イントロダクション
東武伊勢崎線の東向島駅には東武の交通博物館がある。蒸気機関車の車輪などをチンチン、ポッポーという音とともに動かすイベントもあって、懐かしい子供時代に戻れる。現代美術製作所はそこから出て、線路沿いにわりとのんびりムードの墨田区の商店街を少し歩き、左折したあたりの八百屋さんをぐるりと回ったところにある旧町工場。
はじめて訪れて驚いたのは、ご近所の人たちがみんなよく知っていて、うれしそうに、得意そうに教えてくれたこと。「これはちょっといいかも」というワクワク予感。地元にあった祖父の代からの工場を改修したという場の強み。でも下町というべったり長屋ふうの考えとはまったく違う。3代目のスマートな距離感が、地域に新風を吹き込む活動力の秘訣のようだ。
ディレクターの曽我高明氏はどちらかというとアーティスト肌。しっかりものの妹さんがそんな愛すべき兄貴をもてあましつつも、陰となり日向となってアドミニストレーションの技を駆使する。うらやましいほどのほほえましいご兄妹だなっと思った。この場所の魅力は、お二人のおっとりした人柄が、土地のリズムに溶け込んでいるところだろう。だからゆるやかに発展し浸透してきた。
アーティストのオスカール大岩幸男氏との偶然の出会で物語ははじまる。ブラジル生まれのオスカールさんの魅力も芯が超しっかりしているのにおっとりしているところだ。共鳴するのもうなずける。現代美術製作所のスペースは、オスカールさんのアイデアで、きれいにしすぎないミニマルな改修で工場の面影を保っている。ユニークなオルタナティヴ・スペースのコンセプトも、オスカールさんとの共作。壁面がホワイトキューブとして起立せず、むしろ外部に解けていくようなソフトさが、なんともいえない特徴である。
最近は海外のアーティストのためのレジデンスも手がけている。向島界隈には、他にもアーティスト・イン・レジデンスが点在し、残された古い木造家屋に多くのアーティストやクリエーターが住み始め、自然発生的にアートコミュニティが生成した。そのきっかけを作った現代美術製作所の功績は、メセナとして、つねにアーティストとともにあろうとする曽我兄妹の稀有な意志とともに、東京の誇るべき文化芸術資産だといわねばならない。
(岡部あおみ)