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写真を撮るということ
山本優
何故人々は写真を撮るのでしょうか?思い出を残すため、決定的な瞬間を捉えるため、はたまた記録を取るため…
人々は、もう2度と来ることのない「今」という瞬間を切り取るために写真を撮ります。
日本は世界有数のカメラ大国です。カメラブームの火付け役となるインスタントカメラに始まり、デジタルカメラ、
一眼レフカメラと、簡単にかつ誰でもきれいに写真を撮ることができるカメラによって、人々は気軽にシャッターを切れるようになりました。
また、携帯電話などの日常生活に欠かすことなない物にまでカメラが付属することにより、より身近にかつ必需品として、人々とカメラの距離が縮まったと感じられます。
しかし、気軽に写真が撮れるようになった昨今において、カメラの使用方法はとても重要な問題となります。
「デジタル万引き」に始まり、プライバシーの侵害、またカメラの性能が上がったことにより、人々は記憶をするということをカメラにさせてしまっていることが一番の問題となります。
かつて写真というものは、その一瞬を切り取ることによって、「日常」だった景色を「特別」なものに変えてくれる力を持っていました。
そして、それを綺麗だとか好きだとかと再認識することにより、人々の人生を豊かにしてくれるものだったのです。
しかし、そういった目的ではなく、人々は自分で記憶することを放棄し、カメラによって記録を撮り、あたかもすべてを記憶したと思いこんでいるのです。
そうして撮られた写真は簡単にボタン1つで削除され、もしかしたら撮ったことさえも忘れられ一生人の目に現れないこともあるでしょう。
何かを見て感動したり、一生の思い出として写真を撮るのではなく、ただ単に写真を撮るということに比重を置いてしまっていると思います。
だけど写真というものはもっと素晴らしい力や可能性を持っているのです。
私はこのようなことを背景に「記憶の外在化」という問題を主に写真を撮るということについて考えたいと思っています。