Cultre Power
mecenat スパイラル/spiral
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Copyright © Aomi Okabe and all the Participants
© Musashino Art University, Department of Arts Policy and Management
ALL RIGHTS RESERVED.
©岡部あおみ & インタヴュー参加者
©武蔵野美術大学芸術文化学科
掲載情報の無断使用、転載を禁止致します。

インタヴュー

尾崎宣之(スパイラル広報部長)×岡部あおみ

学生:越村直子、白木栄世
日時:2001年5月29日
場所:スパイラル ワコールアートセンター      

01 草創期から受け継ぐポリシー

岡部あおみ:今回の研究では現代美術に関わる美術館や組織についてインタヴューをしていますが、スパイラルの場合はアートスペースとして現代美術の展示や催し物などに関わられていますよ ね。具体的には自主企画もされていますが、そういう意味でホールでの企画も含めて、全体的なものの中で現代美術の領域でどういう位置付けになるのか、ワコール企業の経営方針、運営の仕方、メセナとしてどのようになさっているのかもおうかがいできればと思います。

尾崎宣之:スパイラルのビルは1985年、16年前に槇文彦さんの設計で出来たビルですが、オーナーはワコールです。ワコールは女性の下着を中心に手作りでものをつくる会社で、未だにミシンを踏まないとブラジャーが出来ない。省略化出来る所は早くからコンピューター化しているんですが、最終的には女性が手で縫っている。もちろん日本は工賃が高いですから、ほとんどアジア十数カ国に分散して生産しています。このへんが企業の特徴を一番表している所です。“ものをつくっている会社”が文化活動をしていく上での基本にあり、女性が身に着ける下着に、例えば針1本入っていたらひどい事になりますよね。それから洗うと縮んでしまうとか。ものをつくることの難しさと楽しさ、これは企業の出発点として非常に大事にしている所です。
残念ながら亡くなってしまったんですが、ワコールは戦後塚本幸一が起こした会社で、50年かかって1600億位の売上の企業につくっていった。元々女性に美しくなってもらいたいという企業理念があり、当時は和装から洋装に変わっていく時で、下着を初めて日本に導入し、戦後の洋装化と共にワコールも発展してきました。下着は体に一番近い所にあって外から見えませんから、外観ではなく内側にあるだけに、感覚的なもの、着け心地、心地良さ、気持ちに響いてくる。喋り方とか姿勢、行動とか心に近い所にある商品であると思っていて、結構早い時期から文化活動的なものをやってきた会社です。
私は高校生でしたが、1970年に万国博覧会があり、先日退官された堺屋太一さんがプロデューサーをやられて、リッカーミシンとワコールとで一緒にパビリオンを出展し、「世界の結婚式」というのをやったりしました。日本の洋装文化は、“茎のない華”だと塚本がよく言っていたんですが、西欧で出来た物をインポートして真似事で作っているだけ。その大基になっている服飾の歴史とか生活史を全然勉強していない。これから日本のファッションが成長していく為には、華を咲かせる茎や葉っぱや根っこを知らないといけないと、古い衣装を回収し集め、それを復元したり考証したりしながら西洋衣装史を研究し、ワコールの商品開発にも役立て、展覧会などの活動を通じて広く世界に公開していく活動も昭和43年位から、脈々とやっています。京都服飾文化研究財団設立が昭和53年(1978年)です。企業系財団では、助成財団が多いんですけど、研究財団は比較的少ない。この財団ではキュレーターが何人もいて研究をしている。こういった過去を振り返りながら未来を考えるような財団を支援する活動と、もう一方がこのスパイラルに当たります。
スパイラルの場合は劇場でも美術館でもない、アートセンターとでも言うんでしょうか。当初から女性がこのビルに入って出て行くと綺麗になっているといったビルをつくりたいと塚本が言っておりました。地下2階、地上9階で、中にはギャラリーと呼んでいるスペース、多目的ホール、その他にカフェ、レストラン、あとは総合美容室ですね。結構有名な女優さんたちもお見えになっていますけれど。2階には雑貨の店が入ってます。そういった商業的な部分と文化的な部分が共存している、ちょっと不思議なタイプのもの。文化事業のはどうしてもお金が出ていく背景がありますので、それを企業がずっと支援し続けられるかというとなかなかそうもいかない。特に近年は会計制度が変わって、持っている株や土地も時価で評価しないといけない。健康保険や社員の年金の負担も増え、リサイクルとか、環境に対する費用の負担も増えますし、企業の利益に対して社会的負担の割合も増えますので、その中で文化活動を続けていかなければならない。更に日本ではかつては考えもしなかったような、株主に対する利益の還元も鑑みますと、文化を継続していくにはやはり自立自助しなければいけない。つまり自分たちのものは自分たちで稼ごうと。これが永続するための一つの大きなテーマだと思っています。この仕事を16年やっていますけど、相変わらずテーマは同じ、文化活動しながら如何に自立するかは、なかなか上手くいかない。

岡部:負担金が増えてくるのは大変ですね。

尾崎:これは転身性と呼んでるんですが、例えば縦軸に文化性、横軸に経済性をとってみると、ある時は助成していろんな楽しい活動をすると文化性に振れる。すると経済性が下がって、赤字が増える。これではいかんと、勢い文化活動を抑えてしっかりレストランや美容室の営業をすると、利益は上がるけど文化性が下がってくる。それの繰り返しなんですね。ただしそのベクトルが文化性と経済性の両立斜めの綺麗なベクトルだといいんですけど、往々にしてそれが大きく振れる。その都度確認しながら、共存できるバランスをとっていくことをずっと考えてやっています。

岡部:ここは自社ビルで、ワコールとスパイラルという名前が入っている「ワコール トータルビューティーサロン」などは直営で、あとはテナントが入ってるんですね。

尾崎:細かい話ですけど、テナントさんは入ってないんです。業務委託スタイルです。業務委託はやめたくなったらやめられる。時代は変わっていきますから、テナントが入っていると出て行けません。そういうふうに考えてやっています。

岡部:となると、レストランくらいですか、業務委託は。

尾崎:「アンクルハット」は業務委託で、地下にある「CAY」は自営。雑貨のお店も直営です。

岡部:だから運営のベクトルをどこにもっていくかというバランスをとれるわけですね。

尾崎:根本的な文化に関わっていく姿勢は変えないようにして。ただ社員もみんな食っていかないといけませんので、背に腹は換えられないような時もあるし、親会社が良い時は、文化活動を出来る範囲でまわす。続けるための仕掛けですね。

岡部:そうは言いながらも自立できているんですか。

尾崎:いや、まだまだ赤字です。

岡部:まだまだ!?自社ビルがあってもやっぱり赤字ですか。

尾崎:正確に言うと、土地建物の維持管理費はワコールの資産管理がもってます。建物の純粋の運営費はここで商売をしながらやっていくんですが、それが赤字なんですね。時代と共に全然違うんですけど、今赤字が大きいのは飲食。うちで持っている飲食の施設はビッグダイニングの高級レストランで、今若い人たちも含めて、小回りで安いお店が流行ってますんで、あまり気取った店は辛いんですよ。

岡部:そうですね。最近はちょっと素敵な所に行くと、がらんとしている事が多いです。今まではそんな事もなかったのに。

尾崎:店内を小さく区切っていて、いくら食べても3〜4千円所が流行ってますよね。でも何食ってるか分からない、冷凍食品ですよ、裏でチーンって。2、3年前から飲食が苦しい。その前は大丈夫でした。やっぱりおじさんたちが元気な頃は接待需要がありましたから。今は元気がないですからね、若い人は来るけど、高いものはたくさんは飲まない。

岡部:「ワコール トータルビューティサロン」のほうはうまくいっているのでしょうか。

尾崎:こちらはやっと黒字になりそうです。ここは労働集約型の事業で、要するに技術者が1日に何人お客さんをやってどうなるという話。機械で物を作っているわけじゃないので。

02 “志”あるホール運営

岡部:スパイラルルームは貸しスペースで、ホールも貸し、ギャラリーは自分で使う時と貸す時とあるわけですね。

尾崎:そうですね。自社発表とか講演会です。ホール関係も時代の荒波の中にあって、85年から91、92年まではいわゆる多目的貸しホールは少なかった。森ビル系のラフォーレなど多少はあったけれど、ここは場所が良いから稼働率100%という時期もあった。1日2回イベントがある。その時は売上イコール利益ですよね。ですからその当時を思い出すと、あのホールでお芝居とかダンス、自主興行をやっていたと思うんですが、ホールであがった利益を使って文化活動をしていた。芸術監督制で、天ケ津さんとか佐藤誠さんたちがやっていた時期です。ところがそのホールが90年中盤になってきますと、バブルが崩壊して公立のホールや民間のホールがどんどん増えてきた。一方で都心に人を戻さないといけないので、条例が出たりして、ホールが闇雲に出来てくる時代です。敵の設備は最新、価格は安いみたいな、官業が民業を圧迫する時代がありまして、その時代はやっぱり文化活動も少なくなるし、安い価格の公共ホールにおされて、稼働率も下がってくるし、弱ってきた。僕らはホール戦争と呼んでいるんですが、ここ2年位ですか、そういうあまり志の高くないホールは“もうや〜めた”とやめていく。

岡部:実際にもともとソフトのコンセプトがしっかりしていなかったからでしょうし。

尾崎:それから、立地も良くないからお客さんも逃げていく。お客さんもまた浮気して帰ってきたりする。去年思い切って設備を1億1千万かけて一新して、デフレの時代ですから価格も多少下げて、稼働率が63%まで戻ってきたので、まだ赤字ですがホールは何とかなってきた。ホールの場合は入場料収入があるので、最近は志の高い若いプロデューサーも増えていて、通常70万のところを1日30万でお貸しすると、お金払って借りていただいて興行を打ってくださるのも 16年もやってきたお陰ですかね。今週末にはカナダと日本のコラボレーションの「CJ8」ダンスの公演があります。今年の2月には野田秀樹さんの一人芝居を28日間やり、それなりに芸術文化の紹介もありながら展覧会、展示会のバランスがやっと戻ってきたかな、っていう感じですね。

岡部:例えば借りた場合ですけど、30万円でここを借りた場合、入場料は劇団に入るわけですね。誰でも借りられるんですか、1日いくらで貸し料をお支払いすれば。

尾崎:いえ、一応審査します。たんなるレンタルの場合も。会場協力のかたちで出しますので、選択します。

岡部:支援だから30万で、支援なしだと70万。年間どの位支援されているんですか。

尾崎:4、5本ですかね。比較的売りにくい2月、3月は若いダンスのグループにお貸ししています。

岡部:例えばカナダとのコラボレーションだったら、カナダからお金が出ていますか。

尾崎:それもあるし、国からもお金が出ています。海外の場合は劇場に行くと必ず社長がいます。劇場は経営が出来るところですが、美術館には社長はいません、ディレクターです。やっぱり利益は出ませんと、その違いかなぁと思うんですけど。

03 工夫せざるを得ないギャラリー運営

岡部:ギャラリーも貸しですけれど、審査があるのでしょうね。1階だから入ってすぐに目に入るし、一番目立ちますから。

尾崎:かなり厳しく審査をしています。顔ですからね。

岡部:応募はかなり多いですか。

尾崎:そうですね…レンタルももちろんやってます。企業の文化活動、例えば「リキテックス ビエンナーレ」の発表会とか「メルセデスベンツアートスコープ」の帰国記念展、キャノンアートラボの「プロスペクト」展とかですね。最初は大変だったんですよ、自前でやらないとこの場所がどういう場所か分かってもらえないのと、喫茶店の周りに画廊があるのがあまりなかったものですから。

岡部:今はカフェ・ギャラリーが流行っていますけど。

尾崎:当時アメリカでインスタレーションが出てきて、“面白いなぁ”と思って、槇先生にお願いしたんです。元々カフェの所がギャラリーだったんです、誰しもそんなに熱心に美術なんてやらないだろうと思っていたようで彫刻がゴロゴロとあるようなイメージだったらしいんですが、オープンの4ヶ月前に場所を変えたんです。

岡部:そうなんですか。今は奥のところにゆったりとした広いスペースがあり、あとは通路のようになってますが、壁面が使えるので、ほどよい展示スペースですね。

尾崎:最初は、作家も“匂いがするから嫌だ”とか言ってましたが、それまでの僕らの経験だと、美術館でミシミシと音を立てると角に座ってる膝掛けしてるおばさんがギロッと睨むような、非常に息苦しさがありましたし、ギャラリーに行くと買わないと怒られるみたいで、とても怖くて入れなかった。もっとフラットに、楽しく見たほうがいいんじゃないかと。

岡部:ギャラリーの場合レンタルの値段はどの位なんですか。

尾崎:同じ70万ですが、ギャラリーは本当に千差万別で、協力する場合は場所代ゼロの場合もありますし、こちらから出す場合もあります。やはりあの空気感を維持するためにはありとあらゆる手を使ってやっています。

岡部:結局これは稼働率50%というわけにはいきませんよね。100%にしないと。その為に色んな工夫をせざるを得ないということですね。

04 プロデューサー事業とものづ くり感覚

尾崎:残念ながら終わってしまいましたが、「ジャパン アートスカラシップ」というシャチハタさんがやっていた、プランを募集して一人1千万円、あれもうちで仕掛けてスポンサーを探してやったんですね。全部が全部うちで企画してお金を出して、というわけにはいきませんが、1989年からプロデューサー事業をそうしたかたちでやっています。基本的に“アートと生活の融合”をテーマにして、アートはもっと生 活のそばに日常的にあるというのが私たちの基本的な考えで、それをもっと広げていく。自分たちだけでやっていても仕方がないですから、社会に広めていきたい、その為には仲間を増やしていきたいと、プランをしてスポンサーを繋ぐとかアドヴァイスをしてその展覧会をこっちへ持ってくるとか。
茨城県守谷市にある「アーカス構想 パイロット・プログラム」も立ち上げた。プランニングやプロデュースでこの会場を埋め、もしくはこの会場を運営するためのお金をよそで儲ける。この活動は企業間同士に限らず、国際交流基金や在日海外公館に働きかけたり、ありとあらゆる所とネットワークしながら経営するスタンスで、高い志とを両立させる為に日々苦労しますね。大学にも働きかけて、2月は商売的に言うと1階が非常に売りにくい時期。企業は年度末で、寒い。その時期にアートに関わる、しかも若い人たちの支援に関わるようなことはないかと「卒業制作展」を多摩美、武蔵美、造形大、女子美など、段々増えてきまして、1ヶ月で収まりきらなくなってきた(笑)。4年程前から少し学校まわりをしていまして、それがポツポツ、最近はジャージャー降りみたいな感じです。最近は筑波大学が音頭をとって関西の大学ともネットワークして東京の色んな場所で同時に卒制展をやる活動もやっているようですけど。そういうかたちで会場とテーマとお金と、バランスをとっていくことですね。

岡部:卒展の場合は何日間位ですか。レンタルの場合に、1日70万円というのはギャラリーとしては相当高い。

尾崎:1週間単位です。確かあれはかなり安くしていると思うんです。ここだけの話ですけど、70万というのは、貸したくない金額。つまり普通の人、いわば動機の悪い人は絶対申し込まない。だから高くしてます。例えば“あそこは場所がいい、人もたくさん来る”となれば“じゃあ売れ残りのバーゲン品の販売をしたい”と来るでしょう、でも70万にしておれば、そういう類は絶対に来ない。学生さんは1日10万円ですよ。グループ展ですから多分みんなでシェアしてるんじゃないですか。

岡部:そうですよね。シャチハタの1千万円サポートは、スパイラルの目玉みたいなものでしたけど、あれはスパイラルのプロデュースだったことを知りませんでした。シャチハタがやっていると思っていました。

尾崎:それはもうスポンサー様ですから、華はシャチハタ実はスパイラル。

岡部:終わったのは残念ですね。経済的にシャチハタもちょっと難しいんですか。

尾崎:ひとつの役割が終わったんじゃないですか。10年間やりましたから。90年代に1千万円という話で。僕は良くやってくださったと思ってます。
また、ものをつくってることが非常に好きな会社ですから、それと経営をどう両立していくかがずっとテーマなんですね。1階の入り口にレコードショップがあり、バイヤーがいるんですが、最近バイヤーがチョイスした「Far Love」という音楽レーベルから6月に非常に若いんですけどいい音楽をつくる仙台出身の学生2人組のCDを出すんです。うちの場合はホールもありますので、音楽の分野では物販、出版とイベント、ライブを組み合わせられないかも今やっています。あと2階のマーケットでは、エレベーターの前で「Creator’s Collection」をやってまして、いわゆる用を成す、機能のあるアート、クラフトというのでしょうか、作家をチョイスしてやってます。先月は帽子の作家、今はグラフィックデザインとプロダクトデザイン2人組のパズルを置いてます。そこにもクリエイターが関わってますし、基本的には食もクリエイターとの関わりがある。どの店もオーナーシェフがいますので、職人との関わりですね。

岡部:食べ物もアーティスティックなところがたくさんありますからね。

尾崎:特にフランスはそうですよね。美容室のほうも職人か技術者がいますので。そういう、ものをつくっている人と関わりながら一緒に進んでいこう考え方です。

05 京都服飾財団は数字で語れない企業文化

岡部:財団は自立した組織ですよね。

尾崎:ワコールからいろいろ支援しているんですが基本的には独立した財団法人です。

岡部:つまり基本的にプールされた資金があって、そこから経営されているということですね。でも、大変ですよね、金利が全然ないから。財団の基金を切り崩していたり、本社から運営資金を出してもらったりでしょうか。

尾崎:切り崩しはしません。いくつも方法があるんです。その当該年度に積み立てる予定だったお金をそのまま積み立てないで事業費に当てる方法とか。基本財源は最低限あればいいので、利益も生まないお金を積み上げてもしょうがないので。

岡部:ワコールのほうから積立金をかなり出されて維持しているんですか。

尾崎:いや、大した額ではない、最低限だと思います。積み立てた分のお金は死に金ですから、あんまり意味がない。ただし担保みたいなものでしょうね。人件費は全部ワコールから別に出してるんです。スパイラルの場合もそうです。企画をやる予算は実はない。つまりプロデュースは、自分たちのやりたいことを自分たちで稼ぐこと。美術館のように年間事業費何億円という予算はここにはないので、自分たちでつくる。

岡部:他のところにスポンサーになってもらって、ソフトは自ら考え、あちらこちらから資金集めをする。展覧会なら入場収入などもあるし。

尾崎:全部が全部ではないんですけど、どうしても持ち出しになるものもあります。

岡部:でも、研究財団ですから、通常経費では収益を期待できる部分はないですよね。

尾崎:全然ないですね。

岡部:コレクションをしていて、展覧会の企画もなさっているわけですが。

尾崎:全部出費です。

岡部:すごくいいコレクションをなさってますから、資産は増えていると思いますけど。

尾崎:深井さんとか金井さんとか色んな方のご慧眼があって、すばらしい。実は数字で語れない企業文化のひとつです。こういう活動は資産が増えたとかそういう話じゃないんです(笑)、やっぱり大事にやっていかないといけない。

岡部:豊かなコレクションをお持ちで、よく展覧会なさっていますが、常設の美術館をつくられる予定はないんですか。展覧会の機会にしか見られないわけですから。この財団は研究を重要視して、スタートしたわけですが、これからどうするのかがいつも気になっているのですが。

尾崎:本来は美術館をつくらないといけないんですけど、ただ美術館つくっちゃうと、美術館で終わってしまう。

岡部:つくらない方針ですか。それも面白いですね。あちらこちらに公立のファッション美術館も設立されたので、箱はなしで、研究と活動というソフトだけを主眼に置くのもいいかもしれない。

尾崎:えぇ、私はいいと思ってます。学芸員の人たちが何人もいて自分たちのやりたい研究をして発表出来ていればその人たちは活かされているということで。逆に美術館つくるのに何十億もかけて年間維持費で税金払って空調回して、それで客は来ないと。どっちがいいんでしょうかね。

岡部:そうですね。人と活動を中心に置くのは、芸術文化の基本ですし、学芸員の方々はそういう意味で恵まれていますね。私はすごく賢いやり方だとも思います。日本だとほとんど逆で、コレクションをたくさん持っていて、箱がないのはとても珍しい。

尾崎:その一方で、スパイラルは場所をつくっちゃったんで、重荷です。京都服飾財団をやっていて唯一良かったのは、ワコールの事業がフランスに出て行く時、 “ワコールの塚本”で行った時はだめだったんですが、“京都服飾財団の塚本”だと“すごいコレクション持ってる所ですよね”となり、その理事長だったら “取引しよう”となる。

岡部:服飾だから直結してますし、企業イメージにも結び付いているからプラスになる。

06 企業、自治体に向けたプログラム提案

学生: 88年から企業や自治体に文化活動のプログラムの提案をなさっていると本で読んだのですが、それについて少しお話ししていただけませんか。

尾崎:スパイラルがスタートしたのが85年。サントリーとか資生堂は別格ですが、突然、企業が儲かったら社会に還元していこうと経団連に1%クラブができたり、メセナの考えが出てくるのが90年位です。“やらにゃいかん”、“我が社も儲かったから文化だ!”といっても“じゃあ何すりゃいいんだ”という問題が 90年代の初めに各社、もしくは自治体からありましてね。たまたまうちの場合はちょっと早くからやっていたんで、いろんなご相談を受ける機会があって、それならアートと生活の融合をテーマに仲間を増やしたいと、プログラムを考えてあげたり、その企業や自治体によってモチベーションが違いますので、例えばシャチハタさんの場合は若いアーティストを応援したいというモチベーションがあって、それなら少し玄人っぽいですけどプランの募集をご提案しました。それから、二子玉川の東急ショッピングセンターの裏にアレーナホールが93年頃に出来て今はあまり使ってないかもしれないんですけど、そのホールをつくる時にどうやってつくったらいいのかなど、自分たちの運営の経験に基づいてアドヴァイスをしたり。みなさんよく間違われるのが、お客さんの入る所を非常に大きくとって裏方をすごく狭くしてしまうところです。また三越とかで、百貨店の環境音楽をプロデュースしてくれとか。茨城県から国際的な芸術活動の交流の拠点をつくってほしいとか依頼が来ました。

岡部:アーカスのアーティスト・イン・レジデンスですね。

尾崎:元々は活動の拠点をつくってほしいという依頼だったんです。広い場所があって、ゆったりとした時間流れているといった。当時は日本のアーティストが海外に出て行く時期で、海外でも日本のアーティストが評価される為にはじっくり考えてきっちりつくったものを持って行ってほしいという願いがありました。それと茨城県の希望がちょうど合っていたんですね。分からないなりに、そっちが言うならやってみよう。騙したか、騙されたか。嘘はないんですけどね。あとは、西陣織の組合の方が“若い人が着物を着ない、どうしたらいいだろう”と。で、着物をずたずたに切って、打ち込みの本数の美しさを見せてみたり、海外とのフォーラムをやったり。

岡部:そういうプロジェクトは、ここにプロデュースをやるセクションがあり、実績があることをみんなが認知していて、先方から相談に来られることが多いんですか。それとももっと個人的な繋がりですか。

尾崎:個人的な繋がりが多いでしょうね。でないと普通に会社対会社でいくと危なっかしくてこんな所来ないですよね。普通は広告代理店を通しますでしょう。

07 プロデューサーに必要なのは「感覚」「志」「現場との関わり」

岡部:このオフィスを運営している方たちの中にプロデュース部門があるんですか。それとも兼務ですか。

尾崎:兼務してます。もう年齢卒業ですが、私は広報部長で、初代プロデューサーです。感覚的な仕事は、やっぱり38歳位で終わりじゃないですか。

岡部:このオフィスにはどの位の人数が仕事なさっていらっしゃいますか。

尾崎:守衛さんとかコックさんとか全部入れて180人位ですが、いわゆる社員に近いかたちの所は90人。その中には美容師さんもいます。スペースの運営で、スパイラルホールは3人で、ギャラリーも3人。うちの場合は企画がしたいと言ってもまず会場に入ってもらうんです。現場をやってもらってると、本当にこの子は出来るのか、何かやりたいことがあるのか、出てくるかどうかの境目で、3年、5年やっていても出てこない人もいるんですよ。

岡部:発想とかですね。現場では受付などいろんなことをやるわけですね。

尾崎:えぇ、徹夜で撤去とか搬入とか立ち会ったりね。裏方をやったりする中で自分でアイディアを出す。 “これをやりたい!”って出してくる子は、極めて少ない。本当にたまにはいますが、そういう志があっても実際にやれる人は非常に少ない。そういう人たちが動きだすと周りが動く。お金が集まってきたり人が集まってきたり。で、そうするとその人がプロデューサーの役割になる。そうするとその人は名刺を2つ持って、ある時はプロデューサー。(笑)

岡部:裏方をやりながらプロデューサーをやる人もいるわけですか。

尾崎:います、います。完全に抜けてプロデューサーだけといっても無理ですから。やっぱり、アーティストも含めて現場の職人さんと関われないと、絶対に良いものが出来ませんので。

岡部:尾崎さんは最初に入られた時は別の担当部門でしたか。

尾崎:私はギャラリーの担当でした。私が関わったのはワコールが“このビルつくるぞ”と言った1982年。美術館も嫌い、ギャラリーも嫌い、もっと楽しい場所をつくりたいというのがあって。つくったはいいけど、ホールは演劇をやろうと決めてたんで、僕は演劇嫌いだったんでちゃんと人探してきて“はい、演劇頼むな”と渡したんです。

岡部:でもアートは好きだったからですか。

尾崎:僕アートは好きで嫌いなんですよ。アートでは食えないのは良く分かってますから。

岡部:本当はアーティストになりたかったんですか。

尾崎:えぇ。当時映像スタジオがあったんですが、それは僕も好きだけどあまり興味がないなと思って渡した。アートだけは渡し損なった。

岡部:いや〜、本心はやりたかったんじゃないですか。(笑)

尾崎:ただ僕の場合はアートと言っても美術だけじゃない。全部一緒、音楽も全部。ただ技術が違うだけという思いがあった。その根幹には、人と違うアイデアをピッと出せる人が極稀にいるので、そういう人たちを出来るだけ支えてあげたい、という気持ちですね。

岡部:尾崎さんもピッと出るほうでしょ。初代プロデューサーだもの。

尾崎:いや、でませんよ。そういうピッと出るアーティストがいるじゃないですか。この人は凄い、考え方が違うって。そういう人に出会った時に私は側面からお金やらの支援をする。たとえば、ダムタイプとか。十数年の長いつかいあいですね。あとピアニストの加古隆さんとも非常に長くて「アポカリプス」ダンスとピアノのコラボレーションの作品をつくったり。若い人に出来るだけチャンスをと思ってスカラーシップをつくったり、アーカスをつくったり。

岡部:シャチハタの一千万良かったですよね。金額が大きいからみんながんばってすごいものつくって…

尾崎:足りないんですよ!

岡部:それ以上に出てしまうこともよくあったみたいですけど。

尾崎:えぇ。やっぱりものをつくっているのはいいですよね。

08 個人、地域と関わっていける企業は大怪我しない

岡部:今までの豊かな活動のかずかずで、ある程度支援してきたといった実感はありますか。

尾崎:いや、ないですね。楽しませてもらったから。やっぱりアーティストは凄い。滅多にいないですけど。

岡部:確かに。

尾崎:やっぱりそれはものをつくってる会社の良識としてずっとやらないといけないんだろうと思うんです。ワコールという会社がある限り。

岡部:それは企業精神と結びつくところがあって、他の社員の方たちにもメセナは納得してもらいやすいのではないですか。でも企業の中には結びつきにくい企業もあり、難しいところもありますね。

尾崎:あります。無理しちゃいかんと思いますけどねぇ。金融会社なんてやめといたらいいんじゃないかと思うんですけどね。“利子よこせ”みたいなところがありますよね。あとは兵器をつくってる会社。ああいう会社はやっちゃいけません。まぁ地雷撤去とか環境保護、植林とかをやってほしいですね。

岡部:そっちのほうがいいですよ。アートは一見取っ付きはいいですから、みんなやりやすい感じがするけれど、社会的にはラディカルですから。

尾崎:難しいですね。組織と個人の関係が常にあって、組織の論理と個人の論理がありますから普通には対話できない。そこを対話するのが僕はすごく大事だと思う。でないと企業は不祥事を起こす。とんでもないことをね。みんなで集まって大きな金を動かしていれば何やってもいいなんて、大きな誤解。メセナやれとは言いませんが、個人や地域と一対一で関わっていける企業はそんなに大きな怪我はしない。そういうこともやらない企業は骨折したりガンにかかって死んだりする。膝の痛み位は抱えても、チョロチョロと続けていれば大病しないというふうに思ってるんです。
IQ=知能指数ってありますよね。IQで人の能力を測っていた時代って長いじゃないですか、高級官僚なんてまさにそうですよね、論理的思考と言語的能力が優れている。“知能指数低いから、僕はだめだ”と言う人も多かったけど、違うんですよ、最近は。前頭葉能力といいまして、8つの能力を統合して前頭葉がそれを統括することで知性を測ろう、前頭葉知能指数。IQではなくてPQ=超知性って言うんです。8つの知性は言語、記憶力、論理的思想、その他に絵画的能力、つまり絵を見てそこに何が描かれているのかを読み解く能力も入る。

岡部:イメージの読解力、イメージのリテラシーですね。

尾崎:あと空間把握能力―物が空間の中にどうあって、どういうふうに動いているのか把握する能力とか。身体能力、ダンスや彫刻。要するにそういう総合的な能力を持って、自分の行動や想像力、色んなものを統率していくような能力が必要なんだと今は言われている。それがやっと企業のマネージメントでも言われ始めて、たんに勉強の良く出来る子だけじゃなくて、他の能力に長けている人も取り入れていかないと企業は育っていかない。

岡部:となると、美大も頑張れるかもしれないですね。

尾崎:本当ですよ。

岡部:ちなみに尾崎さんは、大学はどこですか。

尾崎:僕は慶応。総合的な能力がこれからは必要とされる時代なので、国は国、自治体は自治体ではなく、もっと知恵を交換していかないと上手くいかないんだろうなと思います。

岡部:先程のホールのお話を聞いていて思ったのですが、歴史的に公共のホールがたくさん出来てしまったが故にマネージメントが公に必要になってきたこと言われています。美術館の歴史を見てみても、急に公立の美術館が多数設立したので、ある意味では企業がやってきた百貨店の美術館がみんなやめてしまうといったことが起きてきている。公共ホールに圧迫される民間のホールの立場と多少似ている部分がありますね。

尾崎:ありますかねぇ… 人間に寿命があるように企業にも寿命があるんですよ。ですから百貨店がああいう美術工芸画廊を持っていたり、劇場を持っていた時代があって、あれはやっぱりいい時代で、すばらしい仕事をしていたなぁと。

岡部:日本独特の文化っていう感じですけどね。

尾崎:セレクトショップの草分けみたいなものですけど、百貨店のような、いろんなものを編集して規模の大きなものをやっていくことが時代にそぐわなくなってきたということでしょう。公共のホールがどんどん出来たのは悪いことでないと思うんですよね。問題は使われてないとか、みんながアンコールの拍手してるのに電気消してしまったりですとか、そういうところかなぁと思います。やっぱり芸術で言えばパトロネージュみたいな、時代を支えていく主役が代わっていくように、どんどん変わっていくでしょうね。

岡部:これからのパトロネージュの主役はどこが担うと思われますか。もっと市民や個人単位になるのでしょうか。

尾崎:私はみんなでシェアするんだと思います。ストリートレヴェルで。時計が昔は王様みたいな人しか持ってなかったのが、今では600円、800円で、赤ちゃんでも持ってますから、情報も含めて、権威や大事なものが広がっていくんじゃないですかね。

岡部:裾野に広がっていくのでしょうが、そうなってきた時には、既存の文化施設やシステムはすばやくリニューアルしつづけないと、時代に合わなくなってきますね。

尾崎:スパイラルもかたちとしてあるんですが、あまりかたちにこだわってもいられないか、どんどん社会は変わっていきます。ホールの催し見てると良く分かります。去年は突然IT関係のイベントが増えたけど、今年はもう減ってます。

09 アートと若者社会の変動

岡部:若い人が何を求めているかとかは、どういうふうに把握なさってますか。

尾崎:何を求めてるんですかねぇ。クラブ・イベントは若い人がよく入ります。地下のCAYは、今ほとんど土・日にクラブ・イベントやってます。1人 3000〜4000円で朝まで聴くでもなし話するでもなし、飲むでもなし食べるでもなし。一応DJはいるんですけど。サロンのようなものですか。あとカフェにも若い人は入ってます。

岡部:今は、“小さくてもごく自然に、カフェ・ギャラリーをやりたい”といった若者やアーティストがいますよね。

尾崎:僕らの世代みたいにアートはお金がかかる、お金がかかるから企業みたいな団体が支援しなければいけない、支援するからには華が欲しい、ドンドーンと派手にやるんではなくて、みんなでささやかにやる。

岡部:そういう場があちらこちらに出来てくればいいわけですね。ただそういう所だから経営が可能なのかがちょっと不安ですが。

尾崎:固定経費を減らすという気運は高まってくるでしょうね。そうすると場所は要らない、サイバー上でもいいとか、もっと安い場所でいい、自分たちの感覚で作り変えればいいとか、社員を置かない、みんな来たいときに来ればいい、共通の項目の時だけ来ればいいようにすれば固定費なんて下がりますから。以前の考え方から外れればいくらでもやっていけるんじゃないでしょうか。この辺でもaohara.comというのがあって、面白いなと思って5年位見てるんですけどね。建築家が仕事がなくなったんで、みんなで集まって何かやろうよみたいなところがあった。(正式には、2001年5月創業の株式会社アジアンカルチャーオーガナイズ http://www.aohara.com/company/top.htmlのこと)アオハラのは青山・原宿・渋谷かな。3つの文化圏をつくっていこうと。だけど実態がない。カフェやセレクトショップの店員、プロダクトデザイナー、建築家、バラバラなんですよ。見るたびに人が増えていて、100人位いる。最近はそこのオリジナルのものが出来たりしてますね。今のwebデザインは大分変わっちゃったんですけど、その前は稚拙ながら味のあるいいデザインだった。それで誰がつくったのかなと思って見たら、武蔵美を出ている女の子。その子が“イギリス留学うれしいな♪”とか言って、イギリスで作業をして書き換えをしている。またその子のページのリンクを辿っていくと靴のデザイナーとかいろんなのがわぁ〜っと繋がってる。結構売れっ子のカバンのデザイナーさんがいたりね。

岡部:なんとなく自然発生的で、誰が何をやっているのか、掴みにくいところがありますけどね。

尾崎:美術の世界でいうコマンドNみたいですね。

岡部:若い人たちが自分なりの発想で友達とワーッと集まって何かやるケースは増えてきていますよね。

尾崎:やっぱり若い人のほうが芸術を生活の一部としてリスペクトしてますよね。企業人のように芸術が好きな人と、分からん人が分かれるという感じではない。私自身はできるだけアートを社会に広げていきたいと思って、県のお役人ともお話するんですよ。話するんですけど、そこでへこたれてはいかん。夜お酒を飲んで話をすると“実はうちの愚息はトランペットを吹いとる”とか必ずあるんです。

岡部:子供のほうからアプローチすると、もしかしたら可能性があるかもしれない(笑)。

尾崎:“実は陶器が好きだ”とかね。ポロッと出てきますから。表面では全然関係ないとか隠さないと上手くいかなかった社会だったわけですね。

岡部:アートが好きなんてことが表に出てしまうと、かっこ悪いと見なされた社会でしたよね。ちょっと変わりつつあるわけだ。そういうことをポロッと公に言える社会になるといいです。西洋は昔からそうでしたけれど。日本って公に言うと今まではマイナスイメージでしたからね。

尾崎:そうそう。そこは若い人とは違います。ここのところぐっと変わってきたのは外国の若いアーティストが来た時ですね。昔はしゃちほこばった話からするじゃないですか、今は映画と音楽の話をするとあっという間にみんな友達になる。世界同時じゃないですか、映画も音楽も。そういう意味では見ていて楽しい。

10 NPOという新たなヒント

学生:大学の講義で国際交流基金の菅野さんのお話を聞いたことがあるのですが、プロデュースする側のネットワークが出来ていないことを話されてました。メセナについては企業間のネットワークはどう繋がっているんですか?

尾崎:同じような志を持っている所はすぐに仲良くなりますよね。例えばうちで言うと資生堂とかアサヒビールさんです。

岡部:ご一緒に協賛とかもなさってますよね。

尾崎:やってます。僕が頼まれたものでも、一緒にやるか!とか。だからプロデューサーという言葉がいいのかどうか僕も分からないですね。何かペテン師か詐欺師みたいな感じがするじゃないですか、かたちのないところからシュシュッときて(笑)終わってしまったらシュッとなくなるような。ただ、企業だけではなくて僕の持論では、持っている人が持っているものを出す、無理なく出せるものを出してネットワークを組むようなのがいいと思う。アート作品を実現していくには、お金も必要ですけど他にいろんなものが必要です。テープレコーダーが1台どうしても欲しいとか、スタッフが飲むビールが欲しいとか、手伝いが欲しいとか。ものを実現していくのにいろんな品目が出てくるんですけど、それをダーッと徹底的に分解していくと意外とお金だけじゃなくて必要なものがある。逆に言えば経理的なノウハウとかサラリーマンが持ってるような簡単なことでも役に立つことがあって、それをはっきりと集めていくことが大事。私みたいな詐欺師、ペテン師の類が3人も4人も集まったら上手くいかない。お金だけ出せる所も必要だし、お金はないけど機材は出せる所もあるし、ボランティア制度があるから社員を手伝いに行かせようとか。それを足していけるような環境をつくればいい。外国の機関にしても、お金出してくれる所もあれば、輸送費だけだとかアーティストのフィーだけだとか。みんな持分があって、それをまとめていけばいいと思うんですね。なかなかそういうところまでいかないのは確かに菅野さんがおっしゃるとおりだと思うんですが。特に役所にしても企業にしても、人が替わるといった社内もしくは組織人事のローテーションがあって、ある組織によってはどんどん替わって上にいかないと給料も上がらない、給料が上がらないと家族も養えない、という制度があるので、そういう所とはやはりネットワークが組みにくい。ただ文化のような仕事は人の繋がりなので、ある程度長くやったほうがいい思っている企業は自然に役割がはっきりしてきてネットワークは出来ます。そういうそれぞれの組織の仕組みにも問題があるのかもしれないですけどね。

学生:それはもしかしたら運営の仕方の中で、内部に専門家を置かないこととも関係がありますか。

尾崎:そうですね…僕はちょっと出過ぎた真似をしてしまったんですけど、サラリーマンはサラリーマンの役割があって、企業としてはものをつくっていることを大事にしていきたい、そこを伝えていけばいいだけ。で、それを“何かをしたい!体を動かしてもしたい”という時は、演劇やダンスのプロデューサーと一緒にやってもらえばいいし、かっこいいコンピューター、IT関係の時はICCにいたキュレイターに頼むとか、そういう超専門家みたいなところは必要に応じてくっついたり離れたりしていてもいいんじゃないかな。最終的に僕なんか好き勝手にやりましたけど、やっぱり企業には企業の立場があり、その中で企業の文化とかポリシーを実現していく予算を持っていればいいというふうに思います。90年代は企業が好きなことをやってましたけど、一方では反省もある。企業がお金にあかしてアーティストのエネルギーを消耗してしまったんではないか。僕は非常に自責の念がある。施設もプログラムも活発になるにつれ良いアーティストが減ってしまってるんじゃないか、海外に逃げてしまったんじゃないかと。それはもう試行錯誤ですね。そのうち多分企業も企業の笠に着て大きな組織が大きな金使って、個人の創造的なエネルギーを一瞬にして消耗してしまうのは良くないといった反省がはっきりすれば、企業はポリシーだけ持って企画は個人に任せましょうという分担が徐々に出来てくるんじゃないかと期待してます。最近はNPOのような新たなヒントが出てきてますので。

岡部:これから増えていくかもしれませんよね。

尾崎:本当は多種多様なNPOが出来ていって、企業はそこにお金を出していくほうが本当はいいかなと思います。

学生:ワコールの社員の方がボランティアとして参加できるようなプログラムはスパイラルではやっているんですか。

尾崎:企業によってはやってますよね。うちはないんです。多分、「企業文化部」の人は非常に苦労していて、自分たちがお金を使っていることを社内でどう理解してもらうかの為に、ボランティアを募ってやっているんですが、今のところは前向きではなくて、あくまでも文化事業とか文化活動をしているのは仕事だと思っている。社員相互は企業の理念とかで結びついて共感しているはずで、例えばある人が文化の担当になった、“わしゃ文化分からんけどなぁ”と言うんではなくてそれは仕事としてプロになりなさいよと。ですから妙に周りのアマチュア、企業人の背景的な部分でプロの仕事を手伝うのはいかがなものかなと僕は思うんですね。ですから決して拒む立場ではないけれど、ウェルカムでもない。結局その社員の人が手伝ったからといって自慢したり喜ぶのはどんなものかなと。それよりはうちの場合は美術系の大学の方とかアートマネージメントを志している学生さんたちにインターンシップや単位を取得する目的で非常に安い金額で荒働きをしてもらうと。その中で現場は大変なんだと分かってもらうほうがいい。そっちのほうが後々繋がるかなと。その子たちがもうやめた、あんなばかばかしいことやってられないというのもそれはそれで良い選択肢です。やってみたら、あれは嫌だけどこういう方向ならいけるかもしれないとか。だからどっちかというと社内のボランティアにはあまり前向きではない。
そもそも日本人の成人の就業人口のうちの7割が何らかの組織に属してますが、こんなバランスの悪い国はない。組織に属さなくても食っていけるようにして、組織に属している人の割合をもっと減らしたらいい。政府も甘えちゃって、そこからは天引きで税金が入ってきますよね。しかも誰も文句言わないからわけの分からないところに使っちゃう。その人たちの生活は相変わらず厳しい。とんでもない田舎のおじいちゃんだけが国が支援してくれるから作らなくても農作物を田んぼやってたり、美術館が出来たらしい、畳は1枚20万らしいとか。

岡部:そうですね。いらない研修所がまた出来たとか。すごくバランスが悪い。東京都民も大変。美術館には予算がないし。忙しすぎるし、良質なイベントはあっても見にいける余裕がない。そうなると矛盾していますが、文化的なメリットは少ないとしかいえない。どうしたらいいでしょう。

尾崎:若い人たちが過去の価値観に囚われず、自分で生きていくのが良いですね。小売店やりたいとか。でも税制からいくとなかなか厳しいですけど。とにかく給料天引きの人をもっと減らさないとこの国はヤバイです。(笑)

岡部:どうも長い間ありがとうございました。

尾崎:もう美術館とはぜんぜん違うところにいっちゃいましたけど。

岡部:いえいえ、すごく楽しいお話でした。
(テープ起こし担当:越村直子)


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