Cultre Power
NPO A.I.T.
contents

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Copyright © Aomi Okabe and all the Participants
© Musashino Art University, Department of Arts Policy and Management
ALL RIGHTS RESERVED.
©岡部あおみ & インタヴュー参加者
©武蔵野美術大学芸術文化学科
掲載情報の無断使用、転載を禁止致します。

インタヴュー

小沢有子(ディレクター)×岡部あおみ&岡田伊央

学生:河野通義、じゃんゆんそん
日時:2003年7月11日
場所:AITルーム 150-0033東京都渋谷区猿楽町30-8ツインビル代官山B-103

01 NPO法人AITのできるまで

岡田伊央:まずはじめに、AITのホームページ(http://www.a-i-t.net/)で活動の履歴を拝見したんですが、最初が「2001年4月  AITの前身であるArt Orbitを立ち上げ、」とはじまりますよね。もともとはナンジョウアンドアソシエイツのなかから生まれた活動だとうかがっているのですが、ナンジョウアンドアソシエイツがNPOを立ち上げるきっかけ、どういった考えからアートのNPOが必要だという結論に到ったのでしょうか?

小沢有子: NPOにしようと思ったのは2001年にArt Orbitという団体をつくり、しばらく経ってからのことです。Art Orbitの構成メンバーは、ロジャー・マクドナルド、小澤慶介と、宮原洋子と私の四人です。南條事務所のなかからうまれたというのは、事務所スペースの共有などの物理的なことがあるとおもいますが、そのほかにも当時、南條事務所の代表であった南條史生さんを中心として、宮原、小沢の間でアートの教育という共通の関心があり、なにか学校のようなものができないかという話が出発点です。
ロジャーが横浜トリエンナーレで南條さんのアシスタントをしていて、彼が教育に非常に興味をもっていることを知っていたので、そのあたりの互いの関心を結び付けたら形になるかなと思い、まずロジャーと話をすすめました。ロジャーからは、パートナーを組みダブル・ティーチングでやりたいという提案があり、そこで、慶介に声をかけ、集まったのがこの四人です。最初にArt Orbitという団体をつくり、そのなかでキュレーションとオーディエンスの二つのクラスを開講しました。実際にやってみると、私たち自身が面白くてやめられなくなってきました。また、南條事務所は株式会社で、基本的に営利追求型の法人であるのに対して、我々のやっている学校は営利を追求しはじめたら、スタッフにかかっている人件費などを考えると、より多くの人にアートに関わる機会を提供したいという思いと本質的に違ってくるのですね。だったら、今は NPO法人というものがあるらしい、それは非営利を目的とし、資本金がなくても法人格が取れるし、契約の主体になれるし、これを機にアート教育だけではなくて、そのほかいつくかやりたいと思っていた活動ができるのでは?という思いにいたりました。
株式会社ですと、投資家はその会社の株を買うことで投資をし、株主となり会社に利益がでればその見返りとして基本的には「お金」での配当がもらえる。一方 NPOというのは、もしかしたらそれに似たものとして、一般に「会員制度」があります。会員は、会費を払うことでNPO団体を支援し、その団体が自分たちの望む生活環境を整えてくれたり、サービスを提供してくれることを見返りとする。なぜ支援するかというと、会員が団体の活動の意義に共感し、行政や個人が提供しにくい、自分たちに居心地のよい環境をつくりだす期待があるからこそ、支援するわけです。つまり、これまでと違うルールで人々が芸術に関わり、芸術を支援するという仕組みだと思います。そのときにアートの本質となにか合っている、つながっているのでは、と思ったんですね。もちろん、アートも経済の仕組みの中で機能していますが、その精神は、まったく別の次元での複雑な考え方のなかで息づいているような気がします。また一般的に言われている、助成金が受けやすいこと、契約の主体になれること、法人格がとれるだとか、そういうところにもメリットを感じて、NPOをやってみようかと。
メンバーは基本的には同じようなことを考えていたり、問題意識をもつ人たちが集まり、6人になりました。住友文彦と中森康文の二人が前述の四人に加わりスタッフとなりました。住友さんについては今、金沢21世紀美術館建設事務局の学芸員として勤務していますが(2004年からNTTのICC学芸員)、美術館としてできない部分をNPOとしてできるのではないか、と。彼の興味は教育だけではなく、メディアの必要性を感じていて、具体的には本や雑誌の出版だったので、そういった部分で一緒に何かしたいね、と。もうひとりの中森さんはMAD(AITの教育プログラム)のキュレーション・コースの第一期生です。彼はもともと弁護士ですが、この6人が集まって、スタッフメンバーを構成しています。そのほか、南條史生さんをはじめ、国内外のキュレーターやアーティスト、美術専門家をアドヴァイザーに迎えています。

『AIT HOUR MUSEUM』展(2002年、港区新橋6丁目施設[旧桜川小学校体育館])photo A.I.T.

(左から)小沢有子、中森康文、ロジャー・マクドナルド、宮原洋子、小澤慶介、住友文彦 photo A.I.T.

02 サザビーズ・インスティテュートのアート理論・実践コース

岡部あおみ:小沢さんご自身は、もともと南條事務所のスタッフとしていらっしゃったのですか。

小沢:そうです。宮原さんは南條さんの秘書として、ずっと南條事務所に関わっており、私は南條事務所のスタッフとして、コーディネーションやマネージメントなどを中心に仕事をしてきました。

岡部:何年から南條事務所に勤めていらっしゃるんですか。

小沢:96年くらいからです。

岡部:大学を出られてすぐですか。その前は何を?

小沢:大学を卒業してからイギリスで2年間、現代美術の勉強をして、帰国してから新宿のワコウ・ワークス・オブ・アートで半年くらいアルバイトをしたあと、南條事務所に勤めています。

岡部:イギリスでの2年間、どこの大学で何を勉強なさっていたのですか。

小沢:サザビーズ・インスティテュートというオークション会社の学校なのですが、そこで一年間の集中コースがあってディプロマをとりました。その前には、大学が法学部政治学科という全然、美術とは違う分野だったので、アート全体のことを知りたいと思って、ロイヤル・アカデミーの学校やロンドンのサマースクールに行って、美術史や英語の勉強をしていました。

岡部:日本ではどこの大学だったのでしょう。

小沢:学習院大学の法学部政治学科です。

岡部:ここの事務所のスタッフの方々は、経済学を治めた南條さんをはじめとして、最初は美術史などとは違う学科を専攻してらした方が多いかもしれませんね。ロジャーさんも確か、政治学でしたし。

小沢:そうですね。ロジャーは国際政治、宗教学、そして最後が美術です。

岡部:宮原さんはどうですか?

小沢:宮原さんは美学で、小澤さんはフランス文学ですね。

岡部:小沢さんは大学では政治や法学の勉強をなさっていたけれども、もともとアートに興味があったのでしょう。

小沢:アートそのものというよりは、現代の社会について興味がありました。いまの社会がどのように動いているか、世界の構造についてだとか。とはいえ、いわゆる遊んでいる大学生で(笑)、高校も大学と一緒でしたし。当時、現代について学べる分野として考えたのが法学部政治学科だったんです。

岡部:それで、現代の状況を把握するのに、アートから入っていくと本質に近いところにいくかな、と直感したわけですね。

小沢:大学のときに何度かイギリスに行く機会があって、そのときにアートをみてこんな面白い世界があることを知りました。

岡部:サザビーズ・インスティテュートに入られたということは、最初からアートの勉強をしようと思って海外に行かれたと解釈できますね。ということは日本にいるときからすでに美術に対する興味はあったのですよね。そのきっかけは何なのですか。

小沢:大学のときの海外旅行で、日本ではあまり感じなかった、アートのライブ感というものをロンドンで感じました。あとは、小さいころにアメリカに住んでいたことがあったので、外国には絶対にでてみたいと思っていました。

岡部:一番イギリスでアートの活気があった頃ですしね。

小沢:それに、文化に関わる仕事がしたかったので、人々と文化の関わり方にも興味があって、面白かったです。

岡部:サザビーズ・インスティテュートの一年間の授業は面白かったですか。ほかにあまりそこで勉強した日本の人はいないようですね。

小沢:面白かったですよ。サザビーズの短期コースには日本人が非常に多いのですが、一年間のコースには日本からきた人は私しかいませんでした。プログラムは、理論や思想のクラスと実務や実践のクラスとの2つの柱がありました。理論や思想のクラスでは、かなりいろいろな哲学のテキストを読まされました。一方、実践的なクラスではクラスの外にでる「遠足」のようなものも非常に多く組まれていて、ロンドン市内、イギリス国内はもちろんのこと、ヨーロッパにも二度行きまして、画廊、美術館、アーティストのスタジオを先生と一緒にまわりました。そういった機会が非常に多かったので、セオリーだけではなく、実際アート界がどうなっているのか、海外の美術館はどういうものか、現代美術館はどういうものか、本当にたくさん見る機会がありました。

岡部:受講生の人数は多いのですか。

小沢:それほど多くはないです。20名程度ですね。

岡部:少ないので、全員でフィールド・トリップに行けるのですね。受講費用はイギリスだから高かったでしょうね。

小沢:高かったです。イギリスは基本的に学費が高い。とくにアジア人対しては、奨学金などが全くないですから。イギリス人やヨーロッパ人に対しては優遇制度がありますが、アジア人にはこれまで一度も奨学金を払ったことがないと言われましたね。

岡部:ご教示ありがとうございました。アートNPOの運営といった新たな仕事を手がける方の教育的バックグラウンドを知りたいと思いまして。ご自分が受けた教育と、AITの教育方式がなんらかの形で関わっているのではないですか。

小沢:それはひとつのポイントになっていると思います。私だけではなくて、ロジャー・マクドナルドも小澤慶介もイギリスで教育を受けているので、おそらくイギリス的教育の影響部分は強いと思います。実際、数人の人に指摘されたこともあります。ただひとつ思うのは、3年間AITをやってきたなかで、自分達が一番強いところ、関心があるところを押していくべきじゃないか、というのもはっきりしてきました。もちろんすべてを網羅的にやる、というのも大事なのですが、ひとつ強いところを全面にだしていくような団体になるのも重要かな、と。そこで特色が出てくるでしょうし、アイデンティティもでてくる。不得意なことより、得意なことを強く、と考えています。

03 トヨタ財団がアーティスト・イン・レジデンスに助成

岡部:NPOになったのは2002年ですね。

小沢:はい、5月です。NPO申請をしたのが2002年1月で、申請をしようと思い立ったのが2001年の11月。つまり2001年の4月にArt Orbitの教育プログラムを始めてから7ヶ月後の11月にはNPO法人化を考えました。

岡部:では現在小沢さんは、南條事務所のスタッフとして働きながら、AITも兼務していることになりますね。

小沢:そうです。そういう意味では、最初のスタッフ二人がもともと南條事務所に所属していましたし、事務所も共有しているなどいろいろな面から、AITは南條事務所の協力を得ながら立ち上がったものといえます。

岡部:現在、南條事務所のスタッフとして勤めているのは小沢さんとロジャ−さんと宮原さんもそうですか?

小沢:宮原さんも関わっています。

岡部:今はNPO法人となって、1年が経ちますが、実際のメリットはありますか。

小沢:そうですね、いろいろな人に話すときに理解されやすいですし、助成金を受け取りやすいともいえます。2003年は、トヨタ財団からアーティスト・イン・レジデンスに関しての助成金を受け取ることができました。もちろん、事業内容に助成してくださったと思いますが、我々のような新しいNPO法人に対して支援したい、という気持ちがあったと仰っていました。企業としてNPO法人を支援しようという傾向を考えると具体的なメリットがあったといえます。

岡田:NPO法人格を得る前にも助成の申請をしていたのですか。

小沢:していませんでした。そのときは事業の内容が教育プログラムだけでしたので、助成申請の枠もなかったですし、スタッフ的にも余裕がなかったと思います。

岡部:トヨタ財団はエイブル・アートなどへの支援やマネージメント講座の運営などを手がけていますが、いわゆるアートのインフラを整えるためのレジデンスのようなものに対しても助成枠があるのですか。知りませんでした。これまでは環境についての研究助成などはありましたけど、アート関連は少なかったと思います。

小沢:今年がはじめてのようです。たしか今年一緒に助成を頂いたのが「芸術家と子どもたち」という、小学校や中学校にアーティストを派遣してワークショップ的な美術の授業をしましょう、というNPOでした。

岡部:トヨタなら助成が続きそうで期待できますが、かなりの額ですか。

小沢:150万円です。しかも3分の1を事務局費として計上できるのでいいですね。事業費だけにしか使えないタイプの助成だと、まあ、もちろんそれでも非常に助けになるのですが、それを動かしていく人に対する保障がなく、みなボランティアで働くしかない。結局、その事業を誰がやるのか、ということが重要なのに人材に対して投資する助成の枠組みが非常に少ない。そういうことからも、話が飛ぶように聞こえるかもしれませんが、やっぱり人材の大切さを感じます。 AITをやっていくなかで、人という宝を価値として認めないようにはしたくない。人あってこそ、AITがあるのですから、そこにはきちんとした価値を認めながらいきたいと思っています。

04 アイディアとニーズを結ぶバランス感覚

岡田:先ほどお話にあったメンバー構成についてなんですが、アート界ではアーティストが主体となって、自分達を取り巻く環境をより良くしたいという思いからNPO化する、という話を比較的耳にするのですが、AITは様々なバックグラウンドをもった人たちが美術に関心をもって集まったNPOですよね。そのなかで、具体的な強み、得意な分野としてはどんなことがありますか。

小沢:全体的に私たちが強いと思っているのはやっぱりソフト、アイディアですね。それはAIT自体の動きとも非常に似ているのですが、AITの事業は日本中あるいは世界中の「箱」にあわせてどこでもできるもので、ソフトがあれば東京のフィールドのどこでもできると思っています。ある箱で小さければ、また別の箱にいって、ソフトを広げればいい。やどかり的というか、中身によって、外を変えていくという動きを常にできればいいな、と思っています。フレキシブルに、つねに変化と移動をしつづけることが可能、ということですね。

岡部:それは外から見ていても感じますね。

小沢:そうありたいと思っています。スタッフがそれぞれ違う関心があり、互いにいいバランスを保つことが大事だと思っていますね。ロジャーは本当にアイディアが豊富で、非常に軟らかい人なんですね。常にこれまでとは違うやり方を探そうという姿勢があって、彼はそういった面で大きな役割を担っていますし、住友さんは幅広い分野において知識が豊富なのですが、ご存じの通りアカデミックな立場にもある人で、文章を書いたり、そういった部分がとても強いです。

岡部:ご自分はいかがですか。

小沢:私はバランス、ですね。つまり、人と人、ものともののつながりだとかそのバランスを見ています。たとえばこれは余談なのですが、ロジャーと南條さんが一緒に仕事をしたら面白いだろうな、と思って紹介したこともあります。人と人をつなげたり、編集的な仕事が得意かもしれませんね。たとえば突飛なアイディアだけがあって、それをやりたいという情熱だけがあっても社会とはリンクしていきません。そこをどうやってそのアイディアを活かしながら社会とのバランスをとっていくか、社会のニーズとの接点を見つけだしていくか、という部分を私がやっているのではないかと思います。

岡部:とても大事なことですね。

小沢:小澤慶介さんもレクチャーを丁寧にしてくれますし、彼とロジャーがいなければ、MADは成り立っていかない。宮原さんもとても細かいことに気がついて見てくれていますし。中森さんは基本的にニューヨークにいるのですが、ニューヨークにひとりスタッフがいてもかっこいいかな(笑)、とか。彼はニューヨークに渡ってキュレーターとして仕事がしたいということで、弁護士の仕事をしながら、この間までホイットニー美術館のアシスタントキュレーターをしていたり、ハンター・カレッジに通っていたり、インディペンデント・キュレーターとして動いていて、様々な情報をもっていて、将来に向けては、アメリカのファンドレージングの調査などをしています。

岡田:私はMADの受講生としてAITを知ったのですが、AITの方々はきっと少しずつ違った角度から美術を捉えていて、だからこそAITの視野が広がっているように感じます。MADの授業では受講生が本当にいろいろなことを言うのですが、それをちゃんと拾って話が広がっていくんですね。

小沢:これはちょっと下らないような話なのですが、AITのなかで、「誉め合う」というのがあるんですね(笑)。「あのときのあのコメント、よかったよね」とか「ロジャーのあれがよかったね」とか。常にお互いを評価しあう、というのがごく自然に出来ていて、それがお互いの自信にもつながります。メンバーそれぞれの微妙な差異が広がりであり、同じ方向を向いている、同じ感覚をもっているという一体感があって、その二つが合わさってAITの絶妙なバランスになっているのかな、と思います。

05 活動の広がりと実験精神

岡田:AITの活動は教育プログラムにはじまり、現在はシンポジウムやレジデンスなど、多様に広がっていますよね。そのなかで、運営理念などが変化したこと、または変らないことなどはありますか。

小沢:それほど変らないですね。基本的にはみんなが必要だと思っていることで、社会も必要だと思っているだろうことをやっていこう、と。パブリケーションですと、バイリンガルで日本の文化や現代美術を発信していく媒体が必要なんじゃないか、とか。レジデンスですと、海外のアーティストやキュレーターには、日本に来たい、東京に来たい、という人が多いにも関わらず、その受け皿がない。そういったことができる団体としてAITが活動できたらと思います。

岡部:おそらく組織を立ち上げて、主旨から動くというより、社会の需要といった面から発想していくから、運営や経営があとからついてくる、といった感じでしょうか。

小沢:そういうところはありますね。社会の需要と私たちのやりたいこと、関心のあることの接点。でもやっぱり、AITが社会の中で実験したいこと。それがAITらしさにつながっていると思います。

岡田:4月に行われた「リチャード・ゴーマン」展(ヨコハマ・ポートサイド・ギャラリー)のシンポジウムやポーラでのレクチャー(AIT LINK LABO@POLA)などは、先方からオファーがあるのですか。

小沢:それは両方ですね。ポーラに関していうと、ポーラ美術振興財団が様々な活動をされているということから、財団の理事長であり、ポーラの社長でもある鈴木さんという方にお会いする機会があった。その方はとても芸術を愛して、実際に美術館をつくっていらっしゃいますし、彼の芸術に対する姿勢に共感して、この方と何か仕事をさせていただければ、と思いました。また一方で、MADの授業は受講生しか出席できませんので、公開授業をやってほしい、という問い合わせがあり、その二つを合わせて何かできないかと思いまして、こちらから鈴木さんにお願いして実現したものです。また「ゴーマン」展の場合は、あちらからシンポジウムをしたいのですが、より面白い内容を考えてくれませんか、また、集客の協力をお願いしたいとお話がきました。ので、両方のパターンがあります。

岡田:私はポーラのレクチャーの終わりころに滑り込んだのですが、いつものMADの授業とは趣が少し違って、FMラジオのような印象を受けました。アートを介した和やかなコミュニティといった感じでした。

小沢:あのときはテーマも比較的わかり易いものを選びました。先ほど、ニーズとつなげるという話をしましたが、あのレクチャーではポーラ美術館にある作品を出発点として現代美術までをつなげる、ということをしました。「パラダイス」というテーマのもとに、ルソーのジャングルの絵からフィッシュリー&バイスの屋久島の写真作品に、「旅」では、モネの汽車の絵からまた違う現代美術の作品につなげました。すると、現代美術にそれほど興味のない人でも、印象派から入って、意外に現代美術も面白い、という発見につながればいいというのと、せっかくポーラ美術館のアネックスでやるので美術館の所蔵作品をレクチャーに取り入れたいな、というのがあって、そのほうが来る人にとっても自然ですよね。

岡部:それはまたなさる予定ですか。そのときはどれくらいの人が来られましたか、有料ですか。

小沢:またやりたいとは思っています。あのときは延べで60〜70人位がきました。二日間で1800円くらい、一日二時間ほどでした。

シンポジウム:「At Hom/Not At Home? 東京のアーティスト・イン・レジデンスの最新事情」
(於:ポーラミュージアム アネックス)photo A.I.T.

06 スウェーデンのIASPISと組んで、レジデンシー・プログラムを始動

岡田:先ほど少しお話にでました、レジデンシー・プログラムについてもう少し詳しくお伺いしたいのですが。実際のレジデンスの場所はどこなのですか。

小沢:レジデンスは東京の向島というところにアパートが一つあって、そこを使って、2003年の9月からIASPIS(イアスピス http: //www.iaspis.com/ )というスウェーデンの政府機関の団体があるのですが、そこからスウェーデン人のアーティストをひとり派遣してもらって、3ヶ月東京に滞在してもらうということが決まっています(2003年9月17日より、アーティストのマリット・リンドバーグ Marit Lindberg が東京に3ヶ月間滞在予定)。アーティストはすでに決まっていて、今年はじめてその活動をやってみることになっています。本来ならば我々も作家選考に加わりたかったのですが、わりと急に決まった話だったので、今年についてはIASPISで作家を選びましょう、ということになりました。次回からは我々も一緒に作家を決めることになっています。基本的には航空運賃と滞在費、場合によっては制作費もスウェーデンが出してくれます。

岡部:こちらとしては、レジデンスの管理やアーティストのお世話などをするのですね。

小沢:作家の滞在を成功させるためのアドミニストレーション的な様々な費用についてもIASPISが負担してくれることになっています。

岡部:IASPISは、現代アートやアーティストに関する支援体制において、世界でもっとも参考にすべき組織だという評判の高い政府機関なのですが、彼らは一体どのくらいの予算をもっているのでしょうね。

小沢:それはちょっとわかりませんが、先日話を聞いたときには、IASPISの全体の財源が数億円だと言っていました。IASPISはスウェーデンのアーティストであれば、航空運賃は出してくれるし、助成の規模が日本とは違います。それにジャンルがヴィジュアル・アートに限らず、多岐に渡る芸術活動を支援していて、文化は産業であると考えているわけです。実際に、文化が産業になっているということが統計として出ているらしいんです。それを政府に提出し、認められている結果、継続的に支援している、と言っていました。

岡部:IASPISと組んでレジデンスを運営するという方式を、恒常的にやっていくお考えでしょうか?

小沢:とにかく、なるべく早くレジデンスを始めたかったんです。それで誰と組めるか、と考えたときにIASPISだった。向こうも求めていたんですね。

岡部:オーストリアやフランスのように、政府が日本に直接レジデンスを持っていることもありますが、そういえば北欧はなかったですね。きっと北欧諸国のほうとしても提携できる日本の信頼できる機関を探していたんでしょうね。

小沢:そうですね。そうした状況を知っていて話をしにいったら、うまくいったんです。IASPISのアーティストが来たあとは、誰が来るかまだ未定ですが、この形態は資金的に安定した収入としても重要です。もしデメリットがあるとすれば、西欧列強国といういわゆるお金持ちの国からしかアーティストが来られないという点です。それだったら完全に我々がイニシアティヴを取れて、さらにそういった国々ではないところからアーティストを呼べるような体勢を整えたいと思って、トヨタ財団に申請しました。そうしたら助成を受けることができたので、3ヶ月くらいはそういった国からのアーティストも滞在できるかな、と思っています。2004年の1月から3月までのあいだに南米、アフリカ、アジア諸国出身のアーティストをレジデンスに招聘できれば、と(南米コスタリカ出身のフェデリコ・エレーロ氏(78年生まれ)を招聘。エレーロ氏は2001年の第49回ヴェネツィア・ビエンナーレにて特別新人賞を受賞。2004年1月下旬より約3ヶ月間東京に滞在)。

岡部:そういうふうにバランスをとれるといいですね。列強国には費用を持っていただき、予算をとれない国々からはこちらで持ちましょう、というように。

小沢:そうですね。そういった体勢を作っていくのがひとつの役割としてあるのではないかと思っています。ただアーティストを受け入れるだけではなくて、こちらがイニシアティヴをとってAITのメッセ−ジを発していく、というのも重要だと考えています。

レジデンシー・プログラム:フェデリコ・エレーロ(コスタリカ)展示風景
(於:ギャラリー小柳ビューイングルーム) 助成:財団法人トヨタ財団 photo A.I.T.

アーティスト・トーク:マリット・リンドバーグ(スウェーデン、レジデンスアーティスト)
photo A.I.T.

07 寄付だけに頼らずに回してゆけるNPOへ

小沢:レジデンス場所が向島だったというのは、たまたまです。ある方が私たちの事業を理解して下さり、アパートをご提供いただけることから立ち上がりました。基本的に、頂いたサービスに対してはきちんと返したい。ということは、我々の出したサービスに対してもきちんと返してほしい、というメッセージでもあるのです。なので、提供していただいている期間は家賃をお支払いしています。

岡部:好意だけに頼っていては、恒常的には成立しがたいですからね。

小沢:そこがNPO法人の穴だと思っているんです。これだけ私たちが良いことをしているのだから、みんな寄付してくださいよ、みなさんの好意を待っています、というような団体にはしたくない。NPO法人といえども普通の会社と基本的には同じで、収支も財務もやらなければいけない。自分達のやっていく事業、仕事で収入を得て、それできちんとまわっていくようなかたちでないとプロフェッショナルとは言えないと思いますし、そういうふうにやっていきたいと思っています。

岡部:2002年に茨城県守谷市にあるアーカスを訪ねました。アーカスのレジデンスも、フランスなどから作家を呼ぶと先方が幾らか負担してくれるそうですが、アジアから作家をよびたいとなると、自分達の予算のなかからよばざるを得ないから、常にそういう人ばかりを中心にすることはできないようです。AITの場合は、他のレジデンスとの関わりで、東京にレジデンスがない、ということから必要だと考えられたわけですね。そうしたニーズに対しては、まず東京都に働きかけるといったことをなさらなかったのでしょうか。東京都には、空いているビルや空間がかなり沢山ありますが。

小沢:したいと思っています。実際、東京都が運営しているトウキョウワンダーサイトの館長で建築家の今村有策さんもレジデンスについて興味を示していらっしゃいますから、いろんな形で連携が組めたらいいなと思っています。京島では嘉藤笑子さんをはじめいろいろな人がレジデンスをやっていますので、滞在しているアーティストたちが展覧会をできる場所を東京都が場所として提供してくれるとか、そういう形で連携できるようになればいいなとも思います。あとレジデンスに関してもうひとつ考えているのが、受け入れるだけではなくてアーティストを送りだすことです。日本人のアーティストが海外に滞在して作品を作ることも非常に重要です。

岡部:日本だとみんなACCなどから奨学金をもらって海外に行ってますね。日本からだと文部科学省の奨学生というかたちで、海外の学校に登録して学生になればかなり多額な費用も出していただけるけれど、名目がレジデンス滞在となると、それに適合する費用はないんですね。

小沢:なので、日本からもアーティストを送り出せる仕組みを作りたいと思っています。

岡部:私も4年くらい前から日本の作家をカナダのバンフ・クリエイティヴ・レジデンシーに送る、という企画を手がけています。今は実行委員会方式で、資生堂などに支援を仰ぎ、企業メセナ協議会に申請して、毎年ひとり分しか費用はないのですが続けています。ただ難しいのは、海外からの受け入れだと国内でそれなりの波及効果を出せても、作家を派遣する場合には、資金提供者に対して支援の成果を形にしにくいという点があります。アーティストが向こうに行って制作をするということだけで終わってしまうと、もちろん滞在経験などの話を聞くことができても、コスト・パフォーマンスは短期的にはほとんどないですから、わかりづらい。ア−ティストにとっては海外の人達と集中的にコミュニケーションをとれたり、すごく大事だと思いますが。日本のアーティストは海外と交流がありそうで、実際には日本にいるだけで生活費がかかり、お金の問題でそうのんびりと国外に滞在できないことが多いですし、一方で海外でのレジデンス経験が特定の作家に偏ってしまうということも出てきます。国際的に活躍している作家は引っ張りだこだけれど、そのちょっと手前の作家だと重要なアーティストでも国外に出られないという現状がある。そこをなんとかしたいと思っていますが、今のところ年に一人、カナダだけですから、まだまだ足りない。

小沢:あと、レジデンについて私が思っているのが、最近のアーティストの傾向として、レジデンス先でモノを作るだけではなく、データ集めをしたり、写真を撮ったり、インタヴューをしたり、ビデオを撮ったり、わりと情報収集的なことをして、自国に帰ってからカタチにする作家が多いですよね。アーティストにもよりますが、基本的に自分のなかに蓄積されたものがどのように、作品として出ていくか、というのは時間がかかる場合が往々にしてあります。なので、AIT のレジデンスではそういったアーティストも対象にしたいと思っています。それは滞在作家のための巨大なスタジオ・スペースを私たちが今は持てない、ということの裏返しでもあるんですが。そうしたスタジオを必要としていないアーティストも最近増えているとの判断から、ミニマムから始めよう、ということになりました。それからアーティストだけではなくてキュレーターでもいいなあ、と思っています。海外のキュレーターの人が3ヶ月日本にいてリサーチをするだけで、もしかしたら日本のアーティストが海外の展覧会に出品することにつながったり、そうした形で日本のアーティストを紹介する機会が増えるかもしれないです。そういう意味でもアーティストに限らず、キュレーターや専門家の人たちもよびたいと思います。

08 収支の不思議

岡部:AITの収支はいかがですか。赤字ではないのですか。

小沢:それが‥収支をしてみると黒字なんです‥翌年に持ち越そうとは思っているのですが。

岡部:NPOは予算を持ち越せるのですか。

小沢:非営利の活動については持ち越せるはずです。でも仕事内容にくらべると人件費を非常に押さえていますので、それをまともに支払うと、赤字ですね。

岡田:収入のバランスとしてはどのようになっていますか。

小沢:MADの授業料が一番多いです。というのは経営的には4月にほとんどの授業料が入ってきますので、そのなかから遣繰りしていくのは会社としてのマネージメントがしやすい。助成などは、まず本当に助成金が受け取れるのか、いつどのくらいお金が入ってくるかわかりません。あと、意外だったのですが、展覧会やシンポジウム企画の収入と寄付金が同じくらいあります。一方、小さな講演会はほとんど利益が出ていない。たとえばここのAIT ルームでやっている講演会に40人来て、ひとり千円くらい払って頂いたとしても4万円ですよね。講師の方に少しお支払いして、ワインを買ったりしていると、一万円から5千円くらいしか残らないので、講演会、イベント、展覧会などは投資的なところがあります。先ほどコミュニティという言葉がでましたが、そういった活動をしているとネットワークが出来て、だんだん人が来てくれるようになります。そういった人の集まりが発展していくと、次のネットワークが生まれる気がします。

岡部:ミニマムとはいえ、黒字だったら続けていける活力にもなりますね。

小沢:そうですね。今3年目ですが、ここで生れてきたものが、我々の範囲外で育つことも大切だと思っていて、そのためにはやっぱり我々が生き続ける、団体として持続していくことが非常に重要だと思っています。たとえばMADの卒業生が何かやったとき、AITっていう団体があってね、という話になったとき、もしAITがなくなっていたら、そんな話もできませんよね。ですからAITという団体が小さいながらも、形を変えながらも、持続していくことが大事だと思うので、予算は非常にタイトにやっています。

岡部:NPOになる、というのは持続を決意した、という感じを受けます。今までの実行委員会形式の活動は、フレキシブルでいい面もありますが、公的なものでもある一定期間が過ぎると持続できないことが多いですから。

小沢:始めたときはあまりそう思わなかったのですが、やっていくうちにそう強く思うようになりました。

09 アートを越えたアートの可能性を信じて

岡田:最後に一つ伺いたいことがあるのですが、今、AITが考える理想的なアートのあり方、アートを取り巻く環境とはどんなものですか。

小沢:そうですねえ‥すこしずれるかも知れませんが、このあいだ12歳の少年が人を殺して補導されましたよね、そういうものを見ていると、やっぱり想像力の欠如がすごくあるように思うんですね。それと、多様性、人と違うものを認めて享受していく、という感覚も大事です。アートを通じて、ごく自然にそういうものが日本人のなかに入り込んでいけばいいなあ、と思っています。多分もうアートだけのことではないような気がします。人間の生き方、人々の生活、そういうものをどういうふうにより良くしていくか、というのが、たまたまアートを通じてだったら何かできるのではないか、と信じているところがあります。私としても、多分AITとしてもそうだと思いますが、全員がアートを好きにならなければならない、とはまったく思ってないです。アートを好きな人のための場所がきちんとあればいいな、と。それに好きな人にとっての場所、というのはそれぞれ全部違うように思うんですね。それはたとえばレジデンス的なもので、外から来るアーティストと触れあうのが面白い、という人がいるかもしれないし、学校に来て学ぶのが面白い人もいれば、ボランティアが面白い人もいる、そういったアートを巡る、違った面白い環境をいくつも作っていけたらAITとしてはいい。このAITのパンフレットにはプラットフォームという言葉を「場」という意味で使っていて、それはひとつじゃなくてたくさんある、それぞれが好きなところを好きなときに、自由に選んでアートに関われる、というのがいいなあ、と思うのです。

(テープ起こし担当:岡田伊央)


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