Cultre Power
studio & residence CCA北九州/CCA kitakyusyu
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Copyright © Aomi Okabe and all the Participants
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インタビュー

中村信夫×岡部あおみ

日時:2001年12月5日
場所:現代美術センター・CCA北九州

01 CCAの前身 サマースクールから

岡部あおみ:CCAを立ち上げたのは、いつですか。

中村信夫:1997年5月です。

岡部:ずいぶん昔からあったような気がしますね。最初はこの場所ではありませんでしたか。

中村:最初からここでした。いろいろやっていますから、海外の人からは20年ぐらいやっているのではと思われたりしますね。

岡部:最初から、北九州市の予算で運営をなさっているのですか。

中村:100%そうです。

岡部:最初の構想から中村さんがなさっていたのですか。

中村:ええ。本当は15年前からここに関わっています。最初は毎年夏に10日間程サマースクールを開催していたんです。そこでインターナショナルに活動しているアーティストを2人呼んで、国内から若いアーティストを10〜20人位集めて行っていました。それを7年間手がけたので、CCAをオープンするのに12〜13年かかりましたね。

岡部:隣にある長い建物はなんですか。

中村:スタジオです。このメインの建物には、事務室、ギャラリー、ライブラリー、それからレクチャールームがあります。リサーチ・プログラムの受講生は1人ずつスタジオを持ち、そこで制作します。

岡部:生徒さんが、皆一人ずつスタジオを与えられているとは、すごいですね。大きいのですか。

中村:結構大きいのかな。30m2ぐらいです。

02 40%が海外からの受講生

岡部:学生の数は少ないですよね。

中村:ここは、学生と言うか、リサーチ・プログラム(スタジオ・プログラム)の受講生なんです。だから授業と言っても教えるのではなく、自分で何でもやって欲しい、という場所なんです。大学や大学院を卒業してから来たり、海外から来た受講生達の中にはすでに数多くの展覧会に参加している人もいます。アーティストではあるんだけども、他にも色々興味があるみたいなところでやっている人もいます。

岡部:一回で大体どのくらいの人数が集まるのですか。アプライが多い場合、セレクションはどうなさるのですか。

中村:今年は16人で、セレクションはCCAのインターナショナル・コミッティーが行います。プログラムの広告は年に1、2度だけでほとんど出していないんです。BT、そしてFlash Artに1回だけ。それで結構応募がありますね。

岡部:倍率は、どのくらいですか。

中村:そんなにないですよ、3倍ぐらいです。

岡部:必ず入りたいと思うかたがアプライするのですから、かなり厳しい。

中村:そうですね。ポートフォリオを送ってもらい、パリやベルリンなど各地にいるインターナショナル・コミッティーのメンバーにそれを持って行くんです。全て見せて、彼らにマークをつけてもらい、そこから30〜35人くらいに絞ります。その後、インタヴューを行います。国内在住の人は全員と直接会って、海外にいる人は電話でインタヴューします。15〜20分ぐらい話したり、人によっていろいろですね。

岡部:やはり話をしないとわかりませんものね。良いセレクションの方法ですね。

中村:そうですね。けっこう大変ですが、やっているうちに慣れてくるので。コミッティーのメンバーはジャン=ユベール・マルタン、ハンス=ウルリッヒ・オブリストやダニエル・ビュレンなど、忙しい人が多いのでなかなか時間をとるのが難しいんですが、常時5〜6人のメンバーには見てもらって選考する様にしています。

岡部:海外よりも日本のアーティストのほうが多いのですか。

中村:今年は海外から6人、日本から10人です。

岡部:インターナショナルですね。

中村:そうですね、40%くらい。最初は日本人が多かったんですが、2年目から30―40%位が海外から来るようになりました。欧米が多いです。

岡部:やはりコミッティのかたの出身地が多いのですか。

中村:いいえ、様々です。何でこんな所に、こんな人が、ということも多くあります。口コミでかなり広まっているようです。

岡部:結局英語中心になりますか。

中村:全部英語ですね。日本人がいますので、レクチャーの時は通訳を入れます。ただ、本来お金が目的ではないのに、授業料をとらなくてはいけないので、このぐらいはしないとね。通訳は1日4万円はかかります。レクチャーが月2、3回あって、10人の日本人のためにそれを使うわけですから、、。

岡部:大勢ですね。基本的に、受講料は皆どの位払うのですか。

中村:負担が少なくなるようにスカラーシップ制度を設けています。1年間で国内から参加する受講生は72万円、海外から来る受講生は36万円かな、旅費があるので。旅費は自費なのですが、大抵どこからスカラーシップをもらってきていますね。例えば、今年は9人の受講生が来ることになっていたのですが、3〜4人は、航空券が取れずに来ることができなかったんです。

岡部:大変ですものね。滞在費はスカラーシップでカバーできるとしても、奨学金制度があまり発達していない国の参加者は、自分でいろいろカバ―しなくては来られませんから。

中村:ええ。ただ,住まいに関しては、ここは新日鉄の寮で空いている所があるんですよ。独身寮みたいなものが。地元の企業にはよくして頂いてます。家賃は男性が月1万2千円だったかな。女性が2DKか3DKで、キッチン、風呂付きで、2人でシェアすれば1人7〜8千円ですね。スタジオが24時間使えますから、それで充分かもしれないですね。キッチンもあるのでそこで作って食べることも出来ますし。皆夜中まで働いているから。

岡部:皆1年間という限られた時間のなかですが、いろいろたくさんやりたいことができるわけですね。学校ではないけれど、サマースクールのような形式を保持しているという感じですね。

中村:サマースクールは、現代美術ソサエティという形でやっていたのですが。しかしそれは地元の企業を主体として、市の補助金を頂いて行っていました。そのころの参加者は日本から全国区で来ましたが、海外からは来なかった。ただ先生は90%くらいは海外から来ていました。

岡部:それが最初から方針としてあったわけですね。

中村:まあ、インターナショナルにやりたいということでしたので。現代美術自体を日本とか、地域とかで分けることに僕は疑問があります。日本だけの現代美術とか、アジアだけの現代美術とか。そういう事ではなく、1つの美術として考えた時にインターナショナルで動く方が、僕にとっては当然の事だと思うのです。インターナショナル・コミッティーのメンバーも様々な場所を拠点としている人たちですし、本当に色々な国の事を考えて活動してます。

岡部:先日、ここの卒業生の方々のギャラリーデビューを東京でなさいましたよね。

中村:ええ、食糧ビルのライスギャラリーでやったものですね。ギャラリー小柳の小柳さんとSHUGOARTSの佐谷さんがやっているギャラリーです。

岡部:去年の卒業生から選んだ作品なのですか。

中村:ええ。結構みんな活躍していて、放りっぱなしのわりには。今度の展覧会ではロンドンで行う日本の現代美術の展覧会にもその中から2人出ています。

岡部:日本での出身校はどこが多いのでしょうか。

中村:造形、武蔵美、芸大、名古屋、京都とか、ばらばらですね。学歴を問わないといってあるので、意外と違う分野の人が結構来ていて、その人達のほうが良かったりしてね。大学で劣等生でいた人や、海外に出ていた人もいます。

岡部:大学ではついた先生の方向性と合わなかったりして。

中村:だと思います。やはり、結構海外に出て動いている人もいて。だからわかりませんよ。

岡部:女性と男性の割合は。やはり男性のほうが多いですか。年齢は。

中村:今年も含め大体は半々だと思います。大体平均すると25才ぐらいです。

岡部:修士レベルか、修士をちょっとでたあたりですね。

中村:そうですね。本当に若いアーティストとして始めたばかりですね。一番苦労が多い時だと思います。フラストレーションもたまっていますし。展覧会に出たくてもチャンスがない、自分のやっていることに疑問を持っている、とかね。食べていくのにも本当に不安でしょうし。そういう受講生が集まって、一緒に生活しているから、生活の中でのトラブルも結構見えて、大変なんですよ。

03 アーティストブックの制作

岡部:1年は、あっという間ですよね。本当に。

中村:あっという間だからかわいそうなんですよ。ですから、一昨年くらいからかな、志望者はもう1年いてもいいということで、スタジオを提供する事になっているのです。

岡部:スタジオはそんなにたくさんあるのですか。

中村:ちょうど18です。全部で25名ぐらいは大丈夫です。岡部さんもおわかりだと思いますが、海外から来た国際的に活躍しているアーティストが、東京やパリで展覧会をする時、例えば美術館で何かやっていたら、若い人達と話す機会って少ないんですよ。顔を合わす人のほとんどが、美術館の人間とか、ギャラリーとか。関係者は一緒にいるけれど、若いアーティストがインターナショナルなアーティストにアプローチする方法ってないでしょう。

岡部:そうですね。

中村:例えば世界の第一線で活躍するアーティストが東京で2週間展覧会をやる、という場合でも、関係者は大勢その周囲にいるけど、若い人たちには機会がない。

岡部:制作ボランティアをしてアーティストと協働すると、たまにゆっくり話せる時間もありますけれど。

中村:それでも、座ってゆっくり話す、という状態ではありませんよね。ここでは、どのアーティストも皆、3週間から1ヶ月間滞在しています。こういうローカルな所で、CCAのプロジェクトをやってそしてアーティストブックを作っていきます。忙しいけれども夜はいつも空いているし、時間が充分あるんです。だから結構受講生と一緒に食事をしたりして、国際的に活動しているアーティストとコミュニケーションがとれるんです。

岡部:開講したばかりの時期なので、先生はまだいらっしゃらないのですか。

中村:今は学校には来ていませんが3週間滞在しています。今月の26日がギャラリーでの展覧会のオープニングなので、今はアーティストブックを作っています。

岡部:必ず先生の本を作るというのが方針なのですか。

中村:そうですね。CCAはこの規模のアートセンターですし、ギャラリープロジェクトでも、八幡というところまでは多くの人たちが足を運んでくれません。でもこのアーティストブックは、ここから世界に出て行くんです。本はカタログというよりも、アーティストブックです。アーティストが最初から最後まで、デザインから全てつくる、ということです。この本は世界中の美術館や本屋さんに出ていますが、日本ではnadiffでのみ置いています。

岡部:残念ですね。

中村:ええ。海外の美術館80〜90館と、日本の美術館数館です。現代美術館は少ないですから。

岡部:現代美術中心に行っているところもまだ少ないですしね。日本では、どちらに置いていらっしゃるのですか。

中村:東京現代美術館と、水戸現代美術館です。出版物は定期的に交換しています。

岡部:本の制作などもあるので、基本的にかなり予算がかかりますね。

中村:そうは言ってもすごく少ないお金で運営しているんです。僕、三宅、山田の3人と、事務所の市の職員3名、計6名で運営しています。

04 Bridge the Gap シンポジウム

岡部:少人数で運営していらっしゃるので、大変ですね。

中村:そう。約毎月1回のペースで展覧会を行い、年間25人ぐらいの教授、講師を招き、アーティストブックを10冊ぐらい出版します。その他シンポジウムを年2回、海外での展覧会もやるし、今年は僕が横浜トリエンナーレのアーティスティック・ディレクターもやっています。今、三宅がおもしろいシンポジウムを企画しているんですが、「Bridge the Gap?」といって、ハンス=ウルリッヒ・オブリストと一緒にやっているシンポジウムです。7月の終わりに色々な分野から30人ほどのパネリストを呼んでやります。CCAではなく、西日本工業倶楽部という、北九州にある歴史的な建物で行います。アート、建築、環境、人文、科学などの分野の一線で活躍している人たちを招いて、対話をしようというシンポジウムです。5年目になって、今までもそうだったんですが、アートを中心に、もっと他の分野との関わりも広げていこうとしているんです。

岡部:2001年という21世紀への最初の歩みということもあってですね。

中村:そうですね。少しづつ前へ進んでいこうかと思っています。

岡部:参加者達に関する基本的な事務は、だれがなさっているのですか。

中村:事務的なことは、受講生が自分で行います。登録、その他は三宅と私が行います。山田はライブラリ−の、いってみればアーカイヴでの業務を中心にやっています。三宅はキュレーターとして海外でも活躍していますが、アーカイブのコンテンツは全て彼女がやっています。

岡部:ここはポンピドゥー・センターの初代美術館館長だったスウェーデン人のポンテェス・フルテンがかつてパリに創設した学校みたいですね。

中村:ええ。ポンテュスは1989年ぐらいから7年間パリでやっていました。その時一緒にCCAも始めようと言っていたのですが、僕らがすごく遅れてしまって、ダニエル・ビュレンも残念がっていました。そして彼らが7年間やって、今度は僕たちがCCAを始めました。8年目からは僕たちがパリの学校を引き継ぐ形で北九州でやりなさい、ということで。

岡部:みんな喜んだでしょうね。いろいろ理想をもっていて、充実させたいと願望をもっていたのに,だめになってしまって。残念がっていましたから。

中村:ええ。ものすごく喜びました。ですからダニエル・ビュレンもそうだし、ポンテュス・フルテンもそうだし、CCAに関して思い入れが強い人が大勢いるんです。彼らのやっていることを継続した形ですから。ちょっとオーバーかもしれないですが、世界中の若いキュレーターやアーティストもサポートしてくれています。日本では、コミッティーといえば形だけだと思うじゃないですか。でもここはそうじゃないんです。常にお互いが連絡を取り合っています。今度のシンポジウム、「Bridge the Gap?」も、科学者、美術館や大学関係者など、様々な人達が関わっています。みんな、新しい、クリエイティブなものに向けて、頑張ってやっていこうと言う意識が強いんです。

岡部:やりたいことがハッキリしていると、みんな協力的ですよね。

中村:ええ。新しいチャレンジには、みんな熱意を持ってくれるんです。ビエンナーレとかトリエンナーレと言うと、反応がクールですが。意図がはっきりしている場合や、目標を気に入ってくれるとお金がなくても協力してくれますね。特別なことを語ろうとしているわけではありません。各分野の最先端で活動をしている人たちが集まって話をすることで、お互いが意気投合するような可能性を求めているのです。
閉塞感のあるアートの分野でも、館長、キュレーター、大学でも教授、助教授というピラミッド型のヒエラルキーがあります。なぜクリエイティブなところでそうなのか。もうそういう型ができてしまっているから仕方がないという意見がありますが、そうではなくて、縦割りでないものにしていこうとしているんです。シンポジウムを4日間行いますが、観客者数も限って、より多くの話し合いをする予定です。海外での本の出版も決まっています。
CCAはアートセンターなので、アーティストに作品を作ってもらうという形で、パンフレット、本、CDをつくるなど、楽しいシンポジウムにしたいと思っています。今年は北九州で行いますが、将来は海外の都市でもこういうことができたらいいなと思っています。

05 アートワールドへの入り口

岡部:出来る限り場所を移していきたい、と。

中村:ええ。CCAは北九州ですが、過去にはヴェネチア・ビエンナーレでもイベントを行いましたし、いろいろな場所で展覧会をしています。場所は北九州でなくても構わない。東京でも展覧会をしますし。場所はただ場所であり、スタッフはどこにでも動く、という形です。北九州市の方は喜んでますね。ニューヨークなどに行って名刺を見せると、「CCAの在るところだね、知っているよ。」と言われるそうです。今までいろいろな所に行っても北九州という地名が認知されることが少なかったそうです。その点ではすごくメリットになっていると思います。これは間接的ではありますが。直接的には町のために何になるのかと言う意見もありますが、もうそういう時代ではないでしょう。よく、「町のためには何をしているのですか。」といわれるのですが、そういうこと自体もういいんじゃないかと。我々は無駄なお金は一切使っていないと思っているから。大きな美術館は光熱費だけで何千万もかかります。本を出版し、世界を舞台に活動し、シンポジウムやいろいろ活動して、北九州の名前を多くの人に知ってもらえればいいんじゃないでしょうか。

岡部:本当に。(笑)

中村:ね、そう思うでしょう。

岡部:今、日本の美術館はどこも運営的に難しくなっていますが、北九州の美術館も現代美術の企画などはわりと大変になってきたと言う話を聞きました。

中村:僕もいくつかの美術館のオープンに関わり、キュレーターとしても活動してきましたが、国際的で内容のある美術館にしたいと思って活動しても、結局海外から25%、全国区25%、地元50%などと考えられ、バランスを取る事になって、その状態で作品を収集して展示しても、何が何だかわからないごちゃまぜのコレクションになってしまうんです。どういう意図でやるのかが、開館前から明確でない。CCAではギャラリーを小さくすることで、少ないお金でアーティストのプロジェクトが出来るし、光熱費もかからない。スタジオは古い体育館ですから、基本的な固定費はほとんどかかりません。

岡部:それは中村さんが最初の段階から運営的な面も考えて出発してこられたから、そうできたのですね。

中村:はい。最初から時間をかけて内容をしっかりつめていきました。そうすれば、大きな美術館で半分は空っぽなんていう状況にはなりません。現代美術館では、大きなものは何もいらないんです。日本の場合、結局美術に携わる人たちが最初から考えるんじゃなくて、お役所仕事になっているんです。

岡部:責任が何処にあるか解かりませんものね。

中村:ここは100%と言っていいほど僕の責任ですから。何かあったら僕が全て責任を取らなくてはいけないんです。その代わり、自分の判断、方針でやらせてもらう、と言うことです。何か新しい事をやる時は、必ず回りから反対もある。周りの言うことを全て聞くのは不可能ですし、だからやりたいことをやらせてもらっています。4年間出版してきて積み重ねられた本の評価も非常に高いし、受講生の中からおもしろいアーティストも出てきています。おもしろいことに、受講生には2つのパターンがあるように見えます。がむしゃらにやって、少しずつ自分を見つけていく人と、CCAに来る前にいい大学にいて評価されてきたのが、ここではそれが評価されず落ち込んだりフラストレーションがたまっていらいらする人と。

岡部:でも、そうしたカルチャー・ショックのようなことは今のうちに経験しておいたほうがいいですよね。

中村:40歳くらいで経験したら、遅いですよね。それを20代で経験できるのはいいことだと思います。若いうちに悩んだ方がいい。アートはそういう世界です。駄目だと思った人間は、違う道に進んだ方がいいでしょう。CCAは学校でなく、アート・ワールドの入り口のようなものです。アーティスト自身はすごく純粋でも、アートワールドそのものは、ものすごく難しくて、過酷な所なんですよ。でも、そこで仕事をしないと、キュレーターもアーティストもやっていけない。そうした中でいかに純粋さを保ちながら生きていくのか、そのバランスを取らなくてはいけない。でも今度はアートワールドの中でうまく生きる方法だけ学んでしまう受講生も多いです。
アートマネージメントも気をつけなくてはいけません。それはあくまでマネージメントであって、キュレーターの仕事ではありませんから。キュレーターはアートのことを考える仕事であって、それに加えて事務的な仕事もやらなくてはいけません。展覧会の展示方法とか、運営とかね。海外ではレジストラーやコンサーベーターなど、美術館の中で様々な分野の仕事があることだけ知っていれば良い。
しかし、運営ができることだけでキュレーターであると勘違いしてしまう人が多いんです。

岡部:基本的なところが間違っていると、大変です。中村さんご自身は、何故イギリスに留学なさったのですか?

中村:大学1年生の時、法学部に在籍していました。その時期は学生運動の真っ最中で。それで嫌になってイギリスに行って、美術大学に入ったのです。
アーティストは好きなので、イギリス以外にも、ヨーロッパ各国やアメリカなどに行ってアーティストのスタジオをずいぶん訪ねました。それで、アーティストと関わるこの仕事につきました。スタジオを訪ねると、アーティストは自分の作品をどう思うか僕に聞くのです。そこで思ったことを素直に言うと、相手もそこから何かを得ることができたようです。キュレーターや評論の仕事とはそんなものではないでしょうか。

(テープ起こし:松永弥加)


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