culture power
artist 宮下大輔/Miyashita Daisuke


















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コメント

宮下さんとはインタビューを行った後も連絡を取り合っていて、本編には載せられなかったが、宮下さんの作品や、現代アートを理解する上で手助けになる話を本人から聞いたので、その話を書いてみたいと思う。

インタビューでも触れた通り、現在宮下さんの作品には、平面・立体・物を並べる作品の3つのラインがある。その中でそれぞれが同じテーマを扱っていると言えるが、にもかかわらず、表現上の都合でそれぞれが異なる問題を抱えているという。

イントロダクションでも書いたように、「物を並べる作品」が素材のみに着目して「ジャンク・アート」と早合点される問題を持っているように、時に平面作品も「レトロ」と早合点されることがあるらしいのだ。それはなぜか。
そこには、モチーフとなる製品のデザイン上の進化の早さが関係しているという。
宮下さんの作品におけるモチーフ選びが基本的に日常生活を拠点に行われているがゆえに、そこで選ばれている日用品や大量生産品は、例えば数年使い込まれた物が選ばれることが多く、それを平面作品に置き換えて展示する時には、既にそれが古臭い物に見えてしまうというのだ。しかし、仮にモチーフの選択の時点でそれが真新しい物であったとしても、作品として数年間展示し続けるだけで、モチーフに対する印象が「レトロ」に変化してしまうことが、モチーフが「レトロ」と早合点される原因であるとのことだった。

この印象の変化は、普通に考えれば宮下さん特有の問題ではなく、他の同時代のアーティストにおいても同じ状況であるはずなのに、これまでそうした話を聞いたことがなかったことに気が付き、やや不思議に思われた。
しかし考えてみると、そうしたデザインに宿る時代精神、つまり物に顕現する形の同時代性は、長いスパンの鑑賞を前提にするアート作品のモチーフとしては扱いづらいはずで、しかし、それによって現代アートが明確なモチーフを失うことはそれ以上に大きな危険を孕んでいるということに気付いたのだ。
この「レトロ」の問題は、現代アートが同時代的なモチーフを扱う上において、実は避けては通れない問題で、現代アートのフィールドで主題を明確にすることの難しさを端的に表しているのだと思われた。

(原田裕規)