武蔵野美術大学 芸術文化学科

授業記録

芸術文化特論 Vol.5 伊東正伸氏
国際展の現状と未来

1961年静岡県生まれ。 早稲田大学第一文学部社会学専攻卒業。
毎日新聞社(事業部、「毎日デーリーニューズ」編集部記者)を経て、現在国際交流基金トリエンナーレ準備室長。 「テイストと探究−1990年代の日本美術」展(アジア巡回)ほか、多数の展覧会を企画担当。ヴェニス・ビエンナーレの日本参加にも携わった。 1998年より横浜トリエンナーレ担当となり、第1回展の立ち上げに参画、現在事務局長。東京造形大学非常勤教員(1999〜2004)。
 現在、世界各地で主なものに限定しても30を超える国際展が開催中である。 イタリアのヴェニス・ビエンナーレのように、万博的手法を採りながら19世紀に始まった国際展もあるが、その多くは1990年前後に始まった新しい国際展である。
 そもそも国際展とは、どのような展覧会を指すのだろうか。特に明確な定義があるわけではないが、いくつかの共通点を見出すことができる。 まずは、現代美術を中心とした大規模な展覧会であり、その巨大なスケール感や関連イベントの多彩さとが相まって、開催地には祝祭的雰囲気が醸し出されること。 次に文字通り国際的な事業として、参加作家やキュレーター・チームが多国籍の構成をとり、観客やプレスも世界各地から集まること。 そして、2年ないしは3年に一度のサイクルによる継続的開催が前提となっていること(とはいえ、展覧会自体は一過性のものであり、1回ごとに完結される)。 資金に関しては、国や州、市などからの公的資金が導入されている場合が多い。
 このような特色を有する国際展を維持・運営していくためには、相当な困難も想像に難くないが、それにもかかわらず地元の支援を受けつつ、かくも多数の国際展が開催されているのは何故だろうか、その事情とは何か。
 一つは、世界のグローバル化と、それを前提としたローカリゼーションの浸透が背景にある。世界標準的な国際展仕様にローカルなコンテキストが付与される形で、「グローカル」な国際展が次々と生み出されている。
 二つ目は、国際文化交流のための有効なツールという側面がある。国際展の開催は、自国作家を海外にアピールする場であるのみならず、開催都市や現在の文化状況など、その国や市の文化的アイデンティティを世界に発信するまたとない機会を提供する。 国や市がホストを務める国際展は、一種の「文化外交」とも言われるゆえんである。
 三つ目に地域振興策としての期待感である。国際展をコミュニティーの再構築、あるいはアートによる街づくりに積極的に活用していこうとする考え方がある。また、地元の人々を中心に創造性をめぐる対話が広がれば、社会の活力も自ずと高まるであろう。 さらに、海外からの来客を含む観光振興、経済波及効果への期待もある。
 幸い国際展は、現状では作家からも概ね肯定的に受け止められているようだ。 国際的な注目を集める舞台において、新しい空間や大型プロジェクトに挑むことができるとするならば、作家たちから歓迎される時期は当分続くことだろう。
授業風景
 日本における国際展の歴史は、1952年に始まった日本国際美術展にまで遡る。 毎日新聞社が東京都美術館(旧館)を借り受けて実施した同展覧会は、後年「東京ビエンナーレ」と称され、特に1970年の「人間と物質」展は今日の国際展にも通底する先進性を示したが、その後縮小・変質し、以後日本には本格的な国際展は存在しなかった。 しかし、1990年代に入ると日本美術の国際化の進展と軌を一にするかのように、日本においても国際展開催の気運が盛り上がっていった。ヴェニス・ビエンナーレやサンパウロ・ビエンナーレなどの国際展への日本参加を担っていた国際交流基金は、開催地として名乗りを上げた横浜市、並びにNHKと朝日新聞社とも共催し、2001年に横浜トリエンナーレの第1回展が幕を開けた。 38カ国から109人の作家が参加した第1回展は、入場者35万人という盛況振りを示し、続く第2回展も昨年開催され、定着に向けて一定の理解と支持を広げつつある。 この他に日本国内では、アジア地域に焦点を絞った「福岡アジア美術トリエンナーレ」、過疎対策の一環として企画された「越後妻有アートトリエンナーレ」がほぼ同時期に始まっている。
 最後に今後の国際展の課題を、横浜トリエンナーレを念頭に考えてみたい。継続的に開催していくためには、ノウハウや記録が継承される体制を整えることが不可欠であり、法人格を有する恒常的な組織(財団、株式会社等)を実施母体に据えることが必要だろう。 また、メイン会場はある程度固定化し、資金面では、公的資金に一存することなく、別途安定した財源を確保することが望まれる。 こうした実施体制の整備・強化の一方で、トリエンナーレの基本的な方向性として堅持すべきは、国際性と地域性のバランスをとりながら、展覧会のクオリティを保っていくことではないか。 展覧会におけるクオリティをどう考えるかは意見の分かれるところであろうが、「国際展」と称する以上は、国際的な視野からの評価と注目を集める内容でなければなるまい。 かかるクオリティの重視は、地元軽視につながるわけでもなければ、観客に静的鑑賞を強いることに直結するわけでもないことは、例えば英国人彫刻家アントニー・ゴームリーの作品「アジアン・フィールド」を見れば明らかである。 今年の「シドニー・ビエンナーレ」でも展示されたこの作品は、350人にもおよぶ地域住民との協働の成果であるとともに、作家の手と個性とによって、強度のある作品に結実しているのである。
 自明のことではあるが、国際展の未来は、ひとえに国際展が多数の作家からも、市民・観客からも歓迎される場であり続けることができるかどうかにかかっている。 まだ横浜トリエンナーレは始まったばかりだ。
(担当・文:石塚ゆり/清水絵里子/永田絢子/中野千春/中村郁代)
(2006年6月20日)
※ビエンナーレ 二年に一度の国際展
※トリエンナーレ 三年に一度の国際展