Cultre Power
artist 大岩オスカール/Oscar Oiwa
contents

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Copyright © Aomi Okabe and all the Participants
© Musashino Art University, Department of Arts Policy and Management
ALL RIGHTS RESERVED.
©岡部あおみ & インタヴュー参加者
©武蔵野美術大学芸術文化学科
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インタヴュー

大岩オスカール×岡部あおみ

日時:2006年7月23日
場所:ニューヨークのクイーンズ、大岩オスカール氏のアトリエ

01 渡米へのきっかけと生活

岡部あおみ:大岩さんはニューヨークに来て何年目ですか?

大岩オスカール:来たのはちょうど2002年の6月25日で、あと数日で4歳のNY誕生日かな。

岡部:(笑)日本には何年いたのでしたっけ。

大岩:日本には11年間、1991年から2002年。96年にイギリスに10ヶ月いたから本当に住んでたのは合計10年ぐらい。

岡部: 10年ぐらい経った時に、日本だけではなくて国際的に活躍したいと思ってこちらに来ることにしたの? ACCで奨学金をもらったのがきっかけですか。

大岩:きっかけはACCの奨学金が半年間とサイモングッゲンハイムフェローシップというのを一年間もらって合計一年半いられたからですが、来てすぐアトリエを借りたり、イミグレーション関係のペーパーの手続きをやり始めて、奨学金が終わっても滞在することが出来たんですね。奨学金で来る人の一番の悩みはビザの取得と、どうやって生活していくかです。僕はやっと4年目でアメリカで作品が売れ始めてるけど、地元の人とやっていくには3、4年は掛かります。2006年の9月か10月にアリゾナ州立大学アートミュージアムで最初の大きい展覧会が入っていたり、来年2月にチェルシーのP.P.O.Wっていう25thストリートで個展を開いたりして、徐々にコレクターもこのアトリエを出入りするようになったけど、やっぱり時間が掛かる。日本にはじめて行った時も、状況がわかるのに5年掛かった。

岡部:そういう意味では日本よりは早いかもしれませんね。

大岩:良くて3、4年と最初から思っていても、時間は掛かるし、その間に作品を毎日地味に作っていかねばならない。長年いた日本とブラジルの感覚があるから、NYの物価がすごく高いのが、つらいかったですね。今ではそれほどは感じなくなったけど。

岡部:年齢的にもまだ若いのに、絵を売るだけで、一応経済的には生活できる形になったというだけでもすごいですよ。普通なかなか作品だけで生活するのは難しい。41歳でしたっけ。

大岩:今は40。コツは良いものを多数作ること。僕は大きいものを作るのが好きだし、もちろん買う人も限られてくるけど、大きい作品の方が当然お金が動く。今は3枚ぐらい大きいのが売れれば一年間生活できます。でも売り方もいろいろで、画廊が入ったり、大きさにもよりますね。

岡部:この大きさだと一点どのくらいで売れるのかしら。

大岩:パネル3枚で1セットにして描くことが多いけど、これは4枚なので、全部でだいたい5万ドルぐらい。600万円。大体そこから2割ぐらいディスカウントして、場合によって画廊が入ったらもう少し安くなる。うちは子どもがいるので、お金が掛かるけど、でもあんまりそうやって考えると何にも出来なくなる。

Studio building, Long Islan City New York
©Oscar Oiwa

クイーンズのスタジオ風景
photo Okabe Aomi

02 美術館から広がる関係

岡部:今度チェルシーのP.P.O.W.で個展をなさるのだけど、P.P.O.W.の人とのコンタクトはどういうきっかけだったのですか?

大岩:NYは世界中のアーティストが来たりするので世界中の情報があります。ここだけでも10万人アーティストがいると言われているから、競争が大変。コマーシャル的に動いてる画廊が例えば200軒あるとすれば、200軒が10回個展すると2000人ぐらいの展覧会をする枠はあるけど、10万人の内の2000人しかできないわけでしょ。更にその先に行くのは厳しかったりする。もちろん紹介されて、いろんな画廊で話したり、アトリエを見に来たりする人もいるけど、そこから個展開催などの具体的な話になるまでには時間が掛かる。すぐにコレクターは付いてこない。ある知り合いのMoMAのキュレーターが、P.P.O.W.画廊の人と知りあいで、仕事し始めたサンパウロの画廊とも知りあいだったという関係が大きいですね。

岡部:サンパウロの人がトーマス・コーンさんというギャラリストでしたよね。

大岩:彼と仕事し始めてブラジルの画廊に作品を置かしてもらっていたつながりで、アリゾナの大学のディレクターともかかわりができたというわけ。

岡部:そのアリゾナ州立大学の美術館は、ラテン・アメリカのコレクションをしていると聞きました。そうしたコレクションはまだ珍しいでしょう。

大岩:ただあまりにもいつも同じアーティストをコレクションしているので、ちょっと違う人が良いと選ばれたらしい。そこのディレクターが顧問をしている美術館のトラステイィ(理事)をしているコレクターとも友達になったし。

岡部:美術館との関わりが生まれると信頼関係が出来るから、ネットワークがスムーズに運ぶというメリットがあり、美術館はやはり大事ですね。その美術館のトラスティの人たちはラテン・アメリカ美術に詳しいだろうし、そこで判断してくれて、興味がある人がコンタクトしてくれるというオーソドックスな良いルートができたわけですね。それで少しずつ人脈が広がっていったということですね。

03 世界と繋がるNYのアート界

大岩:NY最大のアートフェア、アーモリーショウの時期には、PULSEというフェアやSCOPE、DiVAというビデオ系のアートフェア、またカリフォルニア方面の画廊のフェアなど、5、6個同時にフェアがあって、そのPULSEという新しいアートフェアに今年出品したんです。

岡部:5個もアートフェアが同じ時期に開催されて、しかもフェアは3-4日と短いから、みんな必死になってまわるわけですが、オスカールさんがアートフェアに参加したのは今年が初めてですか?

大岩:NYは初めてかな。他ではマイアミとか、南米ではあるけど。NYは世界と繋がっているから、NYから南米とかマイアミに広がるし、他にルートがあるので、そういう意味ではNYで活動するのは良いと思うけど、悪いのは物価が高いこと。

岡部:そういう意味で多少稼ぎがよくなっても、生活の苦しさは免れませんね。

大岩:何とか今はまわっているし、これから先はもっと良くなると思ってるけど。一年間に描いてるのは平均45パネルぐらい、だいたい週に1枚のペースで描いてるから40-47枚。もう4年目になるけど、ここにある山の3倍4倍は描いていることになる。

岡部:それがみんな売れているわけですね。

大岩:売れたり預かってもらったり。数字的にはまあ3分の1は完全に売っているからそんなに悪くはないけれど、最初は何しろアメリカは大変だった。

岡部:2、3年はね。まず自分で投資しなくではいけないから。画廊もついてこれからは大丈夫そうだし、絵がどんどん売れる時代なので、先行きは明るそうですね。故郷のサンパウロの画廊でやることになったのはどういう関係があったからですか。

大岩:その画廊はブラジルでは有名で、10年前ぐらいから知っていて、あのトーマスさんが僕の作品を気に入って、電話くれて見に来てくれたのが始まりですね。

岡部:それは彼が気に入ってくれて、突然思いがけずに電話があったという意味ですか?それとも大岩さんがその画廊を知っていたので、前もって資料を送っていたとかの努力をしていたためかしら。

大岩:画廊に資料を送るのは自分ではやったことがないけど、彼がNYに出張に来ていて、たまたまだれかががもっていた僕のファイルを見て、興味がでてちょっと遊びにアトリエに来たのね。

岡部:それはラッキーでしたね。もちろん作品が良かったからだけど。では出会いはNYに来てからだから、そんなに古くはないわけですね。

大岩:3年ぐらいかな。やっぱり日本にいるとこうした国際的な関係は出来にくい。日本にもたまには海外からキュレーターが来るけど、日本的なもの、例えば奈良さんとかを見たいから来るわけで、自分はあまり日本ぽいって言われないし、その辺はちょっと日本にいると難しい。

岡部:それはNYに来てよかった理由のひとつでもありますね。そういう意味では、特に最近の大作に描かれている建築的な要素、住居、ビル、都市といったシティスケープは、もともと建築を勉強していたという経歴もあって、興味がある要素でもあるでしょうが、NYの存在感も、都市的テーマを発展させるのに、重要な部分を担ってはいませんか。

大岩:でも期盤は同じで、サンパウロも東京も大都市だし、僕はもともと都市型の人間です。

岡部:確かに、大都市に生まれ、大都市にしか住んだことがないですものね。

04 建築から絵画へ 才能は工面するもの

岡部:建築を始めて絵に変わったのは、建築よりも絵のほうが自分に合うと思ったからですか。

大岩:建築をやっていた時代から絵は描いていたし、まぁ絵を描くのが好きだから、絵の方が自分に合います。

岡部:絵を描けるという才能は、必ずしも誰にでもあるわけではないから、ある意味で自覚があったわけでしょう。

大岩:まぁでも才能を持っている人でも工面して伸ばさないといけないと思う。たとえば、数を描いていくとだんだん味が付いていくというか、サッカー選手じゃないけどトレーニングの積重ねで上手になっていくというところはありますね。

岡部:積み重ねの中から自分自身の味も出てくるわけだ。

大岩:本当に、数描かないとだめなのね。

05 自分だけの色 大岩さんの秘密の技

岡部:最近私、ドイツ生まれのエヴァ・エスとジャクソン・ポロックのドローイングの展覧会を見たんですね。エヴァ・エスはソーホーのドローイングセンターで、ポロックはグッゲンハイム美術館。双方とも小型のデッサンで、非常にセンシティヴ。エヴァ・エスの場合、彫刻はあちらこちらで見る機会もあり、ジューイッシュ・ミュージアムで個展もありました。ポロックの作品は巨大な絵画もずいぶん知ってるのですが、両者ともドローイングが新鮮で素晴らしいと思ったのは、見る機会が今まであまりなかったこともあるんだけど、ともかく彼らのドローイングは抜群で、感動しました。ぜひ是非ご覧ください。(笑)

大岩:一番表現の基本的な部分というか、単純ではあるけど奥が深いからね。

岡部:ポロックの場合、ドローイングではいろんなメディアを使ってすごく実験しています。彼の大作は有名だし、時系列的に辿れる感じがあり、わかりやすいのだけど、ドローイングでは一回一回の実験が伝わってきて、初めてそういうのを生で見たのでとても感激したんですね。大岩さんは大作に挑む時、小さいドローイングなどはしないのかしら。

大岩:小さいドローイングより、写真のコラージュとかをしますね。

岡部:必ずしもドローイングを下書きや自律した作品としては手掛けてなくて、コラージュなどを大作を描くためのモデルとして使うわけですね。

大岩:ないとは限らないけどあまり意識的に手掛けてはいないですね。

岡部:絵を描くときの材料は、以前から油彩だと思うんですが、即興的なアクリル絵の具よりも構築的な油絵の具のほうが、性に合ってるからかしら。

大岩:油だと描くために時間が掛かるけど、やっぱり時間の中での作業が大切で、軽いアクリルよりも、僕は油が好きですね。

岡部:構築的に練り上げて、画面をビルドアップしていくには油の方が断然味が出てくるからでしょうね。最初にアイディアが出て、こういう感じのものを描こうかなと思ったときに、写真とかさまざまなヴィジュアル素材を探すのかしら。

大岩:場合によっては材料を見てひらめいたりすることもあるけど、何となくイメージがあってそれに必要な材料を集めてデータを出したり、どこかの場所に行って写真を撮ったりして集める場合もありますね。たまに古いメディアをみて、光の使い具合とかバランス的におもしろいなと思って、それを自分なりに考えたりする場合もあるし。

岡部:素材としての写真は自分で撮る場合と、雑誌などで見つける場合などの両方かしら。

大岩:NYタイムズをよく読んでいるので、それを見てそこからデータを入手したりもしますね。

岡部:モチーフと構図が決まったら、まずは黒い線描で骨格を描き始めるのですか。

大岩:使う道具は墨かチョークで、描いてそれをフェキサチーフで押さえる。下地の茶色っぽいのはアクリル系のベースです。

岡部:このゴールデンジェルメデイアムを使うと、どういう効果が画面に生まれるんですか。

大岩:ちょっと乾くのに時間がかかるけど、コーティングするから水を吸い込まなくなって、つるつるした表面になるのね。

岡部:大岩さんの作品の特徴のひとつは光沢なのですが、これが大岩さんの秘密のひとつね。

大岩:秘密ではないけど(笑)、描く時のスピードに影響が出てくるんです。このコーティングをしておくと、筆とキャンバスの抵抗が少なくなって、べとべとせずに描きやすくなる。インクはチューブのメーカーが作る色だけど、それを複雑に混ぜていくために乾かない状態で絵の部分同士で色を複雑に混ぜていくのね。それで自分の色になっていく。ポイント的には余り混ざってない色も使うけど、部分的には十何色も混ざっていたりもする。

岡部:パレットでも、絵の上でも混ぜる手法で、大岩さんらしい色彩の深さが表現されるんですね。

大岩:へたくそな人の絵はチューブの色そのまま使っちゃう。奈良さんの絵も、ちょっと前の絵を見ると、白っぽいけど近くで見ると白が複雑に混ざっている。最近は忙しくてあまり混ぜてないようだけど。(笑)

岡部:ばれてしまうのもつらいですね。(笑)それだけ混ぜたら時間がかかるわけですから、大岩さんも、これから量をたくさん描かなくてはいけなくなると、あら?あまり混ざってないわねーってばれてしまうかもしれないですよ。(笑)

White House's Garden
"White House's Garden"
oil on canvas 227x444 cm,2004
©Oscar Oiwa
Falling Water House
"Falling Water House"
oil on canvas 227x444 cm,2006
©Oscar Oiwa
Presidential Nightmare
"Presidential Nightmare"
oil on canvas 227x333 cm,2007
©Oscar Oiwa

06 宗教による嗜好の違い

岡部:十七世紀の絵が好きだと言っていましたが、どういう絵が好きなんですか。

大岩:例えばオランダあたりとか。フランスの貴族的な絵は好きじゃない。

岡部:貴族的なロココ趣味は嫌いで、市民生活と関わりのあるオランダの17世紀といったら、フェルメールの時代ですね。

大岩:カトリック系の絵も宗教画も約束が多すぎて、苦手だけど。

岡部:だけどブラジルで生まれたのだから、カトリックでしょう?

大岩:そうカトリック。うちは日系人だからそれほど宗教色は強くはない。でもまわりはカトリックばっかり。見えないところでの宗教からの文化の影響はあると思う。例えばアメリカのようなプロテスタント系の国は、飾りが無いミニマリズムの絵が好きだし、ごちゃごちゃしたディティールの多い絵はカトリック系の人が好きで、南米の文化的性格や趣味が入ってくるのがおもしろいですね。

岡部:でもプロテスタント系白人がコレクターに多いNYで売れるのは、ミニマリズム系となると、細部が詳細に構成されている大岩さんの絵は、カトリック系の人が買うということになるのかしら。

大岩:そんな感じはする。好みのデータ取れるかな?(笑)

07 問題も成果の一部 オプティミスト、大岩

岡部:大岩さんの作品はイマジナティブだから、評論はえてして光景とかコンストラクションなどの描写にひきずられていることが多いです。ナラティヴを喚起させるぶん、評論家だとついいろいろ言いたくなってしまうわけですが、そうした言説の傾向に関してはどうですか?

大岩:あまり気にしてないですね。十人見る人がいれば十人十色で、当然嫌いな人もいるだろうし、それはそれぞれのテイストだから、嫌いと書かれたことにいちいち落ち込んでいてもしかたがない。

岡部:コンセプトの一つだと思いますが、人類の終わり、都市の終わり、現代の終わり、という終焉のイメージを提起しつつ、それでもつつましく生活している人々の日常が表現されていて、その両方のドッキングがユニークですよね。例えば花が咲いている大都市NYの絵も、20世紀初頭の機械文明の落とし子だから、すでにかなり古びてきて、ある種の終末観もないことはない。しかも都市の崩壊は、今の政治的な状況の中では、いつ突然起きるかも分からない情況でもあり、ある種の恐怖を表しながらも花が咲いていたりする。それは人間や文明は滅びても、自然が生き残って繰り返されるといった東洋的な輪廻と西洋的な進歩思想の二つの要素の合体がある感じもします。

大岩:実際は、花でもあるけど爆発でもあるんですね。

岡部:そうそう、花火と爆弾。多様な要素があるけれど、大きく見てみると二つですね。大岩さん自身はオプティミストでしょうか。

大岩:えぇ、えぇ。

岡部:ブラジル生まれだからかな。もし日本で生まれたら、こういうテーマを扱う場合、もっとペシミスティックにならないかしら。

大岩:アメリカに引っ越してから、美学的にもアートマーケット的にも問題だらけで、経済的にもそうだし、わかんないことが起きたり、だけど問題も成果の一部って思っているから、ここまでなんとかやってこれたんだと思う。ここに来たばかりの時、一番精神的に大変だったのは9.11でワールドトレードセンターのタワーが崩れていて、あの事件を介して、むしろ精神的に強くなれたという面もあります。


"Fireshop"
oil on canvas 227x666 cm (90" x 270"), 2005
©Oscar Oiwa

08 イメージのジョイント 日常とファンタジー

岡部:日本で制作していた作品に比べて、最近の作品にはビルディングが多くなってきた感じもしますね。これは何のシリーズでしょう。

大岩:崩れたビルの中で生活している画面で、大手の会社の社長室、オフィス、会議室があります。構図はエッシャーからヒントを得てて、部分的にはまとまっているけど、バランス的にはパースが合わない。

岡部:そうですね。周りにはこんなにまともなビルばかりあるのに、何でここだけがおかしいのかなと不思議に思いますね。これはいつの作品ですか?

大岩:これは今年。

岡部:奴隷とかが借り出されて闘牛をやらされる血にまみれたアリーナみたい。でも、絵の中に人がいないのが、大岩さんの絵画の大きな特徴ですね。

大岩:見る側に人がいるから、画面の中には人はいらないという考えで、建物、街、モノ、車とかには興味がありますけど。

岡部:人がいないほうが見る人が入りこみやすいという面もありますね。テーマや構図を気に入ったりすると、同じような画面で、べつのヴァージョンを作ることもあるんでしょうか。

大岩:ありますね。たとえば、これとこれは一緒で、大きいのを描いて、小さいサイズで同じ画面を描いたりもしています。小さい作品は、細い筆で細かく描くけど大体同じテーマです。また、同じシリーズでも中身が違うものもあるし。

岡部:ベッドがあるので、こんなドラマティックな情景のなかで寝てみたい気もしますが、テレビはあるけど、電気はあるのかしら... (笑)住んでみたいけれど、世の中がこんな風に崩壊してしまったらそれこそ大変ですね。

大岩:映画が好きでよく見るんですね。つまらないハリウッド映画も観るし、南米やアジアの映画も好きです。

岡部:最近見た映画で、何かおもしろいのありましたか。あるいは今まで見た中で好きな映画とか。

大岩:最近はコミックから来てる「エックスメン」っていうハリウッド系のスパイダーマンみたいなのを見ましたね。

岡部:内容的には、ある種の都市的ファンタジーをベースにしたサイエンスフィクションやアニメとの関わりもありますよね。映画を観ているとインスパイアされるのかしら。ビデオで見るの?

大岩:いや映画館で、大画面のスクリーンでハイクオリティで観たいんです。

岡部:テレビモニターでビデオみてもダメなわけね。身体的な問題もあるのでしょうね。

大岩:NYにいると映画館が多くて、家の近くに歩いて5分ぐらいのところにもあるし、小説は読む時間があまりないけど、映画は観るのが楽でしょ。小説よりはヴィジュアルなものの方が好きですね。

岡部:この大作は迫力ありますね。現在、戦争をしているアメリカへの批判も感じられるし。でも、どうしてこういう構図が生まれるのだろうという不思議さもある。絵がうまいということからくる不思議な感覚もあるけれど。

大岩:おもしろさを表現するには描くテクニックがないとだめだけれど、テクニックだけではおもしろくないんですね。友達の住んでいる家の中庭で良くバーベキューをやったりするので、その庭をベースに写真を撮って、アメリカの大企業がバックアップする戦争がテーマにある作品です。まあ日系がアメリカの象徴でもあるマンガの主人公、ベッティーをナンパしようと思ってイラクの肉でつっている図で、ベトナムと南米の地図も肉として描かれています。そういう国の企業の人間たちが日曜の夕方に集まって楽しくバーベキューしているという構図ですね。

Do you like Iraq?
"Do you like Iraq?"
oil on canvas 227x333cm ,2005
©Oscar Oiwa

岡部:肉の地図は、既に焼かれて、食べられてしまっている。見方によれば、肉に見えたりも見えなかったりもしますね。本当に肉っぽく描こうとしたらこうは描かないでしょうし。肉じゃなくも見えるところがみそというか、リアルさの謎。自分で故意にあいまいに描いてるのでしょう?

大岩:本当に肉自体を描きたければ写真を撮って描けばいいわけだから。

岡部:リアルに描こうと思えば、上手だからいくらでも描けますから、そういう風にはしたくない。ぼやーっと焦点が合わないパートと焦点が合ってるパートのコントラストが空間性を強調していて、カメラの焦点も取り入れられてますね。もともと戦争をテーマとしたこうした国際情勢的構図を描こうと思っていたときに、たまたまバーベキューの肉というキーワードが出てきたのかしら。

大岩:家の近くにチェルシーマーケットという市場があって、そこの肉屋さんがまさにこんな感じで、ガラス張りになっていて中が丸見え。一度、国連で中心的な会議をする部屋に入ったこともあり、何となくそこからヒントが来ていて、こうした構図から国連の縮図を見ることも出来るようになっています。

岡部:シュルレアリスムのミシンとこうもりの出会いのような、物の組み合わせに思いがけない部分があり、すごく異質なものが共存している。見る者は、何で肉屋の中にべつの建物あるのって疑問に思うわけだけど、オスカールさんの中では自分が興味のある要素を一緒に入れてしまおうという感じなのですね。

大岩:生活の中でいろんなものを見て、感じたものをイメージ的にジョイントして、そのおもしろさを絵にしていますね。

岡部:作品のおもしろさは総合的なもので、表現によって示唆される内容と技術の兼ね合いがありますよね。

大岩:チェルシーの画廊街を見ていると、たまにコンセプトがおもしろいけど表現が下手な人がいたり、描くテクニックがすごいけどアイデアが無い人もいます。

岡部:画廊があれだけの数あって、数千人近い人が展示していても、なかなか両方ある人は少ないので、両方あればみんなが注目しますね。
Beautiful World Meat Market
"Beautiful World Meat Market"
oil on canvas, 227x333 cm (90"x 135"), 2004
©Oscar Oiwa
U.N.Market
"U.N.Market"
oil on canvas, 227x333 cm (90"x 135"), 2006
©Oscar Oiwa

09 アーティストの仕事 朝から晩まで月から金まで

大岩:自分は油彩を10年、朝から夜まで月曜から金曜まで描いてきて、やっとテクニックを覚えたけど、そういう時間がないと職人的な部分は身に付けにくい。こっちに来たのも良いきっかけでした。これをやるしかない状態だから。知り合いが少ないから、レクチャー、原稿、審査員といった小さな仕事も入らないので、細かいやりとりがないから絵に集中できるんですね。

岡部:その蓄積された醍醐味が最近の作品にはじわっと出てきていると思います。7時間続けて描くのは、かなりな重労働ではないですか。

大岩:集中力を高めるためにジムに通ったり、寝食には気をつけています。お酒も好きだけど、あんまり飲み過ぎないようにしているし、パーティーで夜3、4時まで遊ぶってことは無くなりました。

岡部:次の日、規則的にまた描かなくてはならないから。食事はとくに何か気をつけていることがありますか。

大岩:あまり油っこいもの食べないようにとか食べ過ぎないように。アメリカの食事は油っこいから、ポテトとかピザとか好きだけど抑えるようにしています。

岡部:NYに住むと、すべてにおいて自分で解決することを強いられるし、プロフェッショナルであることも強いられる。ともかく甘えられない。この二つは相当厳しいと思いますが、それがプロフェッショナルになる鍛錬にもなるかもしれません。ここのハードさを味わうと、ちょっとやそっとではへこたれなくなると思いますね。

大岩:日本人のアーティストもいろいろいるけどやっぱりちょっと甘いと思う。僕みたいに朝7時に起きて、まぁ7時に起きなさいとは言わないけど、仕事は朝から夜までちゃんとする必要があるし、一週間に一定時間は仕事をしたり真剣に考えていかないと、十年経っても良いアートは出来ないと思う。仕事のジャンルは別でも、どんな仕事でもそれはしないと。

岡部:最近の作品が、日本で描いていたのと比べて深みがあるのも、一種のさとりの境地のせいかもしれないですね。充実感があって、個展が楽しみです。

大岩:まぁ年取ったっていうことかも(笑)。

岡部:オスカールさんのアトリエは、集合スタジオの中にありますが、ここで仕事をしているアーティストたちは年齢的には皆さん大体同世代ですか?

大岩:年齢は20代から80歳ぐらいまでばらばらですね。このエリアでもちゃんと設備してある建物なだけに安くはないし、もっとぼろぼろだと若い人も多く来ますが、小さなアトリエは450ドルぐらい、この大きさだと850ぐらいします。

岡部:アトリエとしては10万ぐらいまでならいいけれど、やや高いかな。日にちを決めて、作品を公開するオープンスタジオの催しもあるので、オスカールさんは、ここのスタジオを使っている人たちの作品は大体知っていますか?

大岩:それほど知らないですね。プロの人もいるけど、素人の人も多いので。絵だけでは食べていけないというのもあって、べつの仕事をしていると、その内に他の仕事が中心になってしまったり。アーティストは多いけど、画廊で仕事ができる人はこのビルには少ないと思います。何人かは近くにあるP.S.1の展示に参加したり、ホイットニー・ビエンナーレに出したりする人もいるけど、全体の一割にも満たないでしょう。
(テープ起こし:林絵梨佳)


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