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現代における批評のかたち。
望月紀代
例えば絵画を見て、私たちは「綺麗だな」とか「よく分んないな」といった感想をそれぞれ抱きます。
「よく分んないな」と思った場合、キャプションを読んだり、解説を読んだり、
とにかくその作品について書かれていることを手掛かりにしようとします。
その中に「批評」があります。
なんとなく、高名な先生(らしい)人が難しい言葉で書いてる。
ああ、専門家の人がこうやって書いているのだから、この作品を鑑賞すればいいのか。こうやって感じることが「正解」なのだな。そう納得しようとします。
あるいは、その書かれていたものが自分の所感とかけ離れている場合、自分の感じ方は間違っているのかと不安になってしまいます。
でも、「批評」ってそういうものでしょうか。
今や私たちは、ウェブ上で自分の言葉を自由に発信することができます。
今日見た映画の感想なんかを、ブログや掲示板に書き込みます。
映画を撮影したことがなくたって、私たちは映画について語ることができるし、実際にそうしています。
専門家の書く批評と、私たちの書く感想のようなものは、全くの別物でしょうか。
文芸批評家・小林秀雄は言いました。「批評するとは自己を語ることである、他人の作品をダシに使って自己を語ることである。」と。
私たちは誰もが、自分の目線からものを語る、自己という実地に立脚した批評家といえるのではないでしょうか。
私たちの生活は常に選択に迫られています。
今日食べるご飯も着る服も、選び取るとき、そこで行われている比較は批評行為といえないでしょうか。
私たちは生きていくうえで、実は批評を行っているのです。
誰もが自分の批評を発表できる今、人間にとっての批評行為について
再考してゆきたいと思います。