二つの迷路を迷う
大学生活も3年目の冬を迎え、清澄白河のギャラリーコンプレックスへの道にもいい加減慣れたもので、すたすたと軽やかに道を行く。
エレベーターを上がると、ギャラリーのスタッフから、靴と鞄を置くように指示が出され、小さなライトが渡される。目の前に広がるのは途方のない闇。真っ暗な迷路。その心許ない、か細いライトの光を頼りに真っ暗な中を進む。
内部は予想以上に複雑に入り組んでおり、普段のギャラリー空間を知っているからこそ、より深い深い闇へと取り込まれてゆく。見えない壁に勢いよく鼻をぶつけ、こりゃあ本気で挑まないと帰れなくなるなあ、と思わず一人で苦笑する。自然と全身を使って迷路を進むようになる。くるくると同じ場所を回らせられ、格好悪く身体のあちこちをぶつける。迷路の外に置かれた《ミエナイ人タチ》、暗闇の中のほのかな光にうつし出される透明な人型のオブジェには「馬鹿な人ね」と笑われているような気がして、少し惨めな気持ちになる。
普段、私たちが目で見ている物の曖昧さを思い知る。
迷路を進む中で、ふいに思い出したのは、ちょうど一週間程前に、ブンカムラアートギャラリーでみたミヤケマイの個展「膜迷路」のことだった。会場の白く明るい迷路には所々に砂や草が敷き詰められ、その上にちょこんと乗ったリンゴ。上履き。ちょうど、私たちが昔どこかに置き忘れてきてしまったような物たち。
ハニカムシリーズは私たちの身体感覚全てを使い見ることを強要する作品。しゃがむ、近づく、離れる、斜めらせる、一点を見つめる、全体を見渡す・・・見る視点によって、見えたり、歪んだり、見えなくなったりする作品。近づけば近づく程見えなくなり、離れれば離れる程見える。細部と全体は同時には見ることは出来ない。日頃、自分たちがいかに曖昧に物を見ているのか、ハッと思い出させる力がある。
白と黒。二つの異なる迷路。
けれども、両者に共通しているのは見えないものを見ようとするということ。それも目だけではなく、身体全体を使って。
現状の私たちは様々な不安に晒されている。3.11以降、自分という存在を考える上で、社会との距離を測る上で、その存在は無視できない物となった。
ミヤケは、今回の展覧会のテーマについて「人の物差しを疑うより、自分の物差しを疑え」と語る。
一方、オノは社会の規範や固定された価値観へ疑問を投げかけ、人々それぞれの想像力に働きかけることで未来への力を与えてきた。
本来のアートに課された宿命を二人の女性が偶然か必然か同じ時期に「迷路」という形で体現した。それは異なる方法ではあるが、根底に流れるものは同じだったのではないだろうか。
外に出ると辺りはすっかり暗くなっていたが、それでも私は家までの道をまっすぐ進むことが出来る。もう少し迷っているのも悪くはないな、などと思いながら。
那須萌里
小山登美夫ギャラリー
2011/12/10(土)〜2012/1/28(土)
ミヤケマイ個展『膜迷路 -Down the Rabbit Hole-』
Bunkamura Gallery
2011/12/23(金・祝)~2012/1/12(木)
2012 年 1 月 19 日 1:26 AM | カテゴリー:ツゥラトゥストラ:アートダイアリー











