、どんどん。時代がだめになっていくから、それに合わせようなんて、だめなんだよ。そういう時代だからこそ、ここで湿りっ気出さなきゃ。そういう風にやっていかなきゃ。本人(篠山氏)も、「もう作家やらない」とか言ったって、カレまだ未練でさ、「美術館でやるのやだ」って言ったって、飾られるとこんな(笑顔)になって。アイツ未練たらしいんだよ。
岡部:女性の着物の緊縛写真を見たら、「あっ、荒木さんだ」と思いますよね。他の写真家はあまり撮ってないスタイルだから。
荒木:いや、撮ってる奴いるけど、違うんですよ〜。アタシは気持ち、心まで縛ってるから〜(笑)。格が違うのよ〜。
岡部:でもあの写真は、撮られる女性も縛られたいのでしょうか?
荒木:そりゃいろいろいるよ。でもほとんど向こうからだね。
岡部:相手のやってみたいという気持ちをを引き出す感じですか?
荒木:いやぁ引き出すこともあるけど、向こうの方がちょっと興味あるとか。
学生:(縄で)吊るされて、足の色とか変わっちゃってるのとか、すごいですよね・・・
岡部:とっても痛そう〜。飯沢耕太郎さんは「女性の中にある、ある種のマゾ性を引き出す」、「欲望を引き出す」と書かれてましたが。
荒木:そういう曝すとか何とかっていうの、女性のひとつの要素としてあるじゃない。「マゾなところもわかって欲しい」とかあるんだよ。
岡部:荒木さん自身はサドなんですか?
荒木:俺は〜、東京都だよ。佐渡じゃない。(一同笑)何言ってんだか。ふははは。んな〜島もんじゃないって。
岡部:(笑)そういう感じはあんまり受けないんですが。
荒木:サドじゃないよ、優しい。あ、でもね、写真家に限らず何かやる奴は、サドの要素とマゾの要素とどっちも持っていなくちゃいけないでしょ。おとこ性とおんな性と、両性具有じゃないとさ。そういういい加減な性質でないと。いい加減っていうか良い加減な、ね。片っぽだけじゃだめなんだよ。だからサドっていうか、そういう時は、自分を痛めつけてる感覚じゃないと、出ないんだよ。その作品は。
岡部:何か共感します?「痛そう!」って。
荒木:まぁ、痛くはないんだけど。いや、そこまでは共感しないんだけどね(笑)。
岡部:緊縛写真だと、日本の男性はあまり買わないっておっしゃってましたけど。
荒木:だって買う奴いないよ〜。
岡部:でも外国では売れているんですよね。
荒木:すごいよーもう。
岡部:やっぱり海外ではすごいのでしょうね。とくに着物の写真が売れるのではないですか、欧米だと洋服しかないからエキゾティックで珍しいし。
大舘:いや、いろいろですよ。着物でなくてもけっこう売れてる。
荒木:だって向こうの男女の写真はスポーツみたいじゃない。スポーツ写真は売れないんだよ。あれみんなスポーツじゃないか。
岡部:エロティックじゃない?
荒木:要するにちょっと特殊な水着着てるようなもんだろあれ?
岡部:最近は荒木さんの緊縛写真などでも真似してる人がいらっしゃるようですが。
荒木:内容をね。あれ最悪なんだよね、あんなの。だから、えって思うわけだよ。ある所ではそのソース感でえへへって女性を卑しめてるっていうね。
岡部:そうですね。
荒木:俺の気持ちは縄の愛撫だとか言っても通じないんだよ。相手は喜んでんだもん。けっしていじめてないっていっても、それはわかんないっつって。
岡部:荒木さんの作品が海外で写真集にしても最近はかなり売れるようになっていますが、いつごろからですか?80年代終わりくらいから?
荒木:あのね、「AKT TOKYO」っていう展覧会をやって、グラーツから始まってヨーロッパ中ぐるぐるまわって、それでみんな驚いちゃった。
岡部:ここ15年くらい前からですかね。
荒木:だって、アタシの緊縛とかなんとかの写真に関して、日本なんて、まったく市場ないからね。昔からあんな紙っぺら自分で焼いて、写真つうのは不器用とか関係なく撮ってプリントしてって、そういうようなもんでしょ。例えば絵とかなんか一生懸命やったなら金はあれだけど、写真なんて日本では20万、30万では買わないよ。日本人は誰も買わないよ。
岡部:そのようですね。写真集は違うけれども。
荒木:写真集は本と同じだから、本の売りだから。写真集もそこまでは売れないけどね。でも、変な若いのがね、最近一生懸命プリントを買ったりさ、流行ってるよ。
岡部:日本国内で、プリントの写真はどういう種類が売れるのですか?
荒木:うーん。売れてるのあんまり見たことない。海外だろ?全部ねえ。ほとんど。
大舘:海外が多いですね。基本的にヨーロッパですね。
岡部:アメリカは少ないですか?
荒木:だめだよ。幼児虐待とかさ。あそこは世界のいなかっぺが集まっているからさ、アメリカは。
岡部:まず税関で通らないでしょ?
大舘:税関で通らないのは日本です。
荒木:あははは。日本ではもう目つけられてる。「何やってんだよ、国辱者!」なんて(笑)。
大舘:まだ、芸術とわいせつの分け方といった昭和43年の裁判の最高裁での判決が有効になってますから。
荒木:ひどいよねえ。でも、初期なんてしょっちゅう呼ばれて行って陰毛が出たらだめって時期があったじゃない。「先生〜あのね、すいませんね。小説で永井荷風先生にも来てもらったことがあるんです」って言うわけだよ。で、丁重に調べたんだけど「いやーこれ影じゃないの?」って言ってね。(笑)そんな時代だったの、すごいよ、陰毛出しただけでとめられちゃうんだから(笑)。
岡部:でも、ポラロイドの小さい写真でしたけど、原美術館や東京都現代美術館で性行為のイメージも展示してましたよね。
荒木:出しても後がたいへん。あとでやられる。学芸員がちゃんと警察署に呼ばれてるんだよ。
岡部:警察に?
荒木:そうだよ、だから体張ってんだ、学芸員は。
岡部:そういったときはどういう風に警察から言われるんですか?
大舘:たとえばこれだけ入場者が来てますからとか。
荒木:これじゃ向こうの国にばかにされる程度の低さ。
岡部:子供もくるし、みたいなことですね。
荒木:子供もあるけど、さっき言ったようなルール、決まりだね。「僕たちはいいと思ってるけど、決まりだから」とか。
大舘:ルールを決めるには一回裁判をやらないといけないんです。
岡部:荒木さんの非常にきわどいエロティックな大型の写真を、私はだいぶ早い時期に、海外で見てるのですが、フランクフルト近代美術館など、すごかった。キュレーターのクラマーさんか誰かが買っていかれたのでしょうね。フランクフルトにはかなりの量の荒木コレクションがありますね。
荒木:そうそう。
岡部:びっくりしたのはフランクフルト近代美術館で中央階段の壁全面に貼ってあって、私が行った時に、小さい男の子とお父さんが見に来てたんです。そして着物の緊縛写真だったか、男の子が「これなあに、お父さん」と言って質問してる。お父さんがどう説明するのかと思って興味をもって見てましたが、父親はどうどうとしていて、全然動じなかった。
荒木:ん、向こうは平気でやってるから。ウィーンのゼッツェッションで展覧会やったときなんて、課外授業に生徒を連れてくるんだもん。それで縛った写真とかおちんちんとか出てるのを、小学生とか中学生とかにぐわーとみせてるんだよ。特別なゼッツェッションって場所だから、教育の場所で、芸術、アートの時間なんだよ。日本とは全然そこんとこの期待がちがうんだよなー。
岡部:性教育とかの問題もちがうでしょうし。
荒木:性教育もあるけど、アートに関してなんだよね、教育がちがうね。
岡部:アートもだけど、展示されている写真はイメージですから、もし荒木さんに子供がいたら、ああゆうの見せても大丈夫ですか?
荒木:そりゃ大丈夫。生まれるときから見てる、あはは。パパの小さい、なんて言われたらどうするの(一同笑)この写真はね、大伸ばししたからだよ、なんつって(笑)。
岡部:だけどそのへんですよね、芸術以前に日本でひっかかるのは。
荒木:んー、まあいけないってわけじゃないんだけど。展覧会を追いかけて一度日曜美術館でやったんだけど、こう並べてあるじゃない。緊縛から、空から。でもこうやって(エロティックな写真を避けて)カメラがパンしていく。おいおいおーいって(笑)そう、抜いていくんだよ。向こうのカメラマン使ってやってんだけど、なんでこういう風に行くのかって話したんだよ。緊縛だろ、それから性器がみえてんのとかさ、そういうのずらして街の写真や空の写真とかばっかり(笑)。NHKはそういうの一番きついけどね。まあテレビはきつい。番組は誰が見てるかわかんないってことでしょ。たとえば美術館だったらハコがあって、ちゃんと金払って、意志があって来るっていうのあるから。なんにもなくでてきちゃうってのはアウトだね。
岡部:だから荒木さんが海外で展覧会ができるのはそういう規則が少ないところですね。
荒木:うん。アメリカはできないよな。
岡部:カナダとかオーストリアも難しいですか?
荒木:まあポンポン行ってるけどね、向こうで選ぶ出し物が違う。空だけとか、すごい地味なのが多い。
岡部:あまり問題ないものとかですね。
荒木:そう、そういう類のね。それはつまんないんだよ、アタシとしては。とにかく全部ね、混ざってないと。いいのと悪いのとか変だけどさ、ものすごくピュアなものと濁ったものとかさ、全部見せて、じゃないとおもしろくない。俺は一見ピュア風のところだけ出されるのはいやだね。汚れを見せないと。
学生:食べ物の写真を撮ってらっしゃったとき、海外では、食べ物がこんなにエロティックに見えるとはという驚きの評価がありましたね。
荒木:エロティックじゃない。食べ物をぐじゃぐじゃにしたんだよ、エロですよ。実際食うことがエロな行為だろ?いやらしいでしょ、ぐじゃぐじゃで。それと、食い散らかしたってのもエロだけど、もう一つ、似せたものを、柿とかりんごとかさ、縦にぽっとやるとみんなエロティックになるでしょ。全部そう、性器と・・・
学生:つながってるんですね。
荒木:そう、そういう形からの発想もあるけどね。だからおもしろいよ。
学生:あと、目とか唇をこう指で広げているのも?
荒木:ああ、あるね。これは縦位置にして。80年代にやったんだけど、性器出すとすぐつかまって呼ばれんじゃない?それに対しての脅かしね。これ目だから『オメメコ』っていうんだけど。くってこう縦位置にすればね、アタシが女陰の奥から見られてんの。要するに、本物を見せないっていう気持ちもあるけど、もうひとつは、それも性器だ、唇もみんな性器だぞっていうようなこともあるわけだよ。あそこよりきれいだし。性器に見つめられてるし。衝撃だよな。
学生:『色情花』とか、びっくりしましたよ、泣きました(笑)。あの色彩に、ドキッとしました。
荒木:そうだろ?『色情花』なんかは、花に色を塗ってる。今度二月頃、『バルコニーの空に色情花』が出るけどね、それはもう花が濡れてるよ。同時にDVDも出る。要するにうちからの眺めの空なんだけど、空って言うのはいつまでたっても彼岸で、死の世界なんだよ、死。で、モノクロームで撮って。具体的っていうかちょっとひっかかってるのは陽子の死、空ばかり撮ってたから。空っつうのは「死空」。それと向こう側ね。それに花を捧げるっていうような感じ。いつも生と死があって、撮る時はいつもそういう気持ちがまざってないとだめだし、見せるときもそう。本当のことと嘘のこととかさ、まぜこぜにしないとね。そういうのがアタシ自身だし、人生ってそうでなくちゃおもしろくないっていうこと。だから、清潔な男っていやでしょ?
学生:あははは。
荒木:正面から見たらものすごーくきれいに、でも後ろ見たらうんこついてるとかさー(笑)。そういう奴いいだろ?拭かないやつとかさ。そこまでいかないけど(笑)、そういうんじゃないと、やっぱり魅力ない。おもしろくないじゃない。人間に限らず絵でもアートでも、音楽でもなんでもさ。
岡部:荒木さんは、富岡多恵子さんとかわりとインテリ女性とコラボレーションされたりしてますよね。
荒木:そりゃ女はインテリに限るよ。あそこいいのと頭いいのだったら頭いい方を選ぶからね。当然だよ。あはは、インテリジェンヌってんだよ。やっぱりね、関係性が好きだね。
岡部:わかってもらえるからですか?
荒木:いやそうじゃなくて、コミュニケーションや関係は、一応ね、知的っていうんじゃないけれど、知識がいっぱいあるんじゃなくて、知的感覚がないとおもしろくないんだよ。勉強すればいいってわけじゃないけど、持って生まれたことだから勉強してもしょうがないんだけどね(笑)。
岡部:陽子さんもインテリでした?惚れたのはまずそういう方だったからですね(笑)。ほかにもいろいろ美点が・・・
荒木:あるけどねえ、片側の人だけの問題なんだよなあ、こればかりはね(照れ、一同笑)。やっぱり、頭良くないとだめね。
岡部:でも、普通、女の子ってスタイルがよかったり美人でかわいかったりするとモテるとみんな思ってるじゃないですか。それでも魅力は内側からですか?
荒木:なんつうかねぇ。あと鼻の穴とか(笑)。
学生:本能ですかね、やっぱり。知識って言うより智恵?
荒木:もちろんもちろん。本能、そっちのほうですよ。知識なんていっぱい知ってたっておもしろくないじゃない。なにか知的なことでの接触っていうか、性行為があるんだよ。知の性行為。(笑)いやーなかなか難しくなってきたぞー。(笑)
岡部:荒木さんのモデルになっている女性はライター、編集者、学芸員とか、知的な仕事をしてる方がわりといますよね。
荒木:それは仕事の付き合いがあるからだけどね。がたがた言ってるけど、そこいら行けばキャバクラの娘だっておもしろい、いい子いるけどね。でもやっぱり唯一、知的なことが人間の一番の魅力だから。そこいらのお猿さんとか犬とか猫とかとちがう。知的な動物じゃなきゃだめなんだよ。
岡部:だけど写真を撮るという行為自体は、私は、すごく動物的な行為だと思うことがありますけど。
荒木:うん、やっぱりそうだね。だから動物性がないからつまんないんだよ、撮ってるやつが植物人間だから。
岡部:荒木さんもそうですが、とてもいいと思える写真を撮る写真家は、ものすごく動物的な本能とかが生きてる人だと感じます。一瞬のものすごいバネみたいな感じで、そこに知的なものも凝縮して入っているわけだけど。
荒木:うん、だから一瞬のバネに対してのいろんな感覚とか知的なことの凝縮っていうかさ、そういう魅力がないとだめなんだよ。写真の場合は特に。
岡部:荒木さんは、ご自分で写真を撮り始めた若い頃、誰が好きだったんですか?写真家とかアーティストで。
荒木:当時はアーティストも写真家も知らないもん。ちゃんと勉強してないから。でも教科書なんかではピカソ。
岡部:ちゃんと国立大学の千葉大でてるじゃないですか。
荒木:千葉大?あそこは田舎。それに工学部だもん。
学生:その頃は映画よく見てらっしゃったんですよね。
荒木:そう、映画映画。イタリア映画ね。映画もつくったけどね。
岡部:映画どの程度好きだったんですか?
荒木:好きっていうかさ、学校の授業つまんないだろ?だから映画が一番おもしろいんだよ。その頃は安く入れる大学、写真関係で千葉大しかなかった。今はいっぱいあるけどね。当時は三つしかなくて、日大芸術学部写真科は4年制だったけど、金がないとだめ。それと写真短大、今は東京工芸大になった。短大だから2年じゃちょっとおもしろくない。それとあと見たら千葉大工学部写真印刷工学科で中に写真専攻がある。これがあったから行っただけでさ。でも化学なんだよ。(笑)こりゃまずいなーと思ってさ。でおもしろくないから俺、最初から別の人に荒木って男になってもらってちゃんと単位もとって。ばれないんだよ、代返なんてケチなことしないからね。最初からもう一人の荒木がいる(笑)。俺は映画見に行って。で、そういつは東工大の教授になってんだけどね(笑)。すごいでしょ、パッて。
岡部:影武者がいるなんて(笑)すごい。
学生:すごーい(笑)。
荒木:代返なんて格好悪いことやっちゃだめなんだよ。それで時間あるから京橋のフィルムライブラリーに行って映画見てたのよ。フランス映画なんかあると行ったり。でもそん中で一番、カール・ドライヤーの『裁かるるジャンヌ』を見て、これだぞっていうのがある。同時平行でソ連の『戦艦ポチョムキン』なんかも見て、モンタージュ手法とかさ。
岡部:わりと映画のアヴァンギャルドの王道いってましたね。
荒木:そうだよ、なんてったってね。もしかしたら『オメメコ』は『アンダルシアの犬』に影響されてるかもしれない。無意識にどうしてこんなに目にひかれるんだろうって、あとではっと気がつく。実際のことにひかれるんじゃなくて、映画としてアートとして出ている何かがインプットされてるんだろうね。あれをやろう、と思うんじゃない。あっと思うと、これ誰かのどっかで見たような感じでさ。だからよく言うんだけど、「俺の真似を10年前にやりやがって」とかね、悔しいから(笑)。写真でもね、地下鉄に座った人いっぱい撮って、肖像の頂点だぜーって本出そうと思って、たまたま古本屋でウォーカー・エヴァンズの写真集見たら、あれ!? あちゃーってんで出せなかった。
岡部: 先にやられた!(笑)
荒木:俺のがうまいんだけどさ、全然(笑)。そういうことがある。まあ今年くらいに出すかもしんないんだけど、真似したって言われるのが一番かっこ悪いからさ。知らないでやったんだけど、そんなの見たことないんだけど、言われちゃうじゃない、前に出てるんだから。そういうの悔しいからね。いっぱいあるんだよ。
学生:そういう偶然は海外のものが多いんですか?日本の写真からは…
荒木:日本のものなんてないでしょ。
学生:今まで日本の写真にはいいものがないということですか?
荒木:うん、でもおもしろいのは土門拳。ここんとこ山形県、坂田に行ったから、木村伊兵衛と土門拳のふたりの写真を並べてる展覧会を見てきたんだよ。うちら木村伊兵衛派、下町で、粋ぶっちゃってさ、さらーっと通り過ぎに撮るような感じで、すごく軽薄。その軽みがいいなんて俺言ってた。で土門拳はまた違うじゃない、遠くからガッて来る。それで今度の展覧会は意地悪でね、子供を撮った写真なら子供の写真ってこうふたつ並べてる。
学生:わざと対比させてるんだ。
荒木:そう。そうすっと、土門拳の勝ちだね。勝ちっつうか、それと同時に(指を鳴らして)「なんだ、俺、土門拳の方に近かった」って気付いた。「近藤勇と鞍馬天狗」の写真、子供が草かなんか持って飛び跳ねてる土門拳の写真があるわけ。俺の撮り方、『さっちん』と同じなんだよ。
岡部:そうか、似てますよ。
荒木:そう。当時は入り込んでただけで知らないでやってた。木村伊兵衛のは、粋でいいな〜なんて思って、土門拳はガガガーって、「ちょっと重いな」って。ところがね、土門拳の原爆や炭鉱だとか、そういう社会的なところを毛嫌いしてたけど、それを超えてね、何かちゃんと本能を撮ってるんだよ。子供のこととかさ。だから、おっと思ったね。うん。生前に言ってあげたかったけどね。「あなたは木村伊兵衛に勝った」って(笑)。その頃「木村伊兵衛打倒」とか、ライバル同士だったからさ。「勝ってる」って言ってあげたかったな。もう寝たきりだったけどね。
岡部:日本の写真界にはそういう派閥みたいのがあるのですね。
荒木:うーん、派閥じゃないけどさ、昔はあったね。今はもうない。そういうの馬鹿馬鹿しいし、写真自体に派閥になるようなものないじゃない。今の若いやつらは、ひとりがって、フリーでやってるだろ?みんな一人ずつ、職なしで。で、いいスタイルなんだよ、自分の勝手にっていうような。
岡部:荒木さんと森山大道さんは、キャノンの「写真新世紀」の審査員をずっとやってますよね。
荒木:ずっとじゃないよ、あれ、俺が森山さん呼んだんだよ。10年くらい後から。最初は南條史生氏、あれがよかったんですよ、あんまり写真わかんなくて。要は俺と違う方を選ぶから。でもやってくうちに、だんだんコツっつうか、写真がわかってきちゃってさ、俺と同じようになってくるわけ。だったら正反対じゃなくて、もっと写真にのめり込んでいる人を入れよう、そうしたら森山さんしかいない!って。
岡部:その他のレギュラーは、あと飯沢さんで、男性ばかりですね。キャノンの「写真新世紀」は最初から手がけられて、いいメセナ活動だと思われますか?
荒木:一番すごいね、みんな作家をおだてて。我が道を行くっていう奴もいっぱいいるから。何処かしらでみんなやってるよ。知らないうちにさ、フランス行っちゃったりとか。そういう意欲的なのがいる。
岡部:デヴューした人たちは『写真新世紀』世代みたいな感じで育って行くのでしょうか。
荒木:初期の頃の子なんて、いい線行ってるよ。写真の表現の方法も、生き方も入れてないとだめなんだ。
最初の頃は芸大の奴に「どんなんでもいいから持ってこい」なんて言ったら、重い作品とかいって、鉄の額縁なんだよ(笑)。困るんだよ、運べない。
岡部:応募はかなりあるんですか?
荒木:ものすごくあるよ。5、6000ページくらい作った写真集が、千とか2千冊とか来る。冗談じゃないよ〜、だから俺は、決めてんの。10代の女の子のしか見ないって(笑)。
岡部:ここのところ女性がわりと賞とってますよね。
荒木:うん。女の子が向いてるって言ったらヘンだけどさ、もともと、写真って生理的なものなんだから、そんな風になって来ている。今まではずっと戦争の時代だから肉体の事があったりだとかしたけど。
岡部:荒木さんはナン・ゴールディンなんかもお好きですよね。
荒木:好きっていうかね、(照れて)まぁ、チューしたくらいですけど(笑)。でもあの人も、自分の仲間みんな死んじゃったから、もう撮るものがない、だめでしょ。一緒にラリってた奴らがみんなAIDSで死んでいく。そうするとあの人もなくなっちゃう。その後何かやろうと思ってもさ。ダイアン・アーバスだって、自分のせむし心っつうかなにかあるからさ、そういうのばっかりでしょ。そうすると狂っちゃう。アタシなんかは私的、しごと私事って言ってるのはそれ、それで始めた。
岡部:普段の生活とか、生きることの実感みたいなところに女性が自然に入ってゆけるということですね。
荒木:そう、それと報道、それは男っぽいじゃない。報道するんだったら、もっとヴィデオとかさ、そっちの方が武器としてはいい。写真なんて、すごく小さなことでいい。これはもう特異だよ。だから「写真家は女のほうがいい」って、「男は三脚持ち!」って俺は言うの(笑)。頑張っても、なんとなく女撮っても、ちょっと犯してるぐらいのしか撮れないんだから。女だって、犯し犯されてるようでなきゃ嫌だからな。ここが強敵なんだよ。まぁ、アタシを超えることは出来ないだろうけど。あはははは。(一同笑)
岡部:荒木さんは、映画もなさってらっしゃるでしょ。
荒木:あれ映画のうちに入んないよ、ねぇ。記録画、制作中の様子とか、ばかやってるのは、動いていた方が面白いもんな。写真は止まっちゃってるから、解釈によって、本当になったり嘘になったりする。そこが魅力だし、そこがまた不思議なところ。写真を信用したらだめ、絶対に。だって料理写真でも、美味そうでもひどかったりするだろ。「わ!ステキなホテル!」つったって、ワイドに素敵にとってるから、行ったら狭っ苦しいとかさ。写真は嘘つきなんだから。美人だってさ、こんないい美人だ!って思うような、一日で何秒しかない顔を撮って出しゃあいいんだからさ。
学生:そこを引き出すのが難しいんじゃないんですか?
荒木:難しいっていうか。撮る方にそういう気がないとだめなんだよ。最低同格ぐらいじゃないとだめ。アタシの場合、ここんとこ『日本人の顔』ってシリーズやっと始めたんだけど、顔が肖像写真で一番だと言ってても、30歳位の時のを見ると「まだだめだ」って。要するにまだ写真家として人格はないし、だましのテクもないし。40歳になると「よし、40になったからやるぞ」ってまだだめだった。50になってもだめ。そんで還暦60歳に「もう見切りだ!」って言って。もう体力がなくなるから(笑)。そういう風に、自分が相手の顔の奥まで見えるような人間になってこないとだめ。ここが大変。だめな魅力ない写真は、撮った奴も魅力ないんだよ。それがでちゃう。写真はバレちゃう。結局自分をバラしてるだけなんだな。
岡部:そうですね。直観力、洞察力みたいなものがはっきり出る。
荒木:それから、相手に対してどういう気持ちになるかっていうこと。好きになった気持ちとか、意地悪になった気持ちとか、みんな出ちゃうんだよ。やな奴は嫌に撮るでしょ。アタシなんて、みんなステキに撮っちゃう。と言ってもモデルの首切ってとかさ、裏切って(笑)。
岡部:写真機に対しては、偏愛はあまりなくて、いろいろなものを使われますよね。ライカはお好きでしょう?
荒木:写真っていうのはカメラで決まるんだよ。だから「荒っぽいものを撮るときはこれ」っていうように。だから来年からライカに絞っていこうかなと。人間の顔じゃないけど、もっと大きな何かね。
学生:人生のスパンで。
荒木:そうそう、人生の。人生を撮るにはライカ。
岡部:シャッター音がじつにいいですよね。パリではじめて買って撮ったとき、びっくりしました。
荒木:だから『裏切り』は、69年型のフジカメラのでかいの使ってる。音やなんか「ガチャガチャ!」って品がない。本当に、自分の気持ちも相手の気持ちも裏切ってる。わざと、そういうやな音を使うわけ。それと同時に『東京夏物語』を出すんだけど、それは車に乗って車の窓から見ればわかるっていう、67年型でレンジファインダーのプラウベル・マキナで撮ってる。その時その時で、比率は小津映画。だから『小津に捧げる』って、車に座ってるからロー・アングルで撮って、小津生誕100年に合わせてプレゼントした。そういう風にカメラも使い分けるわけ。
岡部:あと、絵画の事なんですけど、今後、絵の展示も続けるのでしょうか?
荒木:2004年は世田谷美術館でも、世田谷在住作家ってことでやるんだよ。毎回フォト・ペインティング、写真ペインティングを出してたんだけど、今度はついにまっさらに描いた絵だけで出す。さっき言ってた『バルコニーの空に』。それは絵を空に描く。それをやっていたら、ついに「アラーキーが自作の絵を語る」っていうトークもやることになった。
岡部:世田美の勅使河原さんの企画でしたね。
荒木:そうそう。あれが「絵だ絵だ」って、ついに絵画界に(笑)。
岡部:カルティエ・ブレッソンも晩年になってからは絵を描いてますね。
荒木:今描いてますよ。あれはもうジジィだからだよ。
岡部:(笑)それで荒木さんもだんだん絵なのかなと思ったのですが。
荒木:そうじゃないよ、最初からだよ。『童貞ダッチョ君』って画集知らないでしょ?絵も平行してあるから、おもしろいよ。
岡部:絵のことは一般にはあまり知られていないかもしれないですが。
荒木:うん。実は写真とか絵とか、決めてないんだよ。そのときの気分。昨日も酔っ払ってクラブの女の子たちみんなに顔を描いてあげた。筆で、ピピピッて。そのような事と、文字も書くの。なんかそのときの気分で。
岡部:最近、森山大道の写真展とか、中平拓馬の展覧会などが開催されていますが、ご自分で「荒木経惟個展」をやるとすると、こんなのやりたい!という希望というか夢のような展覧会はありますか?
荒木:まぁ、2005年のはすごいよ。ロンドンでやるんだけど、全部(これまでの作品)並べるんじゃなくて、基本は新作ですが。毎日ずっと撮ってるから、同じようなものだよ。いつでも出来る。何万点でも、「ハイ、OK!」。
岡部:荒木さん多作ということでも、北斎を意識してらっしゃいますよね?
荒木:いや意識じゃないよ、たまたま「あ、北斎だな」って。時たま「あ、棟方志功だな」っとかさ(笑)。Bunkamuraザ・ミュージアムで今やってる棟方の展覧会、面白いよ。で、そう意識してやってんじゃないんだよね。「あ、似てる」って。似てるっつったら失礼だけどね。あいつに似てんじゃないのかなーと思うわけ。例えば、棟方志功の円にも「おっ」となる。最近さ、なぜ妊婦を撮るかって言われて、今『VOCE』でシリーズやってんだけど、女性の一番きれいな曲線、それを考えると「円」なんだよね。妊婦の腹。途中じゃだめなんだ、最後の10ヶ月とか、ピーンっと張ったラインになる。すごくいい。で、皮膚が包んでくる。青筋が出てるんだけど、「この線だな」って思ってる。そこへきて棟方志功の、あの人の描く顔はね、みんな○、円なんだ。で、「あれ?」ってなった。
岡部:日本の作家同士だから時代を越えて通じるところがあるのかもしれませんね。
荒木:うん、なんかね。あるんだろうな。それと一番の最高の書は禅でしょ。クルっと丸を書けばいい。(書き出しと終わりを指して)ここが難しい。ここをくっつけるかくっつけないか…ここにその人の思想が出る。俺はクルクルって包んじゃったり…(笑)。あーいいね。(時計を見て)んん!?もうこんな…
岡部:あ、もう一時間過ぎましたから、これで失礼いたします。ありがとうございました。
荒木:じゃあカラオケ行きましょう、カラオケ…(一同笑)。
(テープ起こし担当:鈴木純子、横井麻衣子)
荒木経惟・大舘奈津子(一色事務所)×岡部あおみ
日時:2003年12月17日
場所:新宿
01 人妻エロスと裏切り
荒木経惟 photo Aomi Okabe
02 ソープやトルコはかつての遊郭
03 写真家アラーキーのマネージメント
04 『さっちん』が一番売れる
荒木経惟 『さっちん』新潮社,1994より
© Nobuyoshi Araki
05 マゾなところもわかって欲しい
荒木経惟 『センチメンタルな旅・冬の旅』新潮社,1991より
© Nobuyoshi Araki
06 芸術とわいせつの境界
Nobuyoshi Araki
"skyscapes"
2000
B & W print
Courtesy of Taka Ishii Gallery
© Taka Ishii Gallery
07 フランクフルト近代美術館を埋めたエロス
08 死空の彼岸と知の性行為
荒木経惟
色情花 2003
© Nobuyoshi Araki
9 学生時代は映画を見てた
10 土門拳は木村伊兵衛に勝った
Nobuyoshi Araki
"skyscapes"
2000
B & W print
Courtesy of Taka Ishii Gallery
© Taka Ishii Gallery
11 写真新世紀の審査員
12 絵を描く
Nobuyoshi Araki
"skyscapes"
2000
B & W print
Courtesy of Taka Ishii Gallery
© Taka Ishii Gallery
13 最高の書は禅
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