武蔵野美術大学 芸術文化学科

授業記録

芸術文化特論 Vol.3 和光清氏

1959年東京生まれ。東京造形大学卒業。
東京銀座アートセンターを経て、89年WAKO WORKS OF ARTを設立。92年に画廊スペースをオープン。 ゲルハルト・リヒター、リュック・タイマンス、ヴォルフガング・ティルマンスなどヨーロッパの重要なアーティストを中心に、若手から巨匠まで積極的に紹介している。 2005年には企画協力したリヒター日本初の回顧展が金沢21世紀美術館と川村記念美術館で開催された。ワコウ・ワークス・オブ・アート代表
 今回、ワコウ・ワークス・オブ・アート代表である和光清さんに来ていただき、お話を伺った。 ワコウ・ワークス・オブ・アートは、ドイツの現代美術を中心に、若手から巨匠までの重要なアーティストをいち早く日本に紹介してきたギャラリーである。 2002年に10周年を迎え、これを機に日本の若い作家をより売り出すためのプロジェクトを開始した21世紀の新しい美術の枠組みを、アーティスト、キュレーター、評論家、コレクターと共に創り、「アートとは何か」ということを常に考えさせるような企画に取り組んでいる。

貸し画廊とギャラリー

 日本には“貸し画廊制度”なるものがあった。作家自身が展示スペースを、お金を出して借りるという日本にしかない制度である。 お金さえあれば誰でも展覧会が開けるが、必ずしも集客があるとはいえない。
 和光さんは、この制度のままでは日本のアートは発展していかない、プロが育たないという考えのもと、90年代、改革を起こすべくギャラリーを立ち上げた。 ギャラリーとは、個々の“特色”、つまりギャラリスト本人のコレクションや目を付けた若い作家の作品を展示するスペースである。 村上隆や束芋などの国際的に通用する日本の作家が登場した背景には、小山登美夫ギャラリーやギャラリー小柳など、同時期に次々とギャラリーがオープンしたことと強く関わりあっている。

 今回、ワコウ・ワークス・オブ・アートで紹介されたこともある若手作家、池田光弘さん、石井友人さんのお話も伺うことができた。お二人は、学生時代と社会・現場へ出てからとの違い、和光さんとの出会いなどについて話して下さった。 学生の時は“制作”と“講評”のくり返しで、学校以外の人と関わる機会がない。池田さんも石井さんも、和光さんと出会ってギャラリーで展示するチャンスを得たことで、それまでどれだけ自分が社会と関わっていなかったのか、どれだけ自分は甘かったのか、ということに気づくことができたそうだ。
 アーティストにとってギャラリーは表現の現場であり、その表現や価値、情報を市場に発信する為に欠かせないメディアである。よってそれまで積み上げてきたものを、いつ、どうやってプレゼンテーションするかが重要なのだ。

現在の日本のギャラリー界について

 以降、ギャラリーが増えたことで、「ギャラリストとは何か」という考察もよくされるようになった。しかし和光さんは、現在の日本においての現代美術やギャラリーの位置はサッカーでいうところの“J2”レベルだと言う。 世界と比較してみると、日本はまだ素人やアマチュアと見なされていてプロとは程遠く、もっと修行して戦うべきだ、と。この状況を打開するためには高い意識を持つことが求められている。自分はどういうところに立つのか、積極的に意識改革を行う必要がある。
 参考文献として村上隆の『芸術起業論』をあげている。

アートと関わる私たちへ

 芸術文化学科で学び、これからアートと少しでも関わっていく以上、まずは現場に足を運ぶべきである。世界で同時に起こっていることを自分の目で見て、確かめなければいけない。 そして基準を探すこと。しかし好きなもの=基準ではない。日本、西洋、東洋…の美術史全般において、自分が「いい!」、「なんだこれ?」と興味を持ったものから納得のできる基準を見つけることが大事なのだ。 そして変容する世界の基準にも柔軟に合わせていくことも必要である。

和光さんと接して

 講義の10日ほど前に、授業の準備などのためにワコウ・ワークス・オブ・アートへ伺った。初対面で、普段あまり話す機会がない方であるため、とても緊張していたのだが、和光さんは初めから気さくに話しかけてくださった。 ギャラリリストという仕事には、初めて会った時にまず良い印象を与えること・人柄は最も重要な部分かもしれないと感じた。
 和光さんは、“見る”ことをしなさいと終始言っていた。「ギャラリーを見て回りなさい。見ないことには何も始まらないから。」と。好きなものだけでなく、年代にも国籍にもこだわらずにさまざまな分野の作品を実際に見て、自分で何かを感じないことには、アートの現場で働く資格はない。 特にギャラリストという仕事は、扱うアーティスト自身が今までに見てきた他のアーティストの作品の数以上にいろいろな作品を見ていないと勤まらないのだ。

 また、授業後に大学院生のアトリエを和光さんと見て回った。和光さんは、自身が西洋絵画を見て良いと感じたところと照らし合わせながら絵を見るとおっしゃっていた。 その目でたくさんの作品を見ていた。あれも、これもとたくさん見ていた。たくさんの作品を見て、制作者にアドバイスを与えていた。制作者にとってはもちろん嬉しい経験であっただろうが、和光さんにとっても良い時間であったに違いない。 どんな相手からでも常に何かしらの刺激を得ようとしているように感じた。
 和光さんの目と私の目では見えているものが全然違う。感じることも言えることももちろん違う。けれども、和光さんは「間違いなんてない、自分の意見、思ったことを大切にするように。」と言ってくださった。嬉しく思うのと同時に自信を持つことができた。

 和光さんといると面白い。それは彼が常に面白いことをしたいと思っている人であり、常に面白いことを一緒にできる相手を捜している人であるからであろう。もっと和光さんと話をして、さまざまなことを教えていただきたいと思った。
(担当・文:河田亜未/下山田光舗子/谷昌典/野村奈央/宮川範子)
(2006年7月11日)