二つの迷路を迷う

大学生活も3年目の冬を迎え、清澄白河のギャラリーコンプレックスへの道にもいい加減慣れたもので、すたすたと軽やかに道を行く。

エレベーターを上がると、ギャラリーのスタッフから、靴と鞄を置くように指示が出され、小さなライトが渡される。目の前に広がるのは途方のない闇。真っ暗な迷路。その心許ない、か細いライトの光を頼りに真っ暗な中を進む。

内部は予想以上に複雑に入り組んでおり、普段のギャラリー空間を知っているからこそ、より深い深い闇へと取り込まれてゆく。見えない壁に勢いよく鼻をぶつけ、こりゃあ本気で挑まないと帰れなくなるなあ、と思わず一人で苦笑する。自然と全身を使って迷路を進むようになる。くるくると同じ場所を回らせられ、格好悪く身体のあちこちをぶつける。迷路の外に置かれた《ミエナイ人タチ》、暗闇の中のほのかな光にうつし出される透明な人型のオブジェには「馬鹿な人ね」と笑われているような気がして、少し惨めな気持ちになる。

普段、私たちが目で見ている物の曖昧さを思い知る。

迷路を進む中で、ふいに思い出したのは、ちょうど一週間程前に、ブンカムラアートギャラリーでみたミヤケマイの個展「膜迷路」のことだった。会場の白く明るい迷路には所々に砂や草が敷き詰められ、その上にちょこんと乗ったリンゴ。上履き。ちょうど、私たちが昔どこかに置き忘れてきてしまったような物たち。

ハニカムシリーズは私たちの身体感覚全てを使い見ることを強要する作品。しゃがむ、近づく、離れる、斜めらせる、一点を見つめる、全体を見渡す・・・見る視点によって、見えたり、歪んだり、見えなくなったりする作品。近づけば近づく程見えなくなり、離れれば離れる程見える。細部と全体は同時には見ることは出来ない。日頃、自分たちがいかに曖昧に物を見ているのか、ハッと思い出させる力がある。

白と黒。二つの異なる迷路。

けれども、両者に共通しているのは見えないものを見ようとするということ。それも目だけではなく、身体全体を使って。

現状の私たちは様々な不安に晒されている。3.11以降、自分という存在を考える上で、社会との距離を測る上で、その存在は無視できない物となった。

ミヤケは、今回の展覧会のテーマについて「人の物差しを疑うより、自分の物差しを疑え」と語る。

一方、オノは社会の規範や固定された価値観へ疑問を投げかけ、人々それぞれの想像力に働きかけることで未来への力を与えてきた。

本来のアートに課された宿命を二人の女性が偶然か必然か同じ時期に「迷路」という形で体現した。それは異なる方法ではあるが、根底に流れるものは同じだったのではないだろうか。

外に出ると辺りはすっかり暗くなっていたが、それでも私は家までの道をまっすぐ進むことが出来る。もう少し迷っているのも悪くはないな、などと思いながら。

那須萌里

オノ・ヨーコ 『灯 あかり』

小山登美夫ギャラリー

2011/12/10(土)〜2012/1/28(土)

ミヤケマイ個展『膜迷路 Down the Rabbit Hole-』

Bunkamura Gallery

2011/12/23(金・祝)2012/1/12()

心の空気清浄機としての絵画

冬の空気を身にまとい渋谷の雑踏を乗り越えギャラリエアンドウへと向かう。思えば私がはじめて渋谷に降り立った時はもう5年くらい前の私がまだ高校生の頃で、その時は渋谷という街の放つ異臭に戸惑った。原宿でも池袋でも新宿でも感じなかった渋谷特有のにおい。そのにおいにもすっかり慣れてしまったなあ、などとやんわり思いながら、今日は武蔵野美術大学の大先輩、二木直己さんの作品を見に行く。

今回はじめて二木直己さんの作品を見て驚いたのは、ダイレクトメールやホームページで事前に見て感じていたイメージよりもだいぶ小ぶりの作品が多いということだ。けれども、ロスコなどの大画面の色面で圧倒する、といったものとはまた違った緊張感が部屋中に漂っている。猛烈で静かな生命感とでも言おうか。一つ一つ異なる色合いのブルーが妙に心地よく、遠くから眺め、近くから眺め、シンプルな構成だが飽きる事無くずっと見ていたくなるそんな絵画だ。そうして眺めているとふいに筆跡が葉脈、海の中の音、明け方の空、そうしたものに見える瞬間が訪れる。

この日はオーナーである安藤さんがレモネードをいれてくださり、偶然いらしていた二木さんの作品のコレクターの方と一緒に作品についてのお話を聞かせてくださった。

タイトルはどれもBelvedere、見晴し台とつけられており、二木さんの住むイタリアのフィレンツェから見える景色だとかそういうものから感じるイメージなどを膨らませて描いているとの話だ。

使う画材は鉛筆、色鉛筆、そして紙。一枚の作品を描くのにかかる時間は小さなもので3週間程。同じ筆圧、筆跡を保つために毎日絵に取りかかる前に、広告の裏に透ける文字を写したりして、腕の調子を整えることから始めるそう。

二木さんの真面目な仕事が見ている自分たちにも伝わってきて、真面目に生きなきゃ、と思ってしまう空気清浄機のような絵画だ、と安藤さんは笑って語ってくださった。

空気清浄機のような絵画。とても素敵な言葉だ。木々が空気をきれいにするのなら、二木さんの作品は私たちの気持ちをきれいにしてくれる。私が二木さんの作品に垣間見た脈や海や空、そうした自然的なイメージはやはり見間違いではなかったのかもしれない。

帰りの足取りは軽く、冷たい空気が頬をさすのが妙に心地よかった。

那須萌里

『二木直巳展』 ” Belvedere-Recent Works”

2011.12.06 (tue) 12.24 (sat)

ギャラリエアンドウ

開館時間 11:30から19:00まで  月曜・日曜休館

純粋への探求

ゼミが始まってからというもの、つくることに取り憑かれてしまっている。本来ものを見なければいけないはずのコースを選んでおいて、夢中で正反対の方角へ疾走するなんて、こんな不謹慎な学生はいない。しかしながら私は手を動かしていないと心の平静が得られず、ものを見ることにすら支障が出てきてしまうので、開きなおって制作を楽しむことにした。ということで、このツァラトゥストラにもやっと初投稿にして、展覧会レビューをせずにただただ持論をうだうだ述べさせてもらおうと思う。これはもうほとんど病気といって間違いない。

今のところ、木彫とコラージュという似ても似つかない二つの表現を主に制作している。本能のままにゴリゴリと彫刻刀を動かし、手のひらへの感触や削られた部分から匂ってくる木の息吹を感じながら、無心になれる木彫。一方で、思い出のチケットや雑誌から使いやすい素材を切り抜き、パズルのように配置を考え、色鉛筆で色彩を与えていくコラージュ。このいわば欲求と思考とを行き来するのが、飽き症の自分にとてもしっくりと来ているのである。こうして両方を制作していて頭に浮かんだのは、芸術としての純粋性はどちらの方がより強いのか、という疑問だった。

まず先述の制作状況の対比は、まるまる鑑賞時にも照らし合わせることができる。彫刻など立体作品の鑑賞において、それらは運良くば触ったり、持ち上げて重みを感じたりと、視覚+αの楽しみ方ができる。美術館など触れてはいけない場所においても、脳内ではそうした五感を使った作品との関わりがシミュレートされる。対する平面は、触って感触などを確かめることができなくもない。が、機会があったとしても長くはそうしないだろう。やはり平面は、視覚情報のみから、思考や分析をして味わったり、五感を超えて第六感を働かせながら、普段眠らせているスピリチュアリティを呼び起こす事によって楽しむものだ。

一般に純粋芸術、いわゆるファインアートの定義付けには、用の機能がなくて、大量生産もしくはレディメイドでない、などの項目が挙げられる。純粋という言葉がなるべく余計な要素を含まない、という意味であるなら、五感の中でも視覚のみを使う、もしくはとうとう第六感以上しか揺さぶらないような作品こそをファインアートというのだろう。とすると、鑑賞時に+αが付随してしまう立体は純粋ではない。特に動物的突発性を持って作られた彫刻は、神聖性が低いので純粋とは違う。またある意味では、本能的に描かれた絵画は純粋から除外され、一方で思考など人間の高尚で冷静な部分によって作り上げられた彫刻、鑑賞しても一向に脳内に仮想接触の図が浮かばない彫刻は純粋になりうる。これが私の純粋に対する現在の結論なのだが、だからどうしたと指摘されればそれまでである。しかしこうして無謀にも、純粋という憧れや畏敬を含む「何か」の正体を突き詰めていくことで、一つ一つ煩悩をクリアしていけている気がするのだ。やはり人間というものは、頭に浮かんで来てしまう由なしごとに、シンプルな名前をつけることでしか、自らの生み出す果てなき恐怖を乗り越えることはできないのだと思う。それは悲しい性でもあり、受け入れる他に無いものでもある。

ここでの試行錯誤を暴力的に簡略化すると、あまりレシピを見ずに感覚で料理をするのより、レシピや調理のコツを勉強したり素材を吟味する方がより純粋である、と定義付けをしただけだ。しかしそのどちらがより高尚で素晴らしいというのではなく、やはりその両方を行き来しながら良いところを取り込んで、無駄は排除していくことでしか、人間はより良い方向へ進めないということを言いたい。それは制作においても、鑑賞においても、もちろん料理においても、あらゆる事象にあてはまる。

増子いくみ

「No.6」ミクストメディア、2011/11/27

「No.6」ミクストメディア、2011/11/27


かたちの謎解き ー李朝陶磁の中にある自然ー

静嘉堂文庫はバス停を降りて、鬱蒼とした山道を登りきった先にある。
自然の音しかしない湿った坂道を登るにつれて、これからやきものを、とりわけ李朝のやきものを見るという期待と喜びが湧いてくる。

李朝陶磁の蒐集といえば駒場の日本民芸館と大阪市立東洋陶磁美術館が双璧だと思うが、ここ静嘉堂文庫にも岩崎小彌太が収集した名品が所蔵されている。
李朝時代になると陶磁器は高麗青磁の青の時代から一変して白の時代に変化する。その変化は到底同じ民族が作ったとは思えないほどの大きなものだ。
わけても一番大きな変化はその形ーフォルムに見られると思う。表面の形態以上に存在そのものの成り立ちが全く違うと言っていいほどの変化なのだ。

柳宗悦は朝鮮陶磁との出会いを、「そのひややかな土器に、人間の温み、高貴、荘厳を読み得ようとは昨日まで夢みだにしなかった。自分の知り得た範囲で此型状美に対する最も発達した感覚を持った民族は古朝鮮人だ。」と記して、新しい神秘を得たとその喜びを興奮気味に語っている。

今回の展示にあった「白磁八角瓶」をながめていると、なんの模様もないただ白いこの壷が実に豊かで確たる印に満ちている事を知らされる。
しかしその印を言葉にしようとすると突然立ち往生してしまうのは困ったことだが、私なりに「形」を手がかりに何とか試みてみたい。

この作品はいわゆる鶴首のように首が長く胴の膨らんだ瓶に、口縁から足元まで八面の面取りが縦になされている。
一見柔らかな印象だが実は構築的といってもいい強い形をしているのだ。
それに対して全体的な形はよく見ると揺らぐようにゆがんでいる。それは作為されたものではなく、多分焼成時に生まれたものだ。人為と自然が共存しているともいえる。
凄いなと思うのは、その歪みが1個の焼きものの中に閉鎖的に生じたものではなく、取り巻く大気が通り抜けてまるでその軌跡が一部残ったかのような自然な形になっているという事だ。
日本と朝鮮の文化の違いに関わることでもあると思う。
そのおおらかな流れは、強く縦に入った面取りに微妙な動きを生じさせている。見るものにいきいきとした印象を与える効果となっている。
高台も意外にがっしりした作りで、まるで石のような質感だ。しかし無骨な印象にはならない。不思議なことに。

面取りの加減の良さにはため息をつくしかない。このような面取りは特に特徴的で、李朝そのものと思う瞬間だ。
宗悦が一見して見通したように、「形に対して世界で最も発達した感覚を持った陶工たち」の仕事が、李朝陶磁という巨大な美の根っこなのだろうか。

押小路芳美

朝鮮陶磁名品展     静嘉堂文庫美術館   10月1日〜12月4日

音が音楽になる前に

音楽の「く」は苦しむの「く」 小学生の頃、初めてトロンボーンを習った恩師に言われた言葉だ それ以来音楽を愛して止まない私は音楽のことを考えて生きてきた 11/27の日曜日、川崎市岡本太郎美術館にて多田正美氏による音のワークショップを手伝い、楽器を演奏することとは違う、新しい感覚を覚えた

「カランコロン」 文字に起こせば平易なだけだが、私は情動した ワークショップに参加した十三名の子供たちは自分で切った節から節までの竹を二本持ち、片方を転がす 自分の転がした竹を拾い、また転がす それを繰り返す 早く始めたがって多田氏の合図を待っている子供たち 母の塔の前でそれが始まった途端、音に襲われた なんだこれは 想像を超えた音量 四方八方から届く乾いた響き 夢中になる子供たちの綻んだ表情 たまたまその場に居合わせた人々もその世界に引きずり込まれた もちろんそこには楽譜もなければ指揮者もいない しかし演奏のそれそのものなのだ 音を出すというそれだけの楽しさをいつしか大人は忘れていっているのではないか 音楽理論に基づいた音楽が音楽足らしめる理由を排除したプリミティヴな楽しみがそこにはあった それこそ音が音楽になる前なのだ

多田氏は昔、子供たちに即興演奏を教えており、その子供たちが今どうしているのかが楽しみだとおっしゃっていたのが印象に残っている このワークショップが子供たちの経験を通じて、見ている人々にも影響を及ぼしたことは自明であろう 日常において音は聞こえる 音楽も溢れている 音を経験する たったそれだけのことなのに

田崎 将司

岡本太郎生誕百周年記念展「芸術と科学の婚姻 虚舟(うつろぶね)-私たちは、何処から来て、何処へ行くのか」展 2011/10/15(土)〜2011/1/9(月•祝) 川崎市岡本太郎美術館

「眼」をもつ、「真の美」を求めて

暮らしの中に「美」を見つける。現代の生活に慣れ親しんだ現代人に、今それは可能なのか。モノの溢れる世界で「真の美」を我々は見つける事が出来るのであろうか。そんな事をある展覧会を見た帰り考えていた。

その展覧会は、「柳宗悦展-暮らしのへの眼差し-」と題され、東京を皮切りに、横浜、大阪、鳥取、そして広島をまわる巡回展となっている。柳宗悦が亡くなって今年で50年、柳宗悦が創設した日本民藝美術館が開設し、今年で75年がたつ。展覧会は、第一章プロローグ、第二章「白樺」の時代、第三章柳宗悦の眼、第四章柳宗悦の心、そして第五章柳宗悦から柳宗理という構成で出来ている。

柳宗悦は、1889年(明治22年)に生まれ、民藝運動と言われる日本各地の焼き物や染め物、日用雑器、朝鮮王朝時代の美術工芸品、江戸時代の遊行僧・木喰の仏像など西洋的な絵画ではなく、無名の職人たちによって製作された日用雑器に「美」を見いだし、世に紹介した運動の中心的人物であった。他にもバーナードリーチや河井寛次郎、濱田庄司、芹沢銈介、棟方志功などと共に新たな「美」を求め、日本各地を訪れ、人々に自国に存在する「美」を紹介して行った。

「作家は作物でこの世を美しくしてゆくが、私は別の道でこの世を美しくしたいと思う」そう柳宗悦は述べた。自ら「眼」を通し、美しいと思ったものを、とことん愛し、信じ、人々に紹介していく。柳宗悦こそ「真のキュレーター」であるように思える。この世界で自らモノを見、「真の美」を見つけ、信じ、愛し、共有出来るモノを我々は一つでも見つける事ができる「眼」が必要とされているように思える。

スズキショウスケ

「柳宗悦-暮らしへの眼差し-」2011.10.22(土)~2011.12.4(日) 横浜そごう美術館

グスタボ・イソエの目

真っ白な皿の上に、肉のない鰯がいて、白い机も皿も、鰯の脂で汚れている。「いやだ、汚い。」手に脂がついたような気がして、反射的に手を拭う。だが手は脂で汚れることはなく、鰯に触れることもない。私の見ている鰯は、本物ではなく、虚像だからだ。それは実像に近い絵なのである。この「鰯」の作者である、磯江毅の展覧会「磯江毅=グスタボ・イソエ」を練馬区立美術館に見に行った。私はグスタボ・イソエの作品すべてに目を見開き、息をのんで見た。そこには、過去イソエのキャンバスの前に置いてあった物、あるいはそこにいた人物が、まるで冷凍保存されて、たった今目を覚ましたかのように、当時のままの姿で息をして、虚像であるが、たしかに存在している。鳥肌の立つ程にリアルな物の質感、触った時の感触や、落とした時の音、舐めたらどんな味がするのか想像ができるくらいに、物を覆う空気も、人間の肌のぬくもりも、何もかもがリアル。グスタボ・イソエは全身が目だったのではないか。彼は五感で拾った情報すべてを視覚に変換している。そしてワインボトルに積もった塵と埃、そして錆。物に積もっている時間までも、彼は描いてしまった。ベッドの上で横たわる女性。重々しく、血管は青白い。少しずつ体温を失っていき、やがて彼女に訪れるだろう死の影まで彼は描いた。グスタボ・イソエが生きていた頃に、彼の目に映ったものを見ていると、いつのまにか私は、私の目ではなくグスタボ・イソエの目を通じてそれを見ているような気分になってくる。グスタボ・イソエの視覚が、私の目の中に入り込んだようなそんな感覚だ。それはなんだか生暖かくて、おどろおどろしく、懐かしい。

横山あかね

奈良県立美術館 特別展 「磯絵毅=グスタボ・イソエ 〜マドリード・リアリズムの異才〜」 2011.10.22(土)~12.18(日)

建築は夢を見る

武蔵野美術大学では、秋の真ん中に二週間の芸祭休みがある。学生は芸祭に参加したり、実家に帰ったり、旅行に出かけたりと思い思いの長い休日を過ごす。

そんな長い休みの終わる頃、114日。この日は、先生とゼミ生数名で、埼玉県にある遠山記念館に、翌日に迫る講演会の準備のため出向いた。遠山記念館までの道のりは長い。一時間に一本しかない本川越駅からのバスに30分ほど揺られ、美術館の最寄りのバス停で降りて、さらに15分ほど田んぼを横目に歩いてやっとたどり着く。

遠山邸に入ると、ちょうど、山本先生やお弟子さんが梱包をといているところだった。段ボールをあけると、お皿や野菜、米俵、お酒など室礼に使う道具がつまっている。山本先生は、室礼三千を主宰されている室礼の先生だ。室礼とは。私たちの暮らしの中に存在する季節の風趣や行事、敬い事、喜び事、楽しみ事、そうした季節や人生の節目に、単なる装飾にとどまらず感謝、祈願、もてなしなどを形にして、心をこめて盆果に表し、盛り物を通して、形のない行事の精神を表す。

人が生活をしない建築は急速に老化する、と聞いたことがある。そういえば、今自分が暮らしている家を見渡しても、空き部屋は暗く埃っぽく、生気が感じられない。けれども、山本先生やお弟子さんが、何もなかった空間に野菜を添えるだけで、ぽっと空間が明るくなる。建築が息を吹き返したように思えた。11月の冷たく張り詰めた和室に立ちこめる空気と野菜などの持つ生気が調和して心地よい。初めて訪れた場所なのに、古くから知っている親しい友人のような気軽さ、優しさで、部屋全体が私を包み込む。室内の調度品も遠山家所蔵のお軸やお皿、着物など。ガラスのショーケースに入っていたら決して伝わらない物本来のあるべき場所、あるべき姿で私たちを迎えてくれる。

美術館において、植物を使った作品を展示するということはある種、タブーとされている。他の作品を種子や水分、土などで劣化させてしまったり、長期的な同じ形での保存が難しいなど、様々な問題がある。遠山邸での今回の室礼展示も、二日間限定。展示が終わったら、野菜などは全て皆さんでいただくらしい。これも、室礼ならではのお楽しみだろう。感謝は食べる事によって表す事が出来るのだ。

普段、ある種、美術館(人の住めない空間)で作品(死んだもの)を扱う勉強をしている身として、邸宅(人の住む為の空間)で生物(生きたもの)を扱うという体験は新鮮だったが、その根底には間違いなく、キュレーションの精神が流れていた。

私は、どの建築も常に夢を見ているのだと思う。誰かに住んで欲しい。誰かに見て欲しい。山本先生は、遠山邸の生きたい、人と共にありたいという気持ちを魔法のように叶えてくださった。改めて、「物」を扱うということに触れた一日だった。

那須萌里

遠山記念館

11月4日

室礼の風景

「もの」を感じとる目

「グェッリーノ・トラモンティ展」を見に行って、もう10日以上経つのに、あの鮮やかな色彩がまだ頭を離れない。黄色、青、赤、緑……まるで重量を持った色、色。

グェッリーノ・トラモンティ[1915-1922]はイタリア・フィレンツェ出身の陶芸家で、彼の回顧展が国立近代美術館工芸館で行われていた。彼の作品は色鮮やかなマヨリカ焼の額皿を中心に、フォルムだけをひたすら追求した器物や、彫刻、絵画にまで及ぶ。様々なジャンルの作品が並置されている空間の中で、時に自分が一体何を見ているのかわからなくなる。彫刻のような陶器、陶器のような絵画……トラモンティの作品は既存のジャンルの縁を自在に渡り歩いていた。

多くの作品の中で、やはり色鮮やかな額皿や絵画作品に目が釘付けになる。しかし、あの色鮮やかさは単にマヨリカ焼の伝統を受け継いだだけにすぎないのだろうか?そんな疑問が頭をよぎる中、1枚の絵の前に立った時、一瞬トラモンティの感覚をつかんだような感覚に陥った。

≪ウェッジ≫という絵の中で、模様のような海藻が黒い輪郭に縁取られている。その黒は輪郭や影の役割を超え、それ自体が存在を主張する闇のように感じられる。そしてその闇に縁取られることで、海藻はより強く浮き上がる。もしかするとこれはトラモンティの視線そのものなのかもしれない。だとしたら彼には、この浮き上がった海藻のように、「もの」の存在を万人より強く感じる能力があったのではないだろうか。私たちが日々の生活で受け流す、もしくは気がつかない「もの」からのエネルギーを敏感にキャッチできたのではないか。

これは私の妄想にすぎない。しかし展示室でトラモンティの絵に触れ、彼の「目」を体験してからというもの、私にも「もの」の存在が以前より強く意識されるようになった。そして「もの」に気付くと、なぜか優しい気持ちになる。ふと、トラモンティが彫像を作る様子をとらえた写真を思い出す。トラモンティのまなざしは、ピノキオを生み出したおじいさんのそれに似ていた。私も同じような目になっているのだろうか。

大いなる勘違いだと思うけれど。

崎浜紗恵子

グェッリーノ・トラモンティ展

2011年9月10日(土)~11月13日(日)

国立近代美術館工芸館

 

 

写真は

グェッリーノ・トラモンティ ≪猫と文字≫ 1979年

http://www.momat.go.jp/CG/tramonti/index.html

日本画の可能性、息づく力

TOP RUNNER 日本画の若き力」そんな銘を打った展覧会が私の地元で行われていた。福井江太郎、加藤丈史、神戸智行、岩田壮平、出身地も経歴も全く異なる若手の日本画家4人をピックアップした展覧会。若き力と言っても、年齢は3342歳と以外に広い。

グローバルやら何やらと言われている現代において、「日本画」というジャンルの未来を担う画家とはどんなものなのか興味があった。

彼らの作品は、高崎駅からほど近くにあるビルの中にある美術館で展示されていた。駅から近いというのにビルはなんだかとても暗いし、静かだった。ビルに入り、展示スペースへと向かう。赤、黒、群青、水色全く違う世界の作品が小さなホールの中に並んでいた。鮮烈な赤い花、黒い駝鳥、群青の水辺、水色の水面、この小さな空間において、全く違う作品たちがそれぞれの個性の基に一つの空間を創り、鼓動を刻んでいる。相変わらずビルは暗いし、とても静かなのは変わらない、しかしどの作品も小さなホールの中でみずみずしく、生き生きとしている。

どの作家もモチーフこそ違えど、写実性に優れ、高い技術を持っているのが解る。彼らは皆、岩絵具を使い、箔や雲母といった技法をそれぞれの個性と工夫によって作品を表現している。岩絵具も箔の技法もそのものが日本画の歴史だ、彼らは歴史を受け継ぎながら、その素材を研究し、それぞれのかたちで表現していた。

私は今まで、日本画は長い歴史と伝統を持つ反面、どこか重たい雰囲気が漂っているように感じていた。その長い歴史の重さなのかもしれないが、その重たさこそが日本画を閉塞的な印象を与えているように思っていたからだ。

閉塞感がある日本画の中で、彼らの作品はその若い感性と視点によって日本画の伝統の可能性を世に示したのだ。
伝統を受け継ぎながらも、若い可能性は芽吹き、変わり続けている。彼らの可能性への挑戦こそが日本画という世界の新しい力となっていくのだと、感じる事ができた。彼らは「日本画とは何なのか。」という疑問に対して新しい答えを導きだしてくれたのではないだろうか

TOP RUNNER 日本画の若き力 福井江太郎・加藤丈史・神戸智行・岩田壮平」

20119/1011/6 高崎タワー美術館

山田千尋