Cultre Power
collector / art critic & journalist 高橋龍太郎/Takahashi Ryutaro
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Copyright © Aomi Okabe and all the Participants
© Musashino Art University, Department of Arts Policy and Management
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©岡部あおみ & インタヴュー参加者
©武蔵野美術大学芸術文化学科
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インタヴュー

高橋龍太郎氏(コレクター)×岡部あおみ

日時:2003年10月20日
場所:田町クリニック
学生:芦立さやか、足立圭、池内麗佳、大賀一平、小黒加奈子、高木嘉代、高橋僚佑、直塚郁、渡辺隆司

01 縁のある作家とない作家

岡部あおみ:最初にお伺いしたいのは、アートとの出会い、コレクションを始められた契機と時期についてですが。

高橋龍太郎:今のコレクションに繋がっているものは、6、7年前の草間彌生の作品ですが、20年ほど前に六本木の青画廊で合田佐和子の作品を購入したのが最初だったかもしれません。

岡部:それはたんなる偶然だったのでしょうか。それとも合田さんの作品はすでに御存じでしたか。

高橋:もちろん知っていました。合田は当時、書籍や天井桟敷、状況劇場のポスターや舞台美術の制作をしていたので時代のスターでした。ですから最初に個展に足を運んだ時にはえらく緊張したのを覚えています。

岡部:その作品はお買いになったのですか。

高橋:はい、小さな作品で確か5万円でした。学生にはきつかったので分割にしてもらいました。

岡部:それはすごいですね。初めて買うのであれば、普通はすぐに支払える程度の作品を買いそうです。

高橋:合田については強く惹かれるものがありましたからね。

岡部:それは今でも?

高橋:はい、現在でも合田の作品に関しては意識しています。ただ今は作品の値段が高騰してしまい手が出ません。もちろんこの前の高知での回顧展(2001年2月から3月に高知県立美術館で行われた森村泰昌との2人展)、2003年に開催された松濤美術館の個展にも行きました。日本で特別な地位を占める作家だと思います。これらの展示にも、私のコレクションが2点出ているので、コレクターとしては合田とは縁があると思います。

岡部:そうですね、最初に購入された作品でもあるし。その後、本格的にコレクションが開始したのですか。

高橋:高校生の頃から展覧会には行っていて、例えばマックス・エルンスト、ポール・デルボーのようなシュールレアリスム系の作品には意識が働いていたので、合田作品の購入もその延長線上といえます。高校生のころはもちろん見るだけでしたが、コレクションをしたのは20代後半でしたね。その後、2、3点のコレクションを購入して15、16年程の中座(休止期間)がありました。最初の大学を辞めて、次の大学に入り直したくらいの時期が最初のコレクションの時期に当たります。

岡部:合田さんの作品とは縁があるとおっしゃいましたが、他にもそうした出会いはありましたか。

高橋:このような作家との幸運な出会いもあるし、逆に追いかけても追いかけても、なかなか到達しない作家もいます。それは運みたいなもので面白いですね。

岡部:例えばどのような作家ですか。

高橋:村上隆はあまり縁がないですね。買おうとしても他のコレクターの手に渡ってしまったことが度々ありますので。コレクションというのは、自分の好み以外のところで、何か別の力が働いてるような気がします。

岡部:潜在意識のようなものですか。

高橋:というより巡り合わせ。恋愛と同じで一目ぼれしてその後いい面(いい作品)が見えてきて追い求める度に相思相愛の様に重要なコレクションが増えていく場合と、最初はとっつきにくいのに会い続けているうちに少しづつだんだん好きの加速度が増して行く場合。でも後者の場合は最初から好き好きで追い詰めている人の速度が速いから気付いた時には手遅れという事が多い。村上隆は後者のケースでしょう。でもいくつかの作品はありますよ。『ズザザザ』は白石さん(白石正美:白石コンテンポラリーアート代表)から昔の値段で譲ってもらいました。それは縁がありましたね。ただそれだけ惹かれても、何か自分の中に追い詰める執念、気迫のようなものが足りなかったり、どこか自分の中で甘くなっている部分があると(体調が悪かったり、手元不如意であったり)、結果として作品が離れて行くということになります。

岡部:結局、執念がある人に作品をもっていかれるわけですね。

高橋:そういうことでしょうね。だからそれこそ一目ぼれした会田誠や山口晃に関しては執念を持ち続けたいと思います。

高橋龍太郎 photo Aomi Okabe

02 精神科医のコレクター

岡部:作品を購入なさらなかった15年間のブランクは精神的な理由か何かでしょうか。

高橋:そうです。その期間はコレクションどころでなくもう生きることに悩んだ時期でした。

岡部:そのブランクから抜け出したきっかけは?

高橋:たまたま大学の先輩から国際協力事業団のプロジェクトに誘われて、ペルーに半年程行ったのがきっかけです。40歳前後でした。

岡部:御自分が精神的な問題を抱えていたから、かえって患者さんとも共感できる部分があるのでしょうか。

高橋:そのような共感はペルーからの帰国後でした。余裕ができたのでしょうね。

岡部:フランスでは精神科医にコレクターが多いのです。精神の問題に強い関心をもつ医師の場合、精神を背景として制作しているアーティストやアートに対して、やはり普通の視点とは異なる見方をもっていらっしゃるのでしょうか。

高橋:私の友人の日本の精神科医にもコレクターは多いです。広い意味での人間の通常でない心の有り様に興味があるのだと思います。ですからそれが精神科の患者さんの狂気や日常ならざる作品であり、それを分け隔てなく自分の中に取り入れているのではないでしょうか。

岡部:草間彌生さんも御自分で、外界に網がかかったようなイメージが訪れるなど、精神状態が不安定になった体験などを自伝に書かれていますね。

高橋:そうですね。ただ彼女に関しては作品そのものに興味があり、精神的な問題にはあまり興味がありませんでした。もちろん彼女の作品をパラレルアート(アウトサイダー・アート)とは私は見ていませんし、彼女の精神的背景は作品の構成要素のひとつに過ぎないと思います。彼女の本質はアーティストとしての類いまれな資質です。ブランク後、初めて購入した作品が草間彌生の作品で、オオタファインアーツで買いました。

この第3ビルの3階が TAKAHASHI collection, photo Aomi Okabe

03 ビューイングルームの開設

岡部:その後、本格的なコレクションが開始するのですね。

高橋:そうですね。今G9と呼ばれている若いギャラリストのネットワークを意識しています。ギャラリスト同士の紹介の連鎖でどんどん広がって行きましたね。

岡部:月にどれ程ギャラリーの展覧会を見て廻られるのですか。

高橋:毎週土曜日とあとは診療の合間をぬった休み時間、時間があれば出かけます。

岡部:コレクションされた作品は何処かに展示されているのですか。

高橋:いや、ほとんどギャラリーの倉庫にあります。ですから見ることができるのは美術館に貸し出す時になります。それではもったいないと思い、今度神楽坂にビューイングルームを兼ねた倉庫を借ります(2004年4月にオープン)。若いギャラリストを招いて、同じ建物にギャラリーを2店オープンしてもらうことにしました(SQID-YAMAMOTO Galleryと大阪の児玉画廊)。私の場合、2ヶ月に1作家のペースで展示をしようと思います。

岡部:現在、作品は何点くらいお持ちですか。

高橋:具体的な数字はわかりませんが二・三百点はあると思います。

岡部:以前『マイアート コレクターの現代美術史』(スカイドア)という本を共著で出したのですが、コレクターの中には、御夫婦の場合、パートナーの判断が必要という方もいました。購入の判断はすべて御自分でされるのですか。

高橋:はい、すべて私1人でします。家族は関係ないですね。

岡部: :御家庭ではどのような作品を飾っているのでしょう。

高橋:家では誰でもが気に入るようなニュートラルな作品を飾っています。ほとんどの作品は倉庫に眠っていますし、コレクション自体鑑賞するのにエネルギーを要する作品が多いので、展示場所は限られてきます。

患者さんが訪れた高橋医師を待つ学生たち photo Aomi Okabe

04 ヒーリングという概念が嘘っぽい

高橋:仕事場にある作品の場合、患者さんはどのような反応を示されますか。

岡部:比較的柔らかいテイストの作品を置くようにしていますが、それでも心理的な影響がある患者さんは多いですね。残念ながら私のコレクションには、ヒーリングアートのような患者さんの癒しのための作品はないので、そのような反応は予想された事ですが。

高橋:気になさる患者さんがおられた場合、その患者さんに作品やコレクションの説明はされるのですか。

岡部:いや、しません。私のコレクションは、私のキャラクターと治療と一体と思っていますから。

岡部:それでは現在行われているヒーリングアートのようなアートでの治癒、アートと医療との関係には関心はおもちではないのでしょうか。

高橋:全くないですね。病院で仮に落ち着いたとしても実社会に出れば現実は山のようにあるし、そもそもヒーリングという概念自体が嘘っぽい。

岡部:最近はアーティストからのアプローチなどでも、病院や老人ホームで作品が作られていますよね。

高橋:アーティストの判断でそのような活動をするのは構いませんが、本当に患者さんの生々しい現実をふまえた上でしてもらわなくては困ります。

岡部:軽率にかかわったら、お互いにとってよくない結果になるかもしれないリスクがありますね。

高橋:極論を言えばそうですね。なにかのために制作してあげるというつもりで関わったら作家自体も火傷するんじゃないかな。

05 時代を買う

岡部:購入に際しては、作品のインパクトで決められるのですか。

高橋:そうですね。その作家なりの強いものが出てる作品に凄く惹かれる。

岡部:現代美術や日本画などのジャンルにはこだわりはありますか。

高橋:全くありません。自分になにかインパクトがあれば。例えば岡村桂三郎という日本画の作家がいるのですが、その人の初期の作品をたまたま持っていましたが、その十年後全く違う作風に変貌していて、作品の持っているエネルギーに打たれてコレクションしました。もう現在の彼は、日本画家としてくくれないと思います。

岡部:ジャンルや表現形態関係なしに、インパクトがある作品に興味があるのですね。

高橋:そうです。ビデオアートだけはなかなか入っていけないことがありますけど。映像芸術なのに、なぜわざわざエディションを付けて売るのかわかりません。作家の生活を考慮すれば致し方ないのかもしれないけど、経済の仕組みが作り上げたシステムにしか過ぎない気がする。

岡部:基本的には一回性のオーラに惹かれるのですね。

高橋:わがままと言われるかもしれないけど、それ故にこだわってアートを購入していると思います。

学生:作品購入の際、コレクターと売り手であるギャラリストとの関係が浮上しますが、私はその関係が信頼の上に成り立ってると思います。コレクターによって様々な購入方法があると思いますが、高橋さんはその関係をどのようにお考えですか。

高橋:私の場合は、大袈裟に言うと「時代を買う」ということをしているつもりです。若い作家が才能を延ばし、日本の美術市場はいい状態にあると思う。ただ現実には今は美術館がコレクションできない状態で、海外に多くの作品が流出してしまっている。その不幸な状況で、日本の若手作家の作品を初期のものくらいは日本に残したくてコレクションしています。日本のアートが世界に評価されることが最終的な目標みたいなところがある。そういう意味でギャラリストの存在は欠かせません。幸い私の周辺にはいい感性のギャラリストが多いし、この十年の、リーズナブルな値段で若手作家を育て、コレクターに流通させ、しかもそのまま欧米と等しく直結できるという風通しのいいシステムは、日本美術史上では初めてではないかと思います。

06 演歌コレクター

岡部:イギリスのサーチコレクションなどはコレクションの回転が早く、作品の売買が盛んです。高橋さんのコレクションの中で、購入時のインパクトと現在の熱との落差がもし出てきた場合、作品は売ってしまわれるのでしょうか。

高橋:いや、コレクションを初めてまだ7年程ですし情熱が失せて売ろうと思った作品はありません。人間は思い出の動物だから、その時の思い出を手許に置いておきたいのではないでしょうか。ただサーチコレクションのようなやり方が本当のコレクターならば、私はアマチュアです。過去の様々なことを引きずる演歌のようなコレクターですから。

岡部:アーティストにとっては幸せですね。コレクションに際して高橋さんは作家にまず会われるのですか。コレクターによっては作家にかならず会ってから購入する、会わないと購入しないという方もいます。

高橋:作家に会うとかえって気を使ってしまいますので、最初に作家と話をするということはありません。ただ私の場合、1回きりのコレクションで終わっている作家はほとんどいないので、最初は会わなくても2回目以降に話し込むことはあります。

岡部:欧米のコレクターには作家を招待してホームパーティーを開く人が多いです。

高橋:私も以前よくしましたが、作家によってはそのような環境に馴染めない人もいるので作家に悪い気もします。

07 アートは世界と自分をパワフルにする

学生:コレクター同士での交流や情報交換はなさっているのですか。

高橋:もちろんあります。我々の情報交換は、各々のコレクションが成立した上での話なので、互いに秘密な部分もあったり、助け合ったり、微妙な世界です。

学生:この先コレクションしていきたい作家はいますか。

高橋:野田幸江、さわひらき、工藤麻紀子の3人は抜きん出ていると見ます。ジェンダーは関係ないけど、最近の元気な作家は女性のほうが圧倒的に多いですね。男性作家は最近頭を使い過ぎていて手がおろそかになっている気がします。「アートは手と頭」と思っているのでひたすら手を使いまくっている女性作家(できやよい、加藤美佳、鴻池朋子など)に惹かれます。ここ2、3年のコレクションは7割くらいが女性の作品で占められています。

岡部:今後も日本の作家が中心のコレクションになりそうですか。

高橋:そのためのコレクションと思っています。アートには世界と自分をパワフルにする力があると思うし、精神科医として見ていると、最近の若者は自分で自分を弱めて苦しんでいるところがある。そんな若者は日本の現代アートに是非直接触れて何かをつかんで欲しい。日本の若者の繊細な感覚は、アートにすごく向いているとも思うので、皆賑々しくやってもらいたいですね。

岡部:本日はありがとうございました。
(テープ起こし:渡辺隆司)


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