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書における時間と空間の関係性
柳澤茉悠子
ある原因と条件が備わったとき、生起(縁起)が生まれる。この一連の流れが現象で、この現象とは他の現象の原因もしくは条件である。因果関係のもとにおいて現象が存在するならば、その現象とは実体として存在することはなく、無自性である。この無自性のことを、ナーガルジュナは中論で『空』と唱えた。空である現象を理解するため、人間は言葉を使った。それは人間が施設した行為であり、私はいつからかその行為が『書』なのではないかと思うようになった。
われわれ現代人がいう自我にあたるのは思惟機能である。それは自性からの展開物、すなわち物質的な存在にすぎない。釈迦の悟りを真諦というのに対し、それを言葉で表現化したものを俗諦という。しかし現象自体が空であるならば、我々が現象を認識することそのものがあやまりなのではないか。それでもなお、実体のないものを知ろうとした結果、言語が生まれ、それにより空である存在を目に見えるあるいは耳で聴こえる形で、言葉という手段を用いて人間が形成していった。書とはそういった観点から捉えると、実に人間の深部をうつすものである。
鈴木大拙は人間の心は何層にも形成されていると唱えた。そうであるならば、無心とはその最深部に潜在し、その部分に関して、日常生活においてわれわれは知る由もないのだろう。その最深部で時間と空間とがまじわる瞬間を、書という現象をとおして知ることが出来るのではないだろうか。書とは単なる身体の行為ではなく、静寂と精神の統一から発生し、空を見出す現象と捉える。
本論ではまず書を仏教における「無心」と関連づけ、時間を永遠の今から派生する現在とし、空間をアートマン(自分)と宇宙との繋がりであるとしながら、最深部における時間と空間との関係性を考察し、書においてそれらがどのように作用するのかを実験的に捉えていくことを目的とする。