Cultre Power
NPO大阪アーツアポリア・新世界アーツパーク/Osaka Arts-Aporia, Shinsekai Arts Park
contents

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Copyright © Aomi Okabe and all the Participants
© Musashino Art University, Department of Arts Policy and Management
ALL RIGHTS RESERVED.
©岡部あおみ & インタヴュー参加者
©武蔵野美術大学芸術文化学科
掲載情報の無断使用、転載を禁止致します。

インタヴュー

財団法人大阪都市協会文化事業部次長(当時)乾正一
新世界アーツパーク事業事務局チーフ 角知子
× 岡部あおみ

日時:2004年3月
場所:新世界アーツパーク事業事務局

01  港のそばの赤レンガ倉庫「アーツアポリア」にいつく若者

岡部あおみ:大阪港の築港赤レンガ倉庫を使って、オープンアトリエやさまざまなアートプロジェクトが展開してますが、大阪市とはどのようにかかわっているのでしょうか。ここにはアトリエと事務所以外に、サウンドアートスタジオ、ギャラリー、フリースペース、レクチャールーム、ライブラリー、交流スペース、バーがあるわけですが。場所は、CASOというギャラリースペースの向かいですね。

乾正一:「大阪市芸術文化アクションプラン事業〜新しい芸術文化の創造と多彩な文化事業の推進に関する指針〜」というプランにはいっていて、2000年から私が担当してます。港湾にある「アーツアポリア」は、ここフェスティバルゲートに設立した「新世界アーツパーク」事業とは全く別のやり方でやってみようということで始まり、元々は徹底的に関わるというのが市の方針で、直営に近いかたちで勉強をしながら積み上げて行くのが基本的な形だったのですが、それをやってみた結果、任す(関わる)っていうしくみに時間を取られるんじゃなくって、「良うわかってるけど」「触れへん」っていうしくみがいると思ったんですね。

岡部:赤レンが倉庫での「アーツアポリア」事業は4年目になりますね。3月と10月に一般公開されているので、今日、オープンハウス、オープンアトリエを訪ねたのですが、うまく運営されているのでしょうか。

乾:両方とも100%はうまくはいってないんですよ。失敗もしてないし、うまくもいってない。でも、常にその途中の良くなる過程にある。良くなる絵は見えています。赤レンガ倉庫は最初直営だったんですが、後からNPOにしたんです。アーティストランという形で任せる形になってます。赤レンガの「アーツアポリア」は、つたなくてもいろいろ関わり会いながら、勉強しながら運営側の鍛練の意味もあって作ったもので、その施設それ自体を一生懸命やるっていうことを考えたんですけど、「アーツパーク」はそれも含めて大阪全体にそういうスポットをつくる事に主眼をおいたものです。そのしくみのミニチュア版を作ろうと。その場合は、例えば赤レンガ倉庫はそのパーツになる。その上で、それぞれのパーツに立入ることではなく、パーツ間の総合調整に特化していくということです。「アーツパーク」はフェスティバルゲートにあるここの事務所に事業のメインがあって、「アーツアポリア」の場合は今度はNPOの中に入り込んで一緒にやっていく事を望んだ場所なのです。

岡部:住友倉庫だった赤レンガ倉庫という市が買収して管理している巨大な場所もあるわけですし。

乾:場所もあるのと、スペースの特性も大きいですね。無理がきくし、関われるスタッフもたくさんいてます。どっかに丸投げしてる訳じゃないから、市議会も含めきっちり説明もできるので事業化もできます。

岡部:「アーツアポリア」ではNPOの人達はお給料をいただいて、運営に携わっているのですね。スタッフは何人くらいで、仕事の内容はアーティストたちのお世話をしてるとかなどですか。

乾:良い企画も上がってきます。給料ももろてる人は6、7人くらいですが、もろてない人はもっとたくさんいてます。

岡部:もらってない人はボランティアさんですか。

乾:ボランティアや単発で来る人。いろんな大学から、ここ2年くらい、インターンに来はるんですね。10人位くると2人位はずうっと残る。半スタッフみたいな感じでいつく人がいます。

岡部:そういう人はだいたいアーティスト志望者が多いのでしょうね。

乾:いや、アーティスト志望より、悩んでる人ですね。根本的な問題意識を持ってる感じ。

岡部:それで生きるパワーをもっているアーティストたちと一緒にいるだけで生きがいがあるという・・

角知子:いや、「ファン」という感じではなく、アートとはなんぞやって。

乾:生き方を悩んでいる人が多い。自分の人生とは?とか。学生さんが多いですが。

岡部:「アーツアポリア」に居着いてしまう若者たちがいるというのは面白いけど、親も困りますよね。

乾:ずうっと居てるわけじゃなくて、ちゃんと学業もやりながらバイトもやって、催しがあったらよく顔を見せるっていう感じで、インターンの時間とか授業の研修の期間終わってもいるという。

岡部:実際にはあそこで働いている人達のなかには、展覧会とかオープンハウスの際に、通って来てアーティストの世話をしたりしてる悩める若者たちもいるというわけですね。事業はすべて現代美術ですね。

乾:「アーツアポリア」はそれに特化し、逆に「アーツパーク」はジャンルを特化せんとこうと。


築港赤レンガ倉庫©Osaka Arts-Aporia

02  スタジオを貸して作る長期の人間ネットワーク

岡部:乾さんは4年間担当されて、「アーツアポリア」の活動も時々ご覧になってきているわけですね。

乾:アーティストランっていうことで任せてるので、最近はあんまりたくさん行かなくなりましたけど。最初の頃はNPOではなかったし、僕と中西美穂さんの2人でやってました。

岡部:中西さんは(財)大阪都市協会に所属なさっている方でしょうか。若い方ですか?

乾:30代で、中西さんは角さんみたいにフリーランスで、もともとは作家さん、京都の企画画廊のキュレーターを経験してらした人です。現在、NPO法人大阪「アーツアポリア」代表で事務局長、非営利共催プログラム担当しています。

岡部:アポリア事務局は2003年4月からNPO法人化 し、先ほどのお給料のある6人がNPOスタッフになられたということですね。中西さんも含めて。

乾:えぇ、NPOの職員になったんですけど、丸投げで任して大丈夫、ということではなくて、パートナーシップのオープンな評価ですね。

岡部:事業の基本はアーティストに無料でスタジオにできるスペースを貸す支援をするということですね。

乾:アーティストに貸しているのではなくて、アーティストはその場所のために何かをするという関係性です。スペースを借りる条件はその社会とこのスペースに対してどんな貢献ができますかというのが貸す条件。公開のオープンハウスに協力してもらったり、貸しっぱなしでほったらかしじゃなくてずっとお世話もしてます。借りられる期間は1クール10か月です(4月に公募内容の公開、5月に説明会・公募、6月から入居、オープンアトリエが10月と3月にある)。

岡部:1年に満たない期間で社会に対してできることとはどんなことかしら。

乾:例えばオープンアトリエで自分の作品を説明するとか、その場所の掃除をする。掃除はクリーンアーティストのプロジェクトがあって、それを使わせもろてるんですけど。赤レンガ倉庫を使用する必然性として条件がある。そもそも社会参加、社会貢献する気はありますか?って。

岡部:その条件を受け入れないと入れないわけですね。

乾:そうです。それやぶったらどうなんねんっていう問題ではなく、精神としてです。中には結構優れた人やったらしいけど、「その気はない」って辞めた人もいるんです。

岡部:自分は芸術のために作ってるという理由でしょうね。

乾:そうやと。それはそれでいいと。

岡部:スタジオなので、レジデンスではないから、皆さん住んでるところは別ですね。

乾:えぇ。遠い人でも通う。あるいは通うのが不便だから引っ越した人や、引っ越してずっとおる人もいてます。

岡部:でも、10ヶ月の契約が終わったら、もうスタジオを使えなくなるのですよね。

乾:終わるんですけど、10ヶ月の後も卒業展をやったりして、しばらくしたらもう1回催しをしませんかと誘われて、単発で呼ばれたりする状態もあります。それで気に入った人は、近くに住んでいたりする。

岡部:プラス10ヶ月別の期間に借りられたりもするのですか?

乾:それも今後あるかもしれませんが。場所を貸してほったらかしじゃなく、その間ずっと中西さんが話したりお世話してるんですね。そのことによって長期の5年とか10年の関係性を作っている。物を数ヶ月貸すって言うのはただの現象で、今つくっているのは人間関係っていうかネットワーク。だから、この前のスタジオ経験がすごく良かったんでいつかまたやりたいよ、っていう意見がでてきたらそういう受け皿を用意する。制度があって貸したから終わりとか、1回やったから終わりとかという役所的方法をとらない。人間個別個別の関係によってそのことを整理するんですね。

岡部:なんか出会いの場みたいな感じですね。

乾:それは、もう去って行く人もいますし、気に入った人はそこを使わせて貰っているなどとは別に、時々戻ってくるわけですね。

岡部:つまりその関係性が構築されたために、そこの近くに引っ越してまでも居たいと思う人もいるということですね。分かりました。おもしろい企画ですね。

乾:そうなりたいという気持ちですね。その緩い版。海外とかのアートセンターみたいにバシバシやってるのではなく、ゆるさもある。なんとなく嫌だから2度と来なくなるっていうのもOK。無理をしない。合目的的ではなく、ほんまにそれが良いと思ったから帰ってくるような。

クリーンアーティスツプロジェクト・ミーティング
©Osaka Arts-Aporia

03 「発信!」とかの一辺倒ではない行政の企画

岡部:アーティストに対しては場所の提供以外は制作費支援などはしないですね。

乾:制作費とかはしてないと思います。ただ世間話をいっぱいしてるみたいですけど。

角:勉強じゃなくて世間話で紡がれていく関係性ですよね。

岡部:会話を重ねるうちに、それまでに意識していなかった社会性が作家からでてきたりとかですかね。

乾:とかね。で、グループ展レベルから個展レベルに上がった人もいる。引き抜かれて「うちで個展やらへんか?」って。

岡部:それはいいですね。

乾:それで個展をやって、それだけが成果じゃなく、そんな作家さんとしての1つのステップがあったときに、そんな事をいつまでも気にしてくれている人達がいるという状況になるように、って。

岡部:「アーツアポリア」でのオープンスタジオが1つのデビューの場になっていくのもいいですね。

乾:しかもあまりギラギラしてないと。ここからアーティストつくって発信!とか言うてノルマかけたりとかじゃなく、本人がやりたいならやればいいよ。やってる限りはいつまでも見てるよ。という感じがいいんちゃうかー、って感じですね。

角:そうですね。

岡部:乾さん今まで考えて来た事、ちゃんと本にまとめて出版した方がいいですよ。

乾:えっ!?で、まとめたんですよ、これ。

岡部:行政向け報告書ではなくて、一般の人が読めるような本ですよ。こうした考え方をお役人がなさっていて、しかも実際に実践をした人がいるということ自体を多くの人が知ることがとても大事です。これまでは、どこのホームページみても、政策提案みても、「発信!」とか、みんな一辺倒じゃないですか。

乾:なんかすぐノルマ感に走ってしまうでしょう。

岡部:従来とは逆のやり方を進めることを書いたらクビになりますか。

乾:あまり激しくやったら。本では大丈夫なんだけど、たぶん売れない。

岡部:そんなことはないと思います。芸術文化政策の根幹の考え方ですから。そもそもあの長々しい「大阪市芸術文化アクションプラン事業〜新しい芸術文化の創造と多彩な文化事業の推進に関する指針〜」は、乾さんが中心になって、何人かの人が考えられたのですか。

乾:うぅん。そうですねー。

角:中西さんと2人であーだこーだ言ってたじゃないですか。

乾:僕が書いた文書を中西さんが見て、それがあまりにも素人チックやからということで図を付け加えてくれたり、もともと作家でもあるから、じーっと読んでてこういう絵を作ってくれるんです。

岡部:すごい。このプランを作ったのは3年前ですか。

乾:毎年ちょっとずつ変えて作ります。

角:ベースの部分は変わらないんですけど、そのベースの部分に乗っ取って、ここはこうくっつけたほうがいいなとか、少しずつ変わっていくんですよ。

乾:「乾さんの説明はあまりにも分かりにくい」、たぶん乾さんが言ってるのはこういうことなんちゃうん?とこんなんつけてくれたりとかいうふうに。ヒューマンウェアという表現を探して来てくれたり。

04 あまり公開できない赤レンガ倉庫の理由

岡部:中西さんは常勤であの赤レンが倉庫で働いているのですね。一般公開をあまりしてないので、訪ねるきっかけがないのですけれども。

乾:来年はどれくらいやる気なんやろ〜。閉めますとか言う気もしかねへんし。

角:公開が少ないのには理由があるんです。消防法の許可が下りないので。

岡部:それだと、あまり人が多く来るとかえって困るわけですね。

乾:そうなんですよ。もともと大正時代に作られたレンガ倉庫だから、耐震性とかの理由もあり、ほんとは一般の人を招き入れてはいけないスペースとして指定されてます。それをクリアするために参加者にオリエンテーリングをして、一般ではなく予約制のメンバーになってもらう形でしかオープン出来ない。 でも、消防の指導ををきちんと守ることによって、だんだん信頼関係ができてきてオープンしやすくなってきます。中西さんはしょっちゅう消防署行ってるみたいです。だんだん顔見知りになって、変な事もせえへんって分かって来た。いいつけはちゃんと守ると。

岡部:消防も、「あ、またかー」と思いながらも、火を使うことはやっていないし、許可するみたいな。

乾:「火を使っちゃいけないですか?」「いけません」「じゃ使いません」っていうことをちゃんとやってきて、まさに社会化という信頼関係を作っている。こっち自身が、事件・事故が起こるのがほんまに恐い。NPO側も恐いので、きちんと注意したりしてちゃんとやってる。そういう関係性の中でやみくもに駄目とか言われなくなってきたという。

岡部:自由度が増したのですか。

乾:自由とは言わないですけど、ちゃんと説明したら通るところまできていますね。

岡部:ここまできたのだから、アポリアの事業のほうも続いていってほしいですよね。

乾:続いてほしいですがどうなんでしょ。分からないですね〜。

岡部:維持にお金がかかるための問題ですか?空調もないのに。3月だったので、まだ寒かったですよ。冬はみんな厚着で制作しているのかしら。

乾:お金はかからないです。冬場は大変、寝たら死ぬかもっていうぐらい。

角:寒いです。ほんまに。海からの風がもう激しく寒い。

乾:その代わり夏は暑い。暑いのに、戸を閉めて映画上映会やるんで、大変でした。戸を全部閉められてしまうねんな。扇風機もないんですから。

岡部:ではあそこの維持費はそんなにかからないわけですね。ここのフェスティバルゲートの場所は、市がレンタルしているのでそれだけでも予算かかりますが、赤レンガ倉庫は無償で使えるわけですよね。

乾:無償です。倉庫を一定期間使っていいよ、っていう許可を得ている訳です。あの築港の港湾地帯は大阪市じゃなく住友が埋め立てたらしいです。そこを大阪の港湾局が、芸術家村を作るためにきちっと買収した。だけど本格的な芸術家村をオープンさせるのには今は時期が悪いので、それまでの間空いてるんで、将来の芸術家村にも役に立つような事を出来る範囲でやってはどうか、ということで始まった事業ですね。期待感の薄さが逆に成功のもとになるというね。だって、どんどん著名人呼ばなあかんねんとかいうことじゃなくて、時期が来たら呼びます。その必要がある状況になったら呼びます、と。で、呼ぶためには呼びませんっていうのがあそこの基本的な性格。その代わりあまりコストかけちゃいけない。そういうやりかたでやっています。

岡部:そうすると「アーツアポリア」の予算は3、4千万円程度ですか。

乾:そうですね。だんだん毎年増えていって今はたくさんありますが。一番始めは一年で500万円でした。

岡部:でもスタジオを使っているアーティストには制作費などは出されないわけですね。

乾:鈴木昭男さんとかが企画で来たときの場合には支払います。でもこっちが呼んで給料を払ったとかじゃなくて、一緒に実行委員会をつくって。お金が少ない代わりに手間を出す。スタッフが三人張り付いて手伝いましたから、結構喜んでもらったみたいです。お金としては少なくしか出せないんですが、人的環境を提供することで、より良いものができるし、アーティストにも観客にも喜んでもらえるという。

岡部:そういう関係性はなかなかないですね。乾さんの担当者としての任期が2004年4月で終了するとお聞きしましたが、本当に残念ですね。 と。


大阪市アーツアポリア事業が行われている築港レンガ倉庫
©Osaka Arts-Aporia

05 「新世界アーツパーク」とは何か

岡部:新世界という大阪の下町にあるテーマパーク、フェスティバルゲートの空きスペースを活用して、先端的な芸術拠点にするために、NPOの人たちと協力して、コンテンポラリーダンス・映像表現・実験音楽などの活動を推進しているのが、「新世界アーツパーク」ですが、「新世界アーツパーク」事業事務局チーフをなさっている角さん、かなり活動が多岐にわたっているので、まず内容の概略を説明していただけますか。

角:わかりました。新世界アーツパークでは、現在6チームが稼動しています。その内3つがNPOが運営しています。さらに1チームがNPO認可申請中です。残る2チームは、事務局直営の<マテリアルルーム(資料室)>として活動しています。 まず、NPOの3つから。 「NPOダンスボックス」は、コンテンポラリーダンスの支援・普及を行っています。運営している[Art Theater dB]での公演だけでなく、ワークショップや・公演・シンポジウムなどのコーディネイトも行っています。 次に、「NPO記録と表現とメディアのための組織 [remo]」。映像やコンピュータなどのメディアを介した表現を研究し、サポートするチームです。研究機関というかインフォメーションセンターのようなもので、数は多くないですが、上映会やワークショップも行っています。 「NPOビヨンドイノセンス」は、実験音楽と呼ばれる音楽の拠点です。実験音楽とは、簡単にいうと、「音楽」と「音」の間で試行錯誤を繰り返し、新しい「音表現」の方法を追求する、ジャンルというよりムーブメントです。このNPOが運営する「BRIDGE」はそういった活動をしているミュージシャンのコミュニティになっています。 それと、現在NPO認可申請中なのが、「こえとことばとこころの部屋 [cocoroom]」で、最もシンプルな表現形態である「詩」を軸に、アーティストやそれに関わる人々のサポートを行っています。ミニステージでの少人数活動の発表の場の提供、また、表現する人とそれを求める場所や人との繋がりを拡げていくことを大事にしています。 以上4チームがNPOの運営スペースです。あとは、<マテリアルルーム>の2チーム。 「spica record(スピカレコード)<音の資料室>」というのは、インディーズ音楽のレコード(音源)屋さんで、ライブハウスでしか売っていないような「市場のない」音源を取り扱っています。ほとんどが試聴可能な「音の資料室」です。その他、作家もののハンドメイド雑貨も取り扱っています。 最後に、「ダーチャ<図書喫茶>」。[ダーチャ]とはロシア語で[週末の別荘]の意味ですが、情報誌や美術のライターさんたちが運営しています。その勉強のために自然と集まってしまった本をおいていて、それを眺めながら、のんびりと過ごしてもらう憩いの図書喫茶です。定期的にテーマを決めて本を入れ替えているので、いつ行っても楽しめます。

岡部:先端的でずいぶん魅力に富んだ多様な活動をしているグループの方々が協力しているわけですが、角さんご自身の「アーツパーク」での主要なお仕事や担当分野はどのようなものでしょうか。

角:これ、いつも説明に困るんですよ。私の仕事は、行政(大阪市・(財)大阪都市協会)と大家さんであるフェスティバルゲートと各チームの三者を繋ぐパイプ役、というか通訳とでも言いましょうか。アートに関しての専門的な知識を持っている各チームですが、それらの活動に行政としてどのようなバックアップができるかを上に聞いたり、逆に、各チームがあまりにも脱線しないようにガードレールになったりといったことです。脱線、といっても芸術的なことではなく、社会的な関係性の部分が大半です。例えば、搬入が終わった車両は、他のテナントさんの搬入の邪魔にならないよう別に用意している駐車スペースに移動してくださいね〜、とか、ゴミは分別しないといけないでしょ〜、とか、そういうことです。あとは、2ヶ月に一回(奇数月20日)に発行している、「アーツパーク」内のイベント情報を掲載したフリーペーパー『SAPB(さっぷぶ)』の編集・発行もしています。各チームそれぞれweb siteを持っていますが、それを繋いでいるポータルサイト『SAP-S』の更新も、ウチの事務所内でやっています。

岡部:まさに今注目されている芸術文化の「つなぎ手」の役割ですね。


BRIDGE内観 ©Shinsekai Arts Park

Art Theater dB劇場内部 ©Shinsekai Arts Park

ダーチャ内観 ©Shinsekai Arts Park

ダーチャ外観 ©Shinsekai Arts Park


remo内観©Shinsekai Arts Park

06 成長のしくみは、今後どうなるのか

岡部:ここのNPOの人達は、乾さんが移動なさった後の、今後のことなどをすごく心配してるんではないですか。

角:そうでもないです。彼等はちゃんと法人化することが出来たし、フェスティバルゲートという場所があるし、ここだけは足かせが外れるような形で、じつはもっと自由に羽ばたけるような体制になっています。

乾:「新世界アーツパーク」の6つのチーム(BRIDGE、 remo、 Art Theater dB、 cocoroom、spica record、ダーチャ)の中身は、もともと完結していて、ここである状況が出来てやりやすくなっただけのことで、さっき言ったように、この各チームが素晴らしいかどうかは、一個一個の問題でその人らが完結するべき事です。我々の興味はこういうスペースの提供が例えば20も30もこのフェスティバルゲートの空きスペースで出来るかにある。でも、それはもう絶望です。残念です。

岡部:とても残念ですね。こんなにたくさんスペースが余っているのに、6スペースではちょっと少ない。

角:ほんとにその通りで、うちがあることによって、賃料を若干やったら払えるから傍にいさせてくれっていう団体さんも実際にいくつか申し出があるんですよ。べつに変な売り込みではなく。

岡部:それがもう駄目というのはいかなる理由によるのでしょうか。

角:事務局の私達に賃借契約を結ぶ権限がないんですね。ですからこれまではそう説明して、ずっとお断りしてたんです。でも、そういう声をちゃんと拾い上げて、「あ、ちょっとでも家賃の取れる人達が集まりつつあるんや」というのを察知して、アーツパークを軸として、元劇場経営者とかデザイン事務所とかを周りに配置することも可能なんちゃうんかな?って私と乾さんは考えてたんですけど、そういう方向に一行に進まなくって。

岡部:要望があり、スペースがあるのに、それが進まないのは、賃貸しでも安くできないという高価な場所代のためですか?

乾:いえ、認知ですね。つまりオーソライズ。この活動はオーソライズのためにやってるんです。今すぐに素晴らしいわけではないけれども、「成長するしくみ」であって、金銭的じゃない価値がある。これは行政として高い公共性をもっているので、このシステムでグウーっと広めて行きましょうということが認知される必要があるんですね。

岡部:乾さんはそうした方向で行政に提案をすでになさったのですか?

乾:提案するまだ前の段階です。ここはできてから一年半ですので。言葉じゃ駄目なんです。ペーパー上のデータができないと。

角:もう、2・3年待ってくれればね。

乾:そうそうそう。

岡部:提案する前に、現在は大阪市では縮小の方を考えはじめているという感じもあるのですか?

乾:考えてるというか、そういう意識的なものじゃないと思うんですけど、私がそれを提案できるような共通の理解に到達する作業が出来なかったということです。

岡部:それが出来なかったのは、乾さんの力不足というより、むしろ行政側に理解が不足しているということではないですか?

乾:いやいや、でも力不足ですよ。

角:タイミングですよね。乾さんがもう1年いて、フィスティバルゲートの経営破綻があと1年伸びてたら、もうちょっと違ったと思う。あと1年あったらもう少し良い形になってたん違うかなって思いますね。

岡部:確かに経営破綻があると、次ぎにどこがどう管理することになるかわからないですからね。

乾:僕は説得がヘタ。これは能力の問題で、だから僕一人ではたぶんもう理想のアピールは出来ないと思ってるんですね。説得のプロフェッショナルがいるな、ってずっと思ってた。

岡部:説得のプロって、行政にいる人でですか。

乾:エリートの中にはやたら説明が上手い人がいてるんです。

岡部:政治家っぽい人?

乾:でも、そういう事を言ったら違ってしまうんですけど。

岡部:嘘を言っても説得して、何かを強引にやろうとするような政治家的な人がいたら、かえって最初からこういう成果に長時間かかる草の根的芸術文化活動はやらなかったりもするでしょうけど。

乾:そうですよ。ただもう一人いてペアになれたら良かったな。

岡部:一人ではあまりにも忙しすぎたでしょうしね。もう一人プレゼンのプロがいればね。(笑)

乾:そう。営業と職人とがペアにならないと、職人だけではあかんねやな、っていうことが分かりました。

角:でもこういう気質の人やったから、実際にいろいろとプロジェクトを進行していく人間が私以外にもいっぱいいて、その周りにアーティスト群がぶゎーって控えているわけで、いったい、何人の人を巻きこんどんねん、っていうほどの人数ですよ。

岡部:すごいですね。実際にはどのくらいの人数になるのですか。

角:直接一緒に仕事をしていると感じているスタッフだけでも100近くいるでしょ。

乾:友達の友達とか入れればね、人数は計算のしようによっては増えるけど。

角:どこ行っても「〜だす」って語尾に付けたら、乾さんのとこで働いてはるんですか?って言われるもんね。やっぱり、これって気運と盛り上がりですよ。

岡部:残念ね、せっかく盛り上がって来ているのに別の部署に移動になられて。だいたい状況が分かりました。私としては今後も乾さんが仕掛けた「ゆるーい成長のしくみ」が残って、稼働して続いていって欲しいと思います。

乾:それはなんとか生き延びる可能性はあります。

岡部:後に残られる角さんご自身は、乾さん以後の「アーツパーク」の現状と今後についての展望は実際のところどうなのですか。

角:現在、フェスティバルゲートビルのオーナーである大阪市交通局が、信託銀行団撤退後の新運営団体をコンペしている最中です。2004年10月1日に体制が変わるのですが、それによって「アーツパーク」にどのような影響が出るか、現段階では全くわからないのです。なんせ、警備員さんやその他フェスティバルゲートの全スタッフが入れ代わる可能性があり、せっかく積み上げてきた関係性が全て白紙になるのです。中西さんと同じような「関係性を作る」作業を、私もこのフェスティバルゲートの中でやってきていて、ようやくいろんなことがやりやすくなってきていました。それがもう一度「立ち上げ」るのと同じ状態になる訳で、せっかく各チームの動きが軌道に乗ってきたというのに、またあの「全て手探り」の状態に戻るわけです。 目下の目標は、各チームがこれまでどおり活動できる状態にいち早く戻すこと。これ一点です。あとは、それ以降、どのように「アーツパーク」を拡げていけるかを試行錯誤していきたい。拡げると言っても面積ではなく、利用者や観客、スタッフといった面ですね。正直言って、一般的にはとっつきにくいモノを扱っていることは自覚しています。でも、単に面白いだけのものや仲間内だけにウケるものをやっているわけではないのも、何回か来てもらえればすぐに分かります。目の肥えた人は、一回来ただけですっかりトリコになってしまっているのを、何度も目撃しています。だから、何かもの足りない、と思っている人がすぐにここにひっかかるように、網を張る。そんな作業を地道にしていくしかないです。 少し冗談めかして言わせてもらえれば、「このオモシロサは、分かるヤツにだけにしか教えたくないわ」って思っていたりもするんですよ。「簡単に教えたくないけど、教えたい」っていう、このファン心理。これが原動力かなぁ、と最近つくづく思います。だいたい、乾さんはズルイんですよ。私が、「新世界アーツパーク」のみんながやってるようなことは何でも楽しんでしまう性分なのを見抜いて、こんなしんどい仕事に割り当てるんですから。

岡部:ありがとうございました。まだ将来は見通せませんが、「アーツパーク」も「アーツアポリア」も、見守ってゆきたいだけの人的魅力がある場所にすでになっているようですね。

上田假奈代ライブ ©Shinsekai Arts Park

フェスティバルゲート ©Shinsekai Arts Park

spica record内観 ©Shinsekai Arts Park

インストアライブ ©Shinsekai Arts Park

07 「アーツアポリア」ふたたび

*このインタヴューに登場している話題の人物中西美穂氏(NPO法人大阪「アーツアポリア」代表、事務局長、非営利共催プログラム担当者)に、「アーツアポリア」についての詳細をメールでインタヴューしました。(2004年9月2日)

岡部あおみ:希望者は多いかと思いますが、今までどのぐらいのアーティストが応募してますか。

中西美穂:希望の問い合わせは多いですが、見学会に来て、10ヶ月続けられる自信がない(思ったよりも広すぎる、毎回のミーティングに参加不可能、表現者として商業的な方向にすすみたいのでここのNPOとは違うなどの理由)で、応募を諦める人も居ます。今回は10人の枠に14人でした。

岡部:応募者から、最終的にはどのようなプロセスでどなたがアーティストを選ばれているのでしょう。

中西:NPOのメンバーで視覚芸術専門のコーディネイター複数で、応募者全員に約30分〜1時間面接します。そしてコーディネイターで定員数の候補を選出し、NPO理事会にかけます。さらに理事会で承認会議にかけ、そのときには候補外の人についても資料を用意し、必要があれば説明します。最終的には、この理事会で、承認を得て、正式に選ばれます。合格すれば基本的に、週6日朝10時〜夜10時まで自由にアトリエを使用できますが、乾さんが話されている「社会的貢献」的活動としては、オープンアトリエのほかに、毎月1回のミーティング&ワークショップ、3〜5回の掃除当番などもあるわけです。

岡部:インタヴューのなかで、乾さんが何度も、中西さんが、「お世話をする」と何度も話されていますが、実際にはどのようなことをなさっていらっしゃるのでしょうか。

中西:機材や技術面での問題があれば随時、NPOの人材ネットワークをつかって相談に応じてます。オープンアトリエについては、ミーティングを定期的に開くようにコーディネイトし、はじめのうちはバックグラウンドが違うアトリエメンバーの交流が深まるように、アートに関する話題を1つ決めて話し会いを提案するなどのワークショップを提案します。昨年度は後半はアトリエメンバーが自主的にワークショップを企画したいとの申し出がでてきたので、それに以降していきました。他に、機材や技術面での相談随時、外部からの美術関係者の訪問があれば積極的に紹介します。昨年度のアトリエメンバーのうち、1名は岡山のアートフェスティバルに、1名は夏休みの小児科病棟の訪問制作に、他2名はギャラリーの企画展に招かれました。岡山のアートフェスティバル参加と、小児科病棟の訪問制作については、アートマネジメントを一部を事務局でフォローしました。  他のプログラムでも、アーティスト、ミュージシャン、ボランティアスタッフにしろ、その人の持っている資質が、うまく湧き出るように、リラックスできるような「お世話」を考えています。それは、NPOの主要メンバーがアーティストだから、痒いところに手が届くというイメージなのかもしれません。まずは、その人が来たら、事務局のメンバー全員に紹介する、他のプログラムの人にも紹介する。毎月1回行われる事務局と行政の人とのミーティングの時にも、気軽に紹介し、アーティスト本人から表現活動内容について話してもらう(たいていは、親しみのない分野のことなのでわからないかもしれませんが、その一生懸命さは伝わります)。近所の飲み屋や弁当屋を紹介する手作りの絵入りマップを渡し、おすすめを紹介する、などです。

岡部:ボランティアで働いたり、戻ってきたりする人がずいぶんいるようですが、どのような関係をおもちなのですか。

中西:1年登録で、時間のある時に参加して、仕事や学業が忙しい時はしない場合もあるので、そう見えるのかな?別に、ここのボランティアだけを一生懸命にやってくれーという姿勢ではないので、アートに興味がある人には、他のアートプロジェクトのボランティアの紹介もします。

岡部:最後に「アーツアポリア」の現状について、一言うかがえれば。

中西:プロジェクトの4年の詰み重ねが、それぞれのプログラムの中ですこしづつ形になって見え始めてます。昨年度アトリエメンバーだったり、ここに出演したミュージシャンや、プロジェクトに参加したアーティストが、国内外で活躍しはじめています。この流れ(アーツアポリアを経由した表現活動が深みを持って広がる)が、一過性のものでない「場」づくりを真剣に考える時期だ思います。そのためには、拠点である市の遊休施設「築港赤レンガ倉庫」の将来のビジョンについて、事業パートナーである行政と、より具体的に話し会いを持てればと思っています。そして、その話し合いを、できれば、さまざまなきっかけでアーツアポリアに関わっている20代〜50代のアーティストや研究者、アートマネージャー、アートファンら約50名強にオープンな形ですすめれればと思います。  また、日々の安全管理のためにも、「築港赤レンガ倉庫の一部」を使用し年間電力の基本料金を支払っているのに、昨年度については数日、今年度については一日も使用していない「事業」についての、情報を公開して欲しいです。  大阪市には、芸術大学や、芸術学部が存在せず、アートセンターもなく、近代美術館が実際に稼動していない状況です。しかし、表現者は日々活動しています。公立美術館の必要性について問われる今日において、日々その都市で生活し活動する表現者こそが、ひとりの市民として芸術振興にコミットできるような「場」づくりが、現場と行政が乖離し効率の悪い事業を見直す足掛かりになると思います。

岡部:具体的な内容と実情、今後の抱負をありがとうございました。

(テープ起こし:安生菜穂子)


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