culture power
artist 岩井成昭/Iwai Shigeaki
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Copyright © Aomi Okabe and all the Participants
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©岡部あおみ & インタヴュー参加者
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講義 地域とアート(岩井成昭氏講義)

岩井成昭×岡部あおみ

日時:2010年4月22日
場所:武蔵野美術大学
参加者:現代アート研究受講生 3年


岡部あおみ:今日は先週のオリエンテーションの後の最初の授業になります。今年の地域とアートのテーマで、ゲスト講師としてぜひお招きしたいと思っていた岩井成昭氏のレクチャーを開催致します。岩井さんはこれまで展覧会やイベントが開催されるさまざまな地域で、その場所やコミュニティに特有な思い出や課題を掘り起こして、コミュニケーションを中心とする興味深いプロジェクトを行い、それをインスタレーションのようなヴィジュアルな形態へと落とし込む表現を手掛けてきました。2002年に北海道の帯広にある特殊なばんえい競馬を行う場で「とかち国際現代アート展デメーテル」が行われたとき、岩井さんは厩舎を真っ暗にして地元の人に雪について語ってもらった声とボタン雪が降っているような光をインスタレーションする『雪のウポポ』を出品されていて、とても印象深い作品として記憶に残っています。きょうはこれまでの活動の背景やプロセスなどについてお話を伺えればと思います。

岩井成昭:私は1990年から美術家として活動を始めました。実は幼少期の数年間、この小平市で過ごしていたので、‘ムサビ’にはとても親しみを持っており、こうして学内でお話するのは初めてですが、とても楽しみにして参りました。私の活動はコミュニティに関わるものが中心です。今日はいくつかの実践を「作り手の視点」から紹介したいと思います。

01 フェイクがリアルになるとき

「フェイクがリアルになるとき」・・・これは特定の地域やコミュニティに働きかける際、私自身が用いる制作手法の一つです。「フェイク」、つまり偽物をある地域に持ち込み、そしてその偽物をあたかも実在するかのように、地域に役立つ対象に違いないという前提で活動を進めます。それは「フェイク」という仕掛けを手がかりとして、その地域の持つ潜在的な事実を掘り起こすためです。活動を進めるにつれ「フェイク」はリアリティを帯びてきて、やがて地域に受け入れられることもあります。「フェイク」が地域の中で反応して変容していくわけです。 私は初めに対象地域を調査して、そこで行なうべきテーマを探し出します。そして、そのテーマはどんな方法で表現されるのが最適なのだろうか?と考えながら、最終的な素材やメディアを選択します。その結果として、プロジェクトごとに別のメディアを用いることになります。もちろんこれは私オリジナルな手法ではありませんが、地域への取り組みに関して多様なジャンルから影響を受けている事と関係はありそうです。ごく初期に、意外な方法で「地域」という対象に気づかせてくれたのが、『F For Fake(邦題:オーソン・ウェルズのフェイク)』という映画でした。『市民ケーン』という映画史に残る作品を撮ったオーソン・ウェルズ監督の晩年の、劇場用映画としては最後の作品です。そのオープニングシーンを、観て頂きたいと思います。
*『F for Fake 』(1975) のオープニングシーン約3分間。

このシーンは、地域へのインターヴェンション(介入)の鮮やかな一例です。ウェルズは魅力的な女性モデルにローマの街中を無防備に歩かせました。彼女を見た住人達のさまざまリアクションが隠し撮りされており、その映像はこの土地の体質を雄弁に物語っています。ピカソに「芸術は、真実を知るための嘘である」という有名な言葉がありますが、その名言がこの映画の基本コンセプトです。ここから、「アーティストは嘘を媒体とすることで、真実を語ることができる。」という解釈をひねり出しているのです。提供された嘘を通して初めて見えてくるものや輝く現実があるのです。
それでは、地域に「フェイク」を仕掛けるというのはどういうことかを考えてみましょう。 数年前から国内各地で、アートによって新たな人々のつながりを作り出すとか、地域遺産を探し出して街の活性化に繋げたいという要望が生まれています。そのようなプロジェクトにアーティストが従事するケースが増えていますね。その際、アーティストと対象地域が、それぞれ持っている文化背景のギャップが明白な場合は問題がないと言えます。差異に満ちた環境から、興味深いモチーフを探し出すのは容易だからです。つまり、カルチャー・ショックとまで言えなくとも、その土地・地域がアーティストにとって新鮮であればあるほど、テーマはスムースに見つかるということです。しかし、実際はアーティストも一般の多くの都市生活者と同じ環境に暮らしていることが多く、近年はそのような地域こそがアートを必要とする傾向が強まっています。そのため、アーティスト自身と対象地域の文化的なギャップからテーマを見出すことは難しくなりつつあると思います。(ただし、毎回同一のフォーマットで地域に臨むことで成果をあげるやり方もあります。しかしこれは私の手法ではないので今回は言及しません)


オーソン・ウェルズ「F for Fake」(1974) オープニング・シーンより

02 フェイクの姉妹都市協定――――差異を顕在化させるために

プロジェクトを始めるとき、仮にその主題を文化的差異に求めるとします。しかし対象地域とアーティスト自身の持つ文化的背景に差異が見出せない場合は、「別の比較対象をつくる」という基本的な対処法があります。茨城県の守谷市に、ARCUS(アーカス)というアーティスト・イン・レジデンスがあります。一昔前ですが、私が招聘されたとき、守谷町(現在は市)と小平市を「姉妹都市」にしよう、というプロジェクトを提案しました。この二地域を姉妹都市にする意義については後で触れますが、ともあれアーティストが一人でプロジェクトを開始するわけですから、当然行政がそれを望んでいるわけではありません。それでも、お互いの市長と町長に会見して姉妹都市協定を提案しました。市長も町長も簡単には受け入れてくれませんが、他にもいろいろな手段で、姉妹都市の必要性や、そこで行政側や市民がどんな反応をするかをリサーチします。最終的には私が仲介者となって、市長・町長お互いから締結の(フェイク)握手をとりつけて姉妹都市になったことにします。二つの地域=郊外のベッドタウンが持つ風景は率直なところほとんど同じに見えます。しかし、だからこそ二つの地域を強引に結びつけて‘比較すること’でしか見えてこないものがあるのです。このプロジェクトは潜在的な住民の意識や微妙な生活感覚(例えば新旧のベットタウンに見られる年齢層の推移、高齢化に伴う税金問題、等)をインタヴューや映像、そしてプロモーション・イベントなどを通して顕在化させることができました。


アーティストが関係締結への媒体となる

03 『ガイドポスト広島』――――「爆心地からの距離」という空間概念

「姉妹都市」が行なわれたのは典型的な新興住宅地であり、比較対象が必要なほど地域の「色」が見えにくいケースだったわけですが、対照的にあらかじめ「強い色」を帯びた地域を対象にしたケースをお話します。 7年前に広島に招かれて公共作品を制作する機会を得ました。そこで関係者の中から聞こえてきたのは、広島が持つ「被爆」や「反核」というステレオタイプにとりくむ難しさでした。旅行者は無意識にバイアスのかかった視線で広島という都市を見てしまいますが、実際の市民は(当然のことながら)誰とも変わらぬ日々の生活を淡々と送っています。私は市内で幅広い職業・年齢の市民を訪ねてインタヴューをはじめ、特に個人と町の関係を聞き出そうと努力しました。そこから得られた情報を、私自身が旅行者として得た発見と融合させました。ご存知の方も多いかと思いますが、広島の街を歩くと路上に多くの碑があります。そこには被爆直後の現場写真がはめ込まれていて、そこから見える風景の被害と復興プロセスが解説されています。また、その碑には必ず爆心地からの距離が示されていますが、これは戦争体験を持つ方の話の中で必ず言及されるポイントです。また、この距離の感覚は学校教育の中でも扱われています。市民の方々にとって、この距離が作り出す空間概念は重要な意味を持っていることに気づきました。そして、現代においても多くの広島市民の方々は、爆心地を中心とした同心円の空間概念が存在しているのではないか?という仮説の元に、『ガイドポスト広島』という公共作品を制作しました。ごらんのように、現代の市井の臣の生活のディテール写真のうえに爆心地からの距離が記されています。この矢印が示す方向と距離には実際のこの光景が存在します。被爆の直接的な連想を回避しつつ、市民の潜在的な空間概念を用いて、かけがえのない個々人の日常を旅する「ガイドポスト」です。通常のガイドポストは、旅行者などの外部者に向けて地元サイドが制作します。しかし、本作品では外部者である私が、地元の方々に向けて制作したわけです。この点が「フェイク」たるゆえんであり、制作動機に逆転がみられます。


「ガイドポスト広島」(03) 市内に4体設置されたひとつ

04 地域に対する多様な視線を育てる――――ツーリスト・インフォメーションをつくる

次は練馬区・光が丘団地内にある小学校で実施したワークショップのケース。6年生が対象です。この学校では通学する生徒のほとんどが大規模団地に住んでいます。つまり、子どもたちの住環境はほぼ同一で画一化された生活スタイルを共有しています。先生方曰く、子どもたちは地域の環境の積極的な評価をためらう傾向があるそうです。私は、自分自身がこの地域に好奇心を持った旅行者として、数日間町を歩き調査した結果を子ども達に見せました。独自の感覚で面白いと思ったものを追究することで、クリエイティブな感覚を子供達の中に宿したいと考えました。 団地内のバス停に並んだ椅子が個性豊かで椅子の博物館みたいだと、と面白がってみたわけですが、これが一番ウケました。この地域は、例外なくどのバスの停にも住民たちが不要になった椅子を提供しているので、まるで椅子の見本市みたいなのです。住人の私生活が公共の場に染み出てきた感じもします。その面白さを子ども達と共有しました。子どもたちにしてみれば、彼らの「なわばり」内から、私が短時間で意外な面白さを見つけたことが悔しかったようです。それがきっかけになって、身の回りからもっと面白いものを自分たちの価値観で探し出してみようということになり、学校の中にツーリスト・インフォメーション・センターを作る計画が立ち上がりました。もちろん観光地ではない団地内にそのような施設は必要ありませんが、そこが「フェイク」的な発想なのです。オープンしたセンターでは、地域の住民に子どもたち独自の観光ポイントを知ってもらう狙いがあります。一方で、外部からの客人はこの地域でしてみたい事や条件を子ども達に伝えます。すると、子ども達はたくさんの面白いポイントの候補からそれぞれの客人の要望に相応しい場所を選び出しガイドしてくれます。ここでもある種の「フェイク」が活動を続ける中で具体的な意味を帯びた結果、「リアリティ」を獲得していたと思います。


地域の事前リサーチ「バス停の椅子」


「光が丘ツーリスト・インフォメーション・センター」(06)

05 ――――異なる文化の小さな交流モデル

フェイク的手法と若干離れますが、海外のケースも紹介します。2003年に開始してから現在まで断続的に実施しているプロジェクトです。大都市の中で移民や海外からの就労者が多い地域に入り、そこで暮らす移民家族とのコラボレーションで、これはデンマーク第二の都市、オーフスにおける例です。協力者の家族には中古家具を一つだけ提供してもらいます。その家具のデザインや機能をお互いに意見交換しながら一新させ、別の価値を持った家具にリノベーションするのです。そのプロセスにおいて、私は日本人としての文化センスを主張し、相手の家族は独自の文化センスで対抗してきます。そこからいかに接点を見出すのかがこのプロジェクトの肝です。ペイントする色を一色選ぶにしても、「赤」の持つ象徴性は東洋とヨーロッパ、イスラム圏では異なりますよね?そんな行為を積み上げることで、小さな国際交流のモデルをつくりだすわけです。 これは、カリブ海のトリニダード・トバゴから移民している家族とのコラボレーション。娘さんが座っているボロボロの椅子をラスタカラーでパーカッションにもなる、多機能なアームチェアに変貌させました。もちろん、加工や塗装作業は私が行ないます。 一旦作業を始めると文化の差がさまざまに顕在化してきます。こちらは別の家族、レバノンからの移民です。長女の古い化粧台が提供されました。さて、色や装飾を変えようという段階になり、この家の物静かな母親に、私が持参した日本の伝統的な文様辞典を見せました。ほどなく彼女は「これが使いたい」と、正倉院の工芸品に見られる模様を選び出しました。それは「パルメット」という唐草模様の原型なのですが、5〜6世紀ごろ古代オリエントから伝わって変化したものです。私ではほとんど差の分からない膨大な和文様のサンプル集から、家族のルーツにつながる中東原産の模様を直感で選び出した事に、私はとても感激しました。 こうして、生まれ変わった家具は、交流と交渉の成果であり、プロセス上多くの摩擦や矛盾、妥協が含まれています。短期間ギャラリーでドキュメントと共に展示された後は持ち主の家族に返却され、この小さな文化交流の痕跡は、それぞれ家族の日常に還っていきます。


移民家族とのコラボレーション「Renovation with a Stranger」(03〜継続中)

06 イメージの共有で生まれるつながり

現在、我々が最も必要としているものは、人々とリスクを回避しつつも信頼してつながれる関係であり、またそうして生まれる共同体ではないでしょうか。そこで、新しい関係性の一つとして提案したいのが、アートを介在させたもう一つのコミュニティ形成です。2006年に開始、2008年からに一般公開されている、「幣(ぬさ)のフィールド」というプロジェクトを」紹介します。全国の人々と陶土による粘土細工のワークショップを実施します。小中学生、大学生、家族連れ、お年寄りの集まりやサークルに陶土を提供して、“千年先に自身が残したいモノ”を自由に制作するというワークショップを続けています。陶土の造形物は真っ白な陶器に焼成され、北海道清水町にある「十勝千年の森」に運びます。森の中には造成した敷地があり、そこにワークショップ参加者の陶作品を敷き詰めて、真っ白いフィールドをつくろうという計画です。現在も継続中です。 プロジェクトのタイトル「幣のフィールド」は、ジグラット状の盛土上部のスクエアな平面に表れます。その中央には「ミズナラ」というこの地方の生態系に欠かせない樹が植えられています。この樹はランドマークとして生長しながら根元に広がる無数の陶によるフィールドを見守ります。千年先の想いを込めた自分の陶が、手元を離れてどこかで同じ行為をした人たちと共に同じ場所に集積され、千年先までその場所で息づくこと、この状態を想像することがとても大切です。想像することによって見知らぬ共同製作者と長いスパンで繋がることができるのではないか?それを想像することで、個々の日常をゆるやかに拡張させることができるのではないか?皆さんから集めた「想い」を新たなコミュニティとしてイマジネーションの中に創り上げる。そんなプロジェクトです。


「幣(ぬさ)のフィールド」(08〜継続中)

07 ―――――――偽者から本物へ

最後は、地域介入のケースです。このプロジェクトはバンコクで実施し、最終的に映像作品にまとめました。プロジェクトのタイトルは『Kiku Sadud Rak』というタイ語で「無垢な躓く恋」という意味です。最初に「フェイク」の映画ポスターを製作します(この映画のタイトルがプロジェクト名です)。多分にキッチュなポスターからはクセのある主人公たちの顔と、「近日公開」、「実話に基づく」、「日本とタイの合作映画」など、多くのニセ情報が満載です。そんな存在しない映画をもとにして地元の人々にインタヴューします。どんな内容の映画なのか?見たいと思うか?キャラクターのタイプは?といった質問です。バンコクの市民は気さくで人懐っこい方が多く、面白い意見をたくさん聞かせてくれます。そこには彼らが考える日本とタイの関係、日本人旅行者や日本文化に対する想い、そんな彼らの本音が想像のストーリーの中に滲み出てきます。それをすくい上げるのが目的です。例えば、ダイレクトに「日本人ってどう見えますか?」とか、「二国間の関係性は?」などと彼らに質問しても、正直な答えは望めないでしょう。しかし、ポスターというツールを使うことによって、彼らの潜在的な意見が引き出せたと思います。それらを編集していくことで、当初はフェイクだった映画に実体を加えていきます。最終的に200人近い方々のインタヴューから、作為的に選んだ部分だけをモンタージュして物語をつくりました。完成作品は劇場で公開もしています。通常映画は作品完成後にプロモーションとしてポスターを作りますが、今回はポスターを作り、そしてその印象から実体を後付けしていくという逆のプロセスです。まさに、フェイクが次第に実体を持っていくプロセスと平行して、コミュニティ像が浮かびあがる試みなのです。 以上、地域にアプローチした実践を紹介してみました。それぞれ用いたメディアが全く違うのは、冒頭に説明したように、地域独特の条件に対して柔軟に取り組み、効果的な手法を選び出そうとした結果です。 わずかでも皆さんの活動への参考になると嬉しいです。ご清聴ありがとうございました。


フェイク映画のポスター「Kiku Sadud Rak」(05)


ポスターについて話すバンコク市民

08 インタヴュー

岡部あおみ:では質問の時間をとらせていただきたいと思います。岩井さんは音響関係、音楽のプロでもあると思うんですけど…。

岩井成昭:初期には音響作品をたくさん制作しましたが、最近はあまり手がけていません。こと音楽に関して言えは・・・プロなんでしょうか?良く分かりません(笑)

岡部:あ、プロじゃないんですか(笑)岩井さん自身は何がきっかけで、コミュニティアートの領域に入っていかれたのでしょう。やはり従来の絵画や彫刻のように市場と強い関係をもっている従来の作品概念を変えたいという欲求が強かったのでしょうか?

岩井:大学の専攻は油画で、当時の多くの学生と同じくフォーマリズムに感化されたタイプです。しかし、ほどなく疑問が湧いてきました。最初は絵画の素材や技法に対しての必然性に対するものでした。西洋の気候風土と歴史が育んだ油絵具が、近代以降日本に移植される必然性とは何か?そして、その対抗手段として編纂された日本画はどうなのか?興味深い問題ですが、当時はもっと現代の生活者としてリアルな素材を探したいと思いました。そして、なるべく物質化しない「音響」を素材にしようと思いつきました。そのうちにコンセンプチュアルな考え方に触れ、当時まだ新しい概念だった「サイト・スペシフィック」に至ります。これはもともと場所や空間の特性に限定された要素だったのですが、やがて「サイト」が多様な意味を孕むようになってきた。ここで私の制作上の問題意識がシンクロしたように思います。要するに、土地の記憶、歴史、環境、住人たちが形成しているコミュニティの構造、宗教や思想まで、そういうものが全部サイト・スペシフィックの枠組みの中に入ってきたのです。私の初期作品であるサウンド・インスタレーションは、あちこちで採集したノイズをギャラリー空間内で再構成するという作品でしたが、今振り返れば、私が知りたかったコミュニティやサイトのモデルを音響で作り出していたともいえる。したがって、ご質問に戻らせていただくと、従来のシステムを変えたいという意図もありましたが、むしろ個人的な問題意識に答えたいという欲求の方が強かったと思います。

岡部:先ほど6年間小平で生活されていて、今でも小平に実家があると伺いました。今回、学生たちと「地域とアート」というテーマでプロジェクトを実践する予定なのですが、コミュニティアートに足を踏み出すときに、何かヒントをプロのアーティストからいただければ助かります。地域の範囲は、小平市、この大学のなるべく近辺で鷹の台や、あるいは国分寺まで範囲を広げてもいいかとは思っているのですが。小平をテーマにするなら、抽象的でも、この辺をおさえる必要があるといった要点などがありましたら。

岩井:それがそのまま今の私自身の課題でもあるのです。実は近々、隣の小金井市でも地域プロジェクトに関わる予定です。しかし、この地域について馴染み深く、漠然と理解しているような気もするのに本当のところが見えない。つまり、先ほどお話したように、隣接した場所で暮らした体験が差異を対象化することを妨げているのです。皆さんと同じように、現在私もプロジェクトの切り口を探しています。しかし結局は、先ほど説明してきた「フェイク」の手法を用いることになるでしょう。私の学生時代からコンプレックスは、自分が「首都圏ジプシー」だということで、これは「近郊転勤族」という意味なんですが(笑)。限定されエリア内を転々として来ました。そこで過ごした郊外の住宅地というのは画一的です。極端な都会でもないが自然が豊かなわけでもない。似たような建売住宅と集合住宅とスーパーマーケット。そんな無味乾燥な環境が私の原風景なのですが、しかしこの感覚は今多くの日本人と共有できるでしょう。この原風景を思い切って「フェイク」ととらえ、そこから「リアル」な自身の居場所を創造していきたい、というのが私のモチベーションの一つです。ゴールは見えてこない、この先まだまだ続いていく…そんな感じですね。

岡部:レクチャーで初めて知ったことも含めて、すごく面白いプロジェクトを沢山手掛けていますね。とくに最初の方で話して頂いた、「フェイク」を重要な手法としているという点が、岩井さんのプロジェクトに通底する方法論だとよく分かりました。こうしてお会いしてゆっくり話を聞かせていただいて初めて分かることでもあり、各プロジェクトは多様で違うアプローチに見えてしまいがちですが、それがひとつのコンセプトで連関しているのがとても面白いと感じました。さて、岩井さんのお話の中でこうした地域プロジェクトを実践するなかでもっとも重要だと考えられているのは、参加者や子ども達がクリエイティブになること、つまりこれまでとは違った見方をしたり積極的に何かを発見するようになり、ものを考えたりしてクリエイティブに人と人、人ともの、地域へとつながっていくことが、その人自身だけではなく、周囲あるいは地域の豊かさにもなっていくということですよね。アーティストが地域や社会に何かをもたらせられるとしたら、それはご自分と同じように、みんながクリエイティブになっていくことが一番重要でしょうか。面白い作品を作って提供することも、豊かさにつながる何かだと思うのですが…。

岩井:一言に豊かさと言ってしまうと、私はアーティストがそれを保障するようなことはできないと思っています。しかし、結果として自身の活動が社会に貢献できるならそんな素晴らしいことはありません。しかし、一方ではアーティストはソーシャルワーカーとはスタンスが違います。誤解を恐れずに言えば、地域に貢献することがアートの目的ではない。もちろんそれは私個人の見解ですから、それを目的にした活動を否定するものではありません。ただ、今アートはそこ(地域に対するサービス)に偏りがちではないでしょうか?だから私が「フェイク」という言葉をあえて使うのも、一種のいかがわしさや毒のようなものをある程度保証しておきたいからです。この「フェイク」の定義をある側面でみると、子供の遊びの「〜ごっこ」に適応するように思われる方もいるかもしれませんが、それは違います。「ごっこ」のように将来に対処するための模倣ではなく、矛盾や批判もメインディッシュに混ぜて(騙して)提供してしまえる方法としての「フェイク」なのです。 そんなことも含めて、アーティストが試みる違った角度からモノを観ることに必要な体力とその大切さを、プロジェクトに関わった方々と共有できたら素晴らしいと思っています。

岡部:そうですね、現場で作りあげるこうしたプロジェクトは相当体力がないとできませんよね。

岩井:実際の体力に加えて、地域に問題が起こったときに、「こういう違う考え方もできる、違うアングルからこの地域を見ることができる」と思考するための体力もいりますよね。

岡部:ここにいる全員(現代アート研究の授業履修生)が今年は様々な形で地域に関わる予定ですけど、学生からのほうから何か質問があれば。

学生:ムサビ生としての質問なのですが。光が丘の話をされたときに、現地の人々がつまらないと思っている場所から、面白いものを探し出すということに、すごく興味を持ちました。私も3年にもなると、大分マンネリ感を感じていて、この環境が、当たり前のようになってしまっているんです。そこで、この大学にいらして、何か他大学と違うと思ったことがあったら教えてください。学生の印象とかでも、何でも構いません。

岩井:私にとって、ここは大学らしい大学ですね。学生も多く、施設もしっかりしていて、キャンパスも華やかな雰囲気がすごくあって羨ましいです。まずそれが第一印象です。 ・・・本日、実は皆さんに待ち帰って頂こうと思いカタログを持ってきました。以前、「おみくじプロジェクト」というのをやりました。一般の人たちに小説や映画、座右の銘などから好きな言葉を提供してもらい、そこから‘現代人による現代人のための啓示’のような感じでおみくじを作りました。カタログからその内容も楽しんで頂きたいのですが、特に私が地域滞在型アートについて書いた、「果たされなかったコミュニケーション〜トレーシーの手記から〜」という題名のエッセイを皆さんにぜひ読んで頂きたいのです。豪州で行った地域プロジェクトにおける失敗例を取上げています。地域に入ると起こりうる問題として参考にして頂ければ幸いです。

岡部:おみくじプロジェクトのこんなに良いカタログを頂いて、とても参考になると思います。今日はどうもありがとうございました。
(テープ起こし担当:キム・ジヨン、上原正久、神谷悠季、高梨千恵、土居杏、中津寿里)